92 スライムさんと時間停止スイッチ
「あめがふりそうだな、というとき、ありますね?」
私がカウンターをのぞいていたら、スライムさんが急に言った。
「なに?」
「こっぷをおとしてしまったしゅんかん、とまって! というとき、ありますよね?」
スライムさんが言う。
「うん。あるけど」
「そんなときにこの、すいっち!」
スライムさんが出してきたのは、黒いスイッチだった。
私の手のひらくらいの大きさの土台に、黒い、硬貨を三枚重ねたくらいの厚みの、ちょっとした盛り上がりがあった。
「これは?」
「これをおすと、じかんがとまります!」
「時間が?」
「もういっかいおすと、うごきはじめます!」
「すごいね?」
「そうでしょう!」
スライムさんがぴょん、とはねた。
「これさえあれば、このまえのように、かみなりがなっていたとしても、あんぜんに、そとをあるくこともできるのです!」
「すごい」
「すごいでしょう!」
「すごい!」
スライムさんは、満足感にひたっていた。
「……どうですかえいむさん。ほしいでしょう!」
「うん? うーん」
「? いりませんか?」
「えっと、うっかり押しちゃったら、大変だな、って思って」
「なるほど……。それはかんがえませんでした……」
スライムさんは、しみじみと言った。
「でも、おしてみませんか?」
スライムさんは言う。
「うーん」
私はうなってしまった。
「いやですか?」
「スライムさんは押したの?」
「ぼくはおしました」
「どうだった?」
「うーん」
今度はスライムさんがうなる。
「ぼくは、ちょっと、あいしょうがわるいみたいなんですよねえ」
「相性があるの?」
「そのようです。これは、にんげんよう、なのかもしれません。まものには、こえられないかべ、ということですね……」
「スライムさん……」
「いいんですよ、えいむさん……」
スライムさんはさびしそうに笑った。
「……じゃあ、私、押してみようかな!」
「えいむさん?」
「私、押してみるよ!」
「えいむさん!」
「スライムさんの代わりに!」
「えいむさん!!」
スライムさんは、力強い目で私を見た。
「私、時間を止めるね」
「がんばってください!」
「うん!」
私はスイッチの前に移動した。
時間が止まるって、どういう感じだろう。
「これを、押せばいいんだね?」
「そうです!」
「……いきます!」
「どうぞ!」
私は、人さし指で、ゆっくりスイッチを押した。
「ん?」
特に、変わった感じはしない。
「スライムさん」
「なんですか?」
あれ?
スライムさんも、ふつうに返事をした。
「時間が止まってないよ」
「! えいむさんもですか!」
「うん」
「にかい、おしたんじゃ、なくてですか?」
「うん。うん?」
あれ?
もしかして、二回押しちゃったのかな。
私は、もう一回スイッチを押してみた。
めりっ……。
「あっ」
スイッチがこわれてしまった。
押したところがそのままめりこんでしまって、土台と一緒に割れてしまった。
「スライムさん、ごめん、こわしちゃった」
「ぼくも、そうなりました」
「え? スライムさんも?」
「はい。とりあえず、20こ、しいれたんですけど」
「そんなに?」
「はい!」
スライムさんは、ほこらしげになった。
「おすと、なんだか、ぼろぼろになってしまうんです」
「へえ……」
さっきまでとはまるでちがっていて、ボロボロになっていた。
まるで、とても長い年月、ここに置いたままにしていたみたいだった。
「50ごーるども、したんですけどねえ」
「ふうん。時間を止めるにしては、安いね」
「はい! だから、20こ、しいれました!
「……もしかして」
「どうしましたか、えいむさん」
「これを押すと、時間が止まるくらい、びっくりするから、っていうことかな?」
「なるほど!」
「だからきっと、安いんだよ」
「なるほど!! えいむさん、さすがです!」
スライムさんが、ぴょんぴょん、はねた。
それを見ていたら、ちょっと満足したけど。
でも、なんだかちがうような気もした。
「うーん」
私は、ボロボロのスイッチをさわった。
さわったところからくずれていく。
「うーん」
こんなにボロボロになるなんて、ふつうじゃない。
なにか、秘密が……?
「えいむさん、すいっちといっしょにしいれた、くだものがあるんですけど」
「食べる!」
「えいむさんは、くいしんぼうですねえ」
「へへへ」
私は、ゴミ入れにスイッチを片付けて、スライムさんと一緒に果物の用意をした。




