表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/425

60 エイムとチョコ

 あまい香りにさそわれるように私はよろず屋に入っていった。


 店内では、あまい香りはいっそう強く感じられた。


「こんにちは」

 声をかけてもスライムさんの返事はなかった。

 またよろず屋の裏でなにかしてるんだろうか。


 それよりも私はあまい香りの方が気になった。


 カウンターの上に、白いお皿があり、黒いものが何枚も重なって置いてあった。

 四角くて、うすい、板状のものだった。

 顔を近づけてみると、どうやら香りの元はこれのようだった。


 私は、顔を離せずにいた。

 あまい香りをいっぱいに吸い込んでも、まだ満足できない。

 それくらい、いい香りだった。


 これはお菓子だろうか。

 口に入れたら、さぞかしあまいのだろう。

 味を想像したら止まらなくなってしまった。


 手をのばし。

 かけて、止めた。


 勝手に食べたりしたら泥棒だ。

 それは、スライムさんと私の関係であってもいけないことだ。

 二人の関係だからこそ、いけないかもしれない。


 私は近くの椅子に座った。

 目をつぶってみる。

 すると、あまい香りに包まれていることが強調された。

 なんだかわからない、あの黒い板の上に座って、休んでいるような気になってきた。


 でも、本当にあまいのだろうか。

 そう考えると、急にあまい香りがいやなものに感じられた。


 母がお菓子をつくっているときだった。

 香りだけはあまいのに、なめてみるととても苦い。

 香り付けに使う材料だと言っていたけれど、その苦さを思い出しては、しばらくあの香りが嫌いになっていた。


 この黒い板も、あれの仲間なのかもしれない。


 スライムさんのお店にある、ということもあやしい。


 なにが起きてもおかしくないようなお店に、こんなにあまくておいしそうな香りのするもの。

 そうだ。

 色がまっくろ。

 これはあやしい。


 さすがに、食べてしまったら死んでしまうようなものは、スライムさんが置きっぱなしにするとは思え……。

 なんともいえない。


 死んでしまわないとしても、かなりおかしなことになるかもしれない。


 私は椅子を立って、またカウンターの上のものの、香りをかいだ。


 あまくておいしそうな香りだった。


 気づけば、また顔を近づけていた。


 いけないいけない。


 私はいったんお店の外に出ることにした。


 外に出ると、まだ冷たい空気で頭がしゃきっとした。

 でも頭の中にはまだ黒い板があった。


「あ、えいむさん、いらっしゃいませ!」

 スライムさんがやってきた。


「こんにちは。どこに行ってたの?」

「どこというほどのことでもない、やくそうのようすをみてきました! そうだ!」

「どうしたの?」

「こちらへどうぞ!」


 スライムさんがお店の中に入っていく。

 ついていくと、また、あのあまい香りに包まれた。


「ちょこがあります」

「ちょこ?」

「あまくて、にがいたべものです」

「苦いの?」

 やっぱり。


「にがいより、あまいです。にがあまあまです」

「にがあまあま」

「たべてみてください!」

「うん」


 私は板状のちょこを、小さく割って、口に入れてみた。

 するとたしかに、苦くてあまかった。

 でも、あまさを助ける苦味だったので、むしろ、口の中に広がるあまさが、もっとあまく感じられたような気がした。


「どうですか?」

「おいしい」

 食べ物で、黒くておいしいというのは、私の生活の中ではなかなかない。


「それはよかった! あ、わすれてました!」

「わすれもの?」

「ちょこ、にも、ふうしゅうがあります!」

「風習?」

「そうです! それは、ええと……」


 スライムさんは一時停止して、考えこんでいた。


「豆のときは、投げたよね」

 なにか手助けになればと思って言ってみたら、スライムさんは、ぴょんっ、とはねた。


「それです!」

「それ?」

「なげます!」

「これを?」

「まもの、くるな! といいながらなげます!」

「それ、本当に思い出したの?」

「ほぼまちがいないです!」


 スライムさんは確信に満ちた目だった。



 しょうがないので、私たちはまた、落ちてもよごれないよう、おぼんを用意して、その上にちょこを投げた。


「まものー、くるなー」

「へいわー、こいー」

「まものー、くるなー」

「へいわー、こいー」


 きっとまちがっていると思ったけど、私はちょこが食べられるならなんでもいいや、とひそかに考えながらちょこを投げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ