416 スライムさんと値上がり
お店に向かっていたら、中から誰か出てきた。
見覚えのないおじさんだ。
目が合ったせいだろうか。すれちがうときに、なんとなく、おたがいにすこし頭を下げた。
「こんにちは」
まだ誰かいるかもしれないと思って、私はいつもより、よそいきの声を出した。
「いらっしゃいませえいむさん」
スライムさんはカウンターの上にいて、他にお客さんはいないようだった。
スライムさんの声も、いつもとちがって感じられた。
「元気ない?」
「そんなことはないです! ……そんなことは」
スライムさんは、遠くを見た。
私はすこし考えた。
「なにか困ってる?」
「じつは、そうなんです! なんだか、やくそうをかいにくるひとがおおくて、こまってます!」
「変なお客さんでも来たの?」
「いえ! おきゃくさんがくることが、もんだいです!」
「さぼろうとしてる?」
「……ええっと、じつは、きょうはおきゃくさんがおおいんです!」
「時間がもどった?」
そこでふと、私は気づいた。
「そういえば、このお店って薬草が7ゴールドのままだよね」
「はい。はい?」
「でも、道具屋では、薬草が15ゴールドになったんだって」
「ええ!? どうしてですか?」
「なんだか、物を運ぶ仕事をしている人たちの馬車が壊れたり、仕事が増えすぎたりして、品物がすくなくなってるんだって。だからかな?」
「へええ、そんなことがあるんですねえ」
「でも、このお店は、薬草を自分で育ててるから、安いままにできるんだよね」
「はい! ……おや?」
スライムさんは、なにかに気づいたようだった。
「気づいた?」
「もしかして、このままだと、どんどん、おきゃくさんが、ふえますか?」
「そうだね」
「それはまずいです!」
スライムさんは、ぴょん、とカウンターからとびおりた。
「うわさが、うわさを呼んで、たくさんお客さんが来るだろうね」
「ど、どうしたらいいんでしょう!」
「売ればいいんじゃない?」
「でも、ですよ?」
スライムさんは、私をじっと見た。
「たいへん、じゃないですか?」
私はうなずいた。
「それはそうかもね」
「それに、このみせは、やくそうやじゃないんです! よろずやです! やくそうばっかり、かうひとがきたら、なんかいやです!」
スライムさんは言う。
「お客さんが来てくれるのはいいことじゃないの?」
「そんなことになったら、やくそうをとるために、うらにわにいって、かえってきて、うって、うらにわにいって、かえってきて、うって、というせいかつですよ! よろずやじゃないです! うらにわやです!」
スライムさんは、だいぶ取り乱しているようだった。
「……でも、たしかに、薬草ってそんなにもうかるわけじゃないのに、そればっかり一日中やってたらつかれちゃうよね。スライムさんしかいないのに」
「そうです! そうだ! もう、やくそうをうるのをやめて、うらでそだててるやくそうは、ぼくらがたべるだけにします!」
「それはちょっと。とれたての薬草を楽しみにしてる人もいるんじゃない?」
「いなくはないかもしれなくはないでしょう!」
「うーん?」
と、そんな話をしていたときだった。
ちょっと申し訳なさそうな顔をして、ひとりのおじさんがお店に入ってきた。
「いらっしゃいませ!」
「……あ、道具屋さん?」
私が言うと、道具屋さんは、びくりとした。
「あ、いや……」
としばらく言いにくそうにしていたけれど、やっと話しはじめた。
「というわけで、ここの薬草を買わせてもらってもいいかな……?」
さらに品薄になり、仕入れ値が10ゴールドになってしまったので、もう、このお店で買ったほうが安いというのだ。
「どうする、スライムさん」
「いいですよ!」
「おお、助かるよ」
「いいの? スライムさん」
「はい!」
「ここにあるのを、全部くれ!」
「ええ?」
私の顔がよっぽど嫌そうだったのか、道具屋さんは、ちょっとたじろいだ。
「いや、ああ、その……」
「全部ですか?」
「……このお店の薬草をおれが全部買っちゃったら、道具屋でしか買えなくなるから、お得だ! なんて思ってないぞ!」
「え?」
私はスライムさんと顔を見合わせた。
「い、いや、ずるいことを考えてるわけではなくて、だな!」
「はあ……」
「わ、わかった! じゃあ道具屋でも7ゴールドで売る! それならいいよな!」
道具屋さんは、指で7、を示しながら言った。
「え?」
「さすがに損はできないが、もうけがないならそれでいいだろう!?」
道具屋さんは言う。
「どう?」
私はスライムさんにまかせた。
「いいですよ!」
「助かる! じゃあ、これもあげよう!」
道具屋さんは、カウンターに小瓶を置いた。
白い粒がたくさん入っている。
「この塩をかけると薬草がサラダになるっていう話だから! おすすめ! じゃあ!」
道具屋さんは、せかせかと、お金を払って帰っていった。
「薬草、なくなっちゃったね」
「うらにわに、いきましょう!」
私たちは裏庭に薬草をとりにいった。
そこで、道具屋さんにもらった塩をかけて、食べてみた。
「ん!」
「はい!」
私たちは、顔を見合わせた。
「まあまあおいしい!」
「はい! まあまあおいしいです!」
私たちは塩を振ったり、振らなかったりしながら、薬草を食べた。
値段が安くなった道具屋に行く人が増えていき、数日後、仕入れが元どおりになると、すっかりお客さんの流れも元どおりになったようだった。




