408 スライムさんと砥石
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
お店に入ると、ぴょん、とスライムさんがカウンターに乗った。
「ええっと、砥石って売ってる?」
私はスライムさんに言った。
「ありますよ! あ!」
「どうかした?」
「ねんのために、ききますけど、といしって、なんだかしってますか?」
「えーと、ナイフの切れ味が悪くなってきたから、研ぎたいんだって。その石」
「とぐというのは、どういうことか、しってますか?」
「えっと……。削るっていうか、みがくっていうか。石で、表面をすこしずつ減らしていって、丸まったところを鋭くする感じだよね」
「なるほど。いえ、ふふ。ごうかく、ですよ……」
スライムさんは、遠い目をした。
「ありがとう」
「はい!」
「スライムさんは、ちゃんと知ってた?」
「ふふ。おおよそ、ですね」
スライムさんはにやりとした。
「ありました!」
スライムさんが、奥から石を頭にのせてやってきた。
私の手のひらよりも長いくらいの石だ。
「100ごーるどです!」
「はい」
私はお金を払った。
「これで、ないふが、とげますね!」
「うん……」
「どうかましたか?」
「ええとね。うちのお父さん、あんまり、研ぐの得意じゃないんだよね」
家の中で、ナイフを研ぐとしたら父の役割なのだが。
「とくいではない?」
「なんか、何度も研いでるうちに、ナイフの形がちょっとだけ変な感じになってくるの。まっすぐじゃなくて、根本のほうがちょっといびつな感じに」
「そうですか」
「前より切れ味は良くなるから、お母さんは、お父さんをほめるんだけど、でもあとでこっそり私に、ちょっと切りにくくなってきたなあ、って言うの」
「なるほど……。それはこまりますね」
「うん」
父が研いだら変な形になるからやめてほしい、というのも変な話だ。別にやめてほしいわけではない。
かといって、もっと上達してほしい、というのも変な気がする。私や母がやりたくないからやってもらっているだけなのに、目に見えてわかるくらい上達して、というのは、なんか図々しいというか……。
「研ぐときに、手がすこし曲がってるんだろうと思うんだけど、お父さんはちゃんとまっすぐやってるつもりだろうから、それを直すとなると、大変だと思うんだよね」
「じゅくれんの、わざを、てにいれる!」
「そこまでしてくれなくてもいいけど。どうしたらいいのかなあ、とは思ってる。あ、ごめんね。変な話して」
「ぜんぜん、もんだいないです! なぜなら!」
「なぜなら?」
「こんなものがあるからです!」
しゅっ、と奥に消えたスライムさんは、大急ぎでもどってきた。
頭の上に乗っていたそれは。
「これはなに?」
土台の上に、Vのようになっているものがついている。
「ふふ。これは……、といしです!」
「これが?」
「はい! このあいだに、ないふをとおすと、とげる、おとくな、といしです!」
「ちゃんと、研ぐ、っていう意味を知ってたんだね。私てっきり、スライムさんが私に話を合わせたのかと思っちゃった」
「ふっふっふ! ぼくは、すごいすらいむですよ!」
「スライムさんすごい」
「ふっふっふ! まあ、あわせたぶぶんも、ありますが!」
スライムさんが、また裏に行く。
するとうれしそうに、刃の部分がさびているナイフを頭にのせてもどってきた。
「あぶないよ!」
「きれないので!」
「そうなんだ」
「このないふを、このといしで、おうふく、させます!」
私はナイフを持った。
見るからにさびていて、切れそうにない。
スライムさんに言って、近くに落ちていた木の枝みたいなものを切らせてもらったが、薄い金属の板で無理やり切っているように、切れ味が悪かった。
「これが切れるようになる?」
「はい!」
私は、V砥石に、刃をあてがった。
おそるおそる、往復させてみる。
しゃりしゃり、という音がした。
「なんか音がするね」
「はい!」
どのくらいきれいになったかな? と、見てみると。
「わ」
砥石にあてがった、刃の部分が全部あざやかな銀色に輝いている。
「きれいになってます!」
「そうだね」
試しに枝を切ってみると、今度はキュウリでも切ったみたいに、すっ、と切れた。
「すごい!」
「ふふふ!」
「……でも、お高いんでしょう?」
「それがなんと、きょうは、120ごーるどです!」
「ええー! さっきのといしと、ほとんどかわらないのにー?」
「はい! てすうりょうは、よろずやが、ふたんします!」
「これは、かうしかない!」
「はい!」
「……あれ?」
私は調子に乗って、話をしながらもどんどん研いでいた。しゃりしゃり、という手応えがなんとなく気持ちよかったからだ。
すると、だ。
「なんか、小さくなってる?」
持っていたナイフがさっきより小さい気がする。
3分の2くらいになっているような……。
「とぎすぎ、ですかね?」
「そんなに研げるの!?」
「はい。すごくとげます!」
「そうなんだ」
私には、研ぐという範囲を越えてるように思えたけれど、それほど深く、研ぎについて知っているわけではないと思い直した。
「こんなに研いじゃってだいじょうぶ?」
「すててもいいので、へいきです!」
「ふうん。じゃあもうちょっと研いでみる?」
「はい!」
みるみる減っていって、たちまち半分くらいになってしまった。
「これは、別の意味で難しい砥石だね」
「はい! とぎは、おくが、ふかいです!」
むん、とスライムさんがふくらんだ。




