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39 エイムと湖の精

 よろず屋に向かって歩いていると、お店の前の道を進んでいるスライムさんが見えた。

 ただ進んでいるのではなく、バケツを押しながら進んでいるようだ。

 でもバケツを押すのに苦戦していて、本当にゆっくりとしか進めていない。


「スライムさん?」

 私はかけ寄って、声をかけた。

「えいむさん。どうかしましたか?」

「えっと、スライムさんがどうかしたかな、と思って」

「いまから、みずを、くみにいくところです!」

「水?」


 でも、お店の裏に水をくめる場所があるはず。

「それじゃだめなの?」

「そこのみずは、きのう、ちょっと、あれしてしまったので」

「あれ?」

「いま、あそこのみずにさわると、あれになってしまうので、だめなんです!」

「あれって?」

「それはちょっと、ぼくにはむずかしいのでやめましょう!」

「はあ」

「ですので、かわまでいってきます! びしっ!」


 スライムさんは、びしっ、とポーズを決めた。


「ふうん。じゃあ、私が行ってこようか?」

「えいむさんが?」

「だってスライムさんは大変でしょ? バケツも持ちにくいだろうし」

「えいむさんだってたいへんですよ! かわで、みずをくむ……。さいあく、いのちをおとしますよ!」


 たしかに、最悪の場合は命を落とすこともあるだろうけど、道を歩いていても、最悪、命を落とすこともある、というような話だと思う。


「スライムさんが川に落ちたらと思うと、そっちのほうが危ないと思う。私が行くよ」

「えいむさん……! わかりました、お願いします! おれいに、ぜんざいさんの、はんぶんをあげますから!」

「いらないから!」


 私はスライムさんにバケツを受け取ると、手を振って別れた。



 この前スライムさんと遊んだ川でいいだろう。

 そう思って向かって見たけれど……。

「うーん」

 昨日ちょっと多めに雨が降ったせいなのか、どこか、川の水が茶色っぽく、にごっているように見えた。

 

 水の使いみちをきいてこなかったけれども、きれいな方がいいだろう。

 私は、ちょっと上流へ行ってみることにした。



 川をたどって歩いてくと、だんだんまわりに木の数が増えてきた。

 ちょっとした森のように薄暗くなっていく。

 道もだんだん、あるような、ないような、といったうっすらとしたものに変わっていった。

 それでも川はまだ、どこかにごっているように見える。

 どうしようか。


 そのとき、川とは別方向。

 木々の向こうに、光が反射したのが見えた。

 気になって、そちらに行ってみる。


 だんだん、キラキラと光る湖面が見えてきた。



 そこは不思議な場所だった。

 森の中なのにそこだけ太陽の光がすり抜けてきていて、湖を照らしていた。

 湖、といってもそれほど大きくはない。

 池よりは大きいかな、というくらいで、人によっては池と言うかもしれない。


 水は澄んでいて、きれいだった。

 これならいいだろう。


 私はバケツを湖の中に入れる。

 できるだけたくさん持って帰ったほうがいいかな。

 そう思ったのがまちがいだった。


「あ」


 つるり、とバケツの取っ手から手がすべって、バケツが湖に落ちてしまった。

 いっぱいに入っていたせいなのか、バケツはどんどん沈んでいく。

 水の中にのばした私の手よりもずっと早く、バケツは見えなくなってしまった。


 どうしよう。

 スライムさんのバケツ。


 そのときだった。


 湖が光った。

 私がまぶしさに目をおおうと、もう一度目を開けたときには知らない女の人がいた。

 白くて、キラキラした服を着ていて、笑顔がおだやかなきれいな人。

 湖の上にふわふわと浮かんでいた。

 

 女の人の手にはバケツが二つあった。


「あなたが落としたのは、この、金のバケツですか?」

「え? ……、いいえ」

 私は急いで首を振った。

「では、この銀のバケツですか?」

「いいえ」

 私は首を振った。

 すると女の人はにっこり笑った。


「あなたはとても正直な人ですね。では、この金と銀のバケツをさしあげましょう」

 女性は湖の上をすべるように近づいてきて、私に二つのバケツをさしだした。


「いりません」

 私は首を振った。

「え?」

 女の人は、おどろいたように私を見た。

「それ、私のじゃないので」

 私が言うと、女の人は、またおだやかに笑った。


「そうじゃないのよ。これは、正直な人にあげるのよ」

「でも私のものじゃないので」

「あのね、これは、目先の欲にも正直でいられる人への、ごほうびみたいなものなのよ」

「これよりも、私が落としたバケツの方がいいんです。借り物だし、ちゃんと持って帰らないと」

「それなら」


 そう言って女性は湖の中に消えると、あらためてまた出てきた。

 服が少しもぬれていなくて、不思議だった。


「これでいいかしら?」

 女性は、両手と、右肘にかけたバケツの三つを私にさしだした。


「あ、そうじゃなくて、私が落としたバケツだけでいいです」

「でもね」

「知らない人に、そんなに高価な物、もらえません。それに、こうして拾ってもらったなら、私の方こそお礼を言わないと」

「そう……」

 女性はおだやかに笑った。


 それから女性は、勝手に、金と銀とスライムさんのバケツを湖岸に置くと、湖の中に沈んでいった。

「元気でね」

「え、え、え?」


 女性は湖の中に行ってしまった。


 でも、こんなに高価そうなもの、もらうわけにはいかない。


 どうしよう。


 しばらく考えてから、私は金と銀のバケツを持った。

 それから、どちらにも水をたっぷりと入れてから、湖の水の中で手を離した。

 さっきと同じように、みるみる沈んでいく。


「こらこらー、ごほうびなのよー」

 そう言いながらさっきの女性が浮かび上がってきたけれども、私はスライムさんのバケツを持って、走って帰った。




 よろず屋にたどりついたときには、すっかり汗をかいてしまっていた。

「おかえりなさいえいむさん!」

「ただいま……」

「おそかったですね。おや? おつかれですか?」

「ちょっとね……」

「ありがとうございました! おや? おみずは?」

「あ」

 私は、からっぽのバケツを見た。


「忘れた」

「わすれたんですか?」

「あ、川の水がよごれてたから、くめなかった。昨日雨が降ってたから」

「そうだったんですか」

「それと、変な人がいて。なんか、正直者には金のバケツをあげるって、急にくれて」

「それはあやしいひとですね!」

「だから逃げてきたの」

「せいかいですよ! きっと、さぎですよ!」

「サギ?」

「ばけつばけつさぎです!」

「ふーん……」

「じゃあ、みずはあしたにしましょう! きょうは、べつのあそびをしますね!」

「なにするの?」

「ふっふっふ」

 スライムさんは意味深に笑っていた。

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