333 スライムさんとカラオケ
道に立っている私。
曲がって入っていた細い道の先にあるよろず屋。
私のよろず屋の間に、なにかある。
桶だ。
円の底板の上で立てた長方形の木の板がぐるりと円を描いて、それをぎゅっ、とひもでしばったような容器。
中にはスライムさんがいた。こっちを見ている。
私は桶の前へと歩いていった。
「桶?」
「おけです」
スライムさんは言った。
「こんにちは」
「こんにちは!」
スライムさんは、ぴょん、と桶から飛び出した。
「これはどうしたの?」
「はやってる、らしいです」
「流行ってる? 桶が?」
「はい。おおきなまちで、はやっているとか」
「私の家では前から使ってるよ」
「えいむさん! すでに、りゅうこうの、さきをいっているという、しゅちょう!」
スライムさんは、びくりとした。
「気づいてしまった? 私の、最先端な部分に」
「すごいむですね」
「ふふ」
「からっぽのおけが、はやっているそうです!」
「からっぽの?」
私は、からっぽの桶を見た。
「そもそも桶って、からっぽじゃない?」
「そうですね!」
「それが流行ってるって、どういうことだろう」
私は考えた。
「ぼくは、わからなかったので、はいってみました」
「わかった?」
「わかりません!」
スライムさんは、きりっ、とした。
「まあ、スライムさんが入っちゃったら、からっぽじゃないけどね」
「!? からっぽのおけに、はいろうとすると、からっぽではなくなる……? では、からっぽのおけに、はいるには……?」
スライムさんは、むむむ!? と私を見た。
「スライムさんが入る瞬間、からっぽじゃなくなる、ということは……。入ったような、まだ入ってないような、そんなときに、入った感覚を味わうしかないね」
「はいったような、はいってないようなときに、からっぽのような、からっぽではないような、そんなかんかくを」
「うん」
「わかりました!」
スライムさんが、ぴょん、と桶に入った。
すぐ出た。
入った。
出た。
ぴょんぴょんぴょんぴょん、とくりかえす。
「どう?」
「わかったような、わからないような、それでいてわからないような、わかったような。そんな、からっぽです!」
「ふうん?」
さすがにわからないので、私も、手だけ桶に置いてみて、入れたり出したりしてみた。
入れる。
出す。
入れる。
出す。
「えいむさんは、どうですか?」
「うーん」
桶の、外の壁のようになっている板の内側に入ったら、たとえ桶に手をついていなくても、入ったような気になる。
だから、桶が水で満杯だったとして、その水に触れるかどうかが、からっぽかどうか、に関わるような気がした。
「なるほど!」
私の説明に、スライムさんが目を大きく開いた。
「スライムさんもそう思う?」
「ぼくは」
スライムさんは、ぴょん、と中に入った。
「……まだ、からっぽだとおもっています」
「まだ!?」
私はおどろいた。
「そうです。なぜなら。ぼくは、ぼくのことを、いないものとかんがえているからです!」
「なるほど……。考え方ひとつで、自由に……」
「はい!」
「……からっぽの、桶。奥が深いね」
「りゅうこうする、わけです!」
私たちは深く納得した。




