33 スライムさんと幽霊
よろず屋に入ると、スライムさんが元気に出迎えてくれた。
「どうもえいむさん! さいきん、あついですね!」
「そうだね」
なんだかわからないけれど、去年よりも今年はとても暑い日が続いている。
水分を断とうとしたり、スライムさんが暑さを逃れるためにおかしなことをするのも納得だった。
「スライムさんは元気だね」
「ところで、これをみてください」
スライムさんが後ろを向いてごそごそしていると、ふわりとなにかが出てきた。
スライムさんと同じくらいの大きさで、見た目は、キラキラ光っている煙、といったところだろうか。
ふわふわと、スライムさんの横に浮かんでいる。
「なにこれ」
「きれいですよね」
「そうだね」
「でもこれ、じつは……。ゆうれいなんです!」
「え?」
「すらいむの、ゆうれいなんです!」
「へえ……?」
あらためて見ると、大きさもスライムさんと似ているし、すこしだけ青みがかっているようにも見えた。
「本物の幽霊?」
「はい! で、どうですか、えいむさん!」
「え? うん、よくわからないけど」
「よくわからない? そうじゃないでしょう!」
スライムさんが不満そうに言う。
「ええ? どういうこと?」
「なにも、かんじませんか?」
「どういうこと……?」
「そうですか……」
スライムさんは、なんだかがっかりしているようだった。
「どうしたの?」
「えいむさんを、すずしくしたくて……」
「涼しく?」
「はい……。こわいはなしをすると、すずしくなるって、いいますね?」
「うん」
「それで、ゆうれいをみせれば、すずしくなるかとおもいまして……」
「なるほど……」
ちょっと、頭の中を整理しよう。
「えっと、まずスライムさん。この幽霊はどうやって……」
「ゆうれいがすきな、いいかおりのおはなで、さそいました!」
カウンターの上には黄色い花があった。
「じゃあ本物の幽霊なんだね」
「さいしょから、そういってますよ!」
「うん、そうなんだけど、びっくりして」
「こわいですか?」
スライムさんがうれしそうに言う。
「幽霊って、いきなり見せられても怖くないと思う」
「そうなんですか?」
「うん。怖いっていうより、きれいかな」
血まみれの幽霊だったりしたら、びっくりして、怖くて、大変かもしれないけれども、この幽霊を見ていてもそういう気持ちにはならなかった。
「ぼくも、きれいだとおもいます!」
「怖くないでしょ?」
「はっ!」
スライムさんは、はっ、としていた。
「でも、ゆうれいは、こわいものでは?」
「私たちはきれいだって思ったんだから、ちょっと、怖い幽霊だと思わせないといけないんじゃない?」
「ほほう?」
「たとえば……」
「たとえば、そうだなあ。私が、ひまつぶしに、そのへんにいるスライムを殺してるとするでしょ?」
「えいむさんが、そんなひどいことを……!」
スライムさんは、おそれおののいていた。
「たとえばの話だよ」
「たとえばですね」
スライムさんは、うなずいた。
「それで、今日もよろず屋に来る前に、スライムを、ただのいたずらで殺していたとする」
「ひどいえいむさんですね! ほんとうのえいむさんではないですけど!」
「その私がこのお店に入ったとき、私にしか見えないスライムの幽霊を見るとするでしょ? スライムさんには見えなくて、私だけ見えてるの。そうすると、スライムにうらまれてるのかな、ってちょっと不安になると思うの」
いつでもスライムに嫌なことをしていれば、スライムに反撃をされるかもしれない、という気持ちがすこしは生まれるはずだ。
「それで、おかしいな、と思うんだけど、気のせいだと思って家に帰るの。しばらくして、スライムの幽霊のことなんて忘れちゃって、お母さんの料理を手伝ったりして、というときに、急に手にナイフが落ちてくる」
「え!」
「かすっただけですむんだけど、そのナイフはちゃんと奥にしまってあったはずのものでは、おかしいな、と思うの。そのとき、ちょっとだけ、あのスライムの幽霊みたいなものが見えて不安になる。おかしいなと思いながら、でももうなにもないから、夜も遅くなったらベッドに入るでしょ? そうすると、寝てたら急に体が大きく揺れるの」
「どうしたんですか!」
「ベッドの足が一本折れてるの。お父さんとお母さんが、これはどうしたんだろう、って話し合ってるんだけど、そのときまた、スライムの幽霊が見えるの」
「ごくり」
スライムさんはごくりと言った。
「それで、その日はお母さんのベッドで寝て、昨日は変なことがあったね、って話し合うの。でももうすっかりなにもなくなったから、これで安心、と思うんだけど」
「おもうんだけど……?」
「散歩してたら、ちょうど誰もいない道で、動けなくなるの。手も足も動かなくて、声も出ない。陰になっててて、誰も気づかないの。そこで、スライムの幽霊がたくさん見えるの。私の手も足も、その幽霊に押さえつけられてて、口の中にも入ってて、なにもできないの。だんだん息もできなくなってきて、そこで聞こえてくるの」
「なんですか……」
「お前は遊びで殺したな……。お前は遊びで殺したな……。今度はお前の番だ!」
「ひいっ!」
私が急に大きな声を出したら、スライムさんが飛び上がって、天井にぶつかってしまった。
「あ、だいじょうぶ?」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
スライムさんは、幽霊に何度も謝っていた。
「スライムさん、だいじょうぶだよ! スライムさんはスライムを殺してないんだから」
「はっ。そうか、すらいむをころしていたのは、えいむさんだった!」
「私もやってないからね!」
「ええと、だからね? せっかく幽霊を呼んできたなら、うっかり話じゃなくて、こういう作り話をしたりしてから見せると、怖くなると思うんだけど」
「なるほど……。ぼくはすっかり、ひえひえです……」
スライムさんは、ぶるり、と体を震わせた。
「では、さいしょからやりなおしていいですか……?」
スライムさんは、おそるおそる言う。
「ちょっと無理かと思うけど。もう、全部わかっちゃったから」
「そうですよね……。もう、なにもしらなかったころの、ぼくたちには、もどれないんですよね……」
スライムさんは遠い目をした。
「あれ?」
まわりを見ると、スライムの幽霊がいなくなっていた。
スライムさんと協力して探したけれども見つからなかった。
それから何日か経ったとき、親から近所のうわさ話を聞いた。
悪ガキと呼ばれている近所の男の子が、水辺でおぼれかけたのだという。
その子は泳ぎが得意なので、みんな不思議がっていた。
それと、その子によると、なんだか青くてキラキラしたものに、次はお前の番だ、と言われておぼれさせられたのだという。
話を聞いていると、その子はスライムを遊びで殺していた経験もあるそうだ。
私はなにか思い出しそうになったけれども、気のせいだと思うようにした。




