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292 スライムさんとたなばた

「こんにちは」

 私はよろず屋の入り口で声をかけた。

 返事もなく、物音もしない。


「スライムさん?」

 返事もなく、物音もしない。

 いないらしい。


「いないの?」

 もしかしたら、いませんよ、と返事があるかもしれない。

 そう思ったけれど、静かなままだった。


 もしかして、薬草をとりにいったのだろうか。

 私は一度出て、裏庭に向かって歩きはじめた。


 靴の下が土から草に変わったあたりで、私は足を止めた。

 振り返る。

 スライムさんがいた。


 お店の裏、屋根の下で、上を向いて、ぽかんと口を開けていた。


「スライムさん……?」

「……」

 スライムさんは、目だけ動かして私を見た。


「えいうあん」

「こんにちは」

「ほんにひは」

「口を閉じられないの?」

「……とじられます!」


 スライムさんは、なんだか不機嫌そうに私を見た。


「なんか、じゃました?」

「そうです! ぼくは、たなばたをまっていたのに!」

「たなばた?」

 スライムさんは、そうです、とまた上を見た。


「こうして、くちをあけていると、ぼたもちがふってくる。それが、たなばたです」

「新しい言葉が出てきたね」

「ぼたもちは、おいしいものです。くわしくは、たべての、おたのしみです」

「降ってくるの?」

「そうです。ぼたもちは、ねてまて、ということばもあります」

「また新しい言葉が」

「えいむさん。いいことをおしえてあげましょう」

「なに?」


「たくさん、あたらしい、ことばがでてきたら、ぜんぶおぼえようとしない!」

「!」

「おぼえられるぶんだけ、おぼえる! それが、じんせいの、ひけつです!」

 スライムさんは口を閉じて、むん、とふくらんだ。

 また上を向いて口を開いた。


「なるほどね。じゃあ、たなばたと、ぼたもちだけおぼえるね」

「ふたつ、おぼえられるなら、じょうできです!」

 スライムさんは上を見たまま横に一回転した。


「それで……、ぼたもちが、降ってくるの?」

「そうです」

「どんなものなの?」

「わかりません」

「……いつごろ降るかも?」

「わかりません」

「なかなか、むずかしい問題だね」

「ですね!」


 スライムさんは、上を見た。

 私も見てみる。


 屋根の裏側が見えるだけだ。

 木材以外に、特にものは見えない。


「……」

 スライムさんは、地道に待っていた。

 そのときだ。

 私はあることに気がついた。


「スライムさん」

「なんですか?」

「たなぼた、ぼたもち。ちょっと似てない?」

「ちょっと、にてますね!」

「私、思ったんだけど。もしかして、たなぼたの、ぼた、ってぼたもちの、ぼた、なんじゃない?」

「!?」

 スライムさんは、きゅっ、と私に向きを変えた。


「私の予想では、たなぼた、というのは、なにかの言葉を略したものではないか。そして、ぼた、はぼたもちの略称ではないか。そう思う」

「! めいすいりです!」


 スライムさんは言ったあと、ちょこちょこ動きながら、め、い、す、い、り! と一文字ずつしっかり言い直した。


「そして、たな、は棚ではないか……」

「えいむさん!」

 スライムさんは、感動でふるえていた。


「つまり、そこから導き出される答えは……」

「ごくり!」

「棚に、忘れたぼたもちが、忘れたな……! とおそいかかってくる」

「ええ! ぼたもちは、おいしいもの、というはなしですよ!?」

 スライムさんは、しゅっ、と一歩さがった。


「その、おいしいものを忘れたな……。という恨みが、ぼたもちを、動かしたのだ……」

「ごくり!」

「怒りにふるえたぼたもちは、おいしかったのに! あんなにおいしかったのに! もう、あんまりおいしくなくなったんだ! とおそいかかってきたんだよ!」

「ごくり!」

「だから、私たちがするべきなのは……」



「これで、よかったんですよね……?」

 私たちは、裏庭のすみっこに、棒を立てた。

 ぼたもち、と書いてある棒だ。


「これで、ぼたもちの怒りをしずめられると思う」

「はい……」

「ぼたもち……」

「ぼたもち……」

 私たちは、ぼたもちに祈りをささげた。


 ぼたもちよ……。

 怒りをしずめたまえ……。

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