286 スライムさんと入れ歯
「うわあ!」
よろず屋に入ったら、カウンターの上に知らない人がいた。
いや知らないスライムがいた。
「いらっしゃいませ!」
「だれだ!」
私は入り口のかげに隠れて、顔だけ出した。
「ぼくです!」
「……スライムさん?」
たしかに、スライムのようだが……。
「スライムだからって、スライムっていえばスライムさんだと思うなんて、浅はかなスライムめ!」
「えいむさん! すらいむって、いいすぎて、よくわかりません!」
「どうやら本当のスライムさんかもしれない」
「わかってくれましたか!」
スライムさんは、きらっと歯を光らせた。
そもそもの問題はこれだ。
「その歯、どうしたの?」
スライムさんの口には、ずらりとならぶ白い歯があった。
「いればです!」
「入れ歯?」
「はい! はを、うっかりなくしてしまったひとなどが、つかうものです!」
「それは、うっかりさんだね」
「はい!」
スライムさんが、歯を光らせて笑う。
それが、なんだか変だった。
「えっと、スライムさんは、その入れ歯どうしたの?」
「かいました! やくそうを、たべやすくなるってきいたので!」
私はスライムさんが言うとおり、薬草を持ってさしだした。
すると、スライムさんは薬草にかぶりつくと、体をひねるようにして食いちぎる。
そして奥歯ですりつぶすように、細かくしていた。
「どうですか! この、あっとうてきな、ちから!」
「すごいね」
「でしょう! これでぼくは、ひとつうえの、すらいむになれましたよ!」
「お客さんは、なにか言ってた?」
「まだ、えいむさんいがいのおきゃくさんは、きてませんよ!」
「そう。それは、外さないの?」
「ねるときも、ずっと、つけてたほうが、いいそうです!」
「そう……」
スライムさんはとても気に入っているようだった。
だったら、私がなにか言うことでもないのかもしれない。
スライムさんは、口を開いたり閉じたりして、カチカチ音を立てて喜んでいた。
「えいむさんは、こんなにべんりなものをつかっていたんですねえ!」
「そうだね」
「? なんだか、きょうは、ちょっとげんきがないですか?」
「そんなことないよ。こんなもんだよ」
「こんなもんですか」
スライムさんは、残った薬草を口に入れ、楽しそうにすりつぶした。
「やっぱり、いまのじだいは、は、ですよね! はのじだいです!」
「そうだね」
「あそーれ、かちかちかち、そーれ、かちかちかち」
スライムさんは、カウンター上を移動しながら、歯をカチカチさせていた。
きっちりそろった歯が、すんだ音を立てていた。
はずだったが、パキ、と変な音がした。
スライムさんが止まる。
「どうしたの?」
「なんだか、へんなおとがしました」
「あっ」
下の、左の奥歯のあたりに、割れ目があった。
「割れてる」
「ええっ!?」
「取ってみる?」
「おねがいします!」
「ごめんね」
私はスライムさんの口に手を入れると、入れ歯を外した。
外してカウンターに置くと、割れ目どころか、ふたつに折れてしまった。
「あ」
「われてしまいました!」
「そうだね……。どうするの?」
「しゅうりに、だすしか、ないです!」
「すぐできるの?」
「できません! とうぶん、こられないって、いってました!」
「そう。じゃあ、これはしまっておこうか」
上だけあってもしょうがないと、上の入れ歯も外して水で洗い、タオルでふいた。
それから、もともと入っていたという箱に入れる。
「ざんねんです」
スライムさんが言った。
でも、私はこのスライムさんのほうがいいな、と思った。
思ったけど、だまっていた。
「じゃあ、私が、ちょっと小さめに薬草をちぎってみようか」
「あたらしいこころみですね!」
「うん!」




