231 スライムさんとメガネ
にこにこしながらお店から出てきた人とすれちがった。
メガネをかけた知らないおじさんで、初めて会う私にも、にこにこと、軽く頭を下げたので、私もそうした。
そしてお店に入ると、むずかしい顔をしたスライムさんがいた。
「こんにちは」
「はっ! いらっしゃいませ、えいむさん!」
「どうかしたの?」
「じつは……」
「というわけなんです」
スライムさんによると、さっきのお客さんは、前回、メガネを買っていったという。
理由は、奥さんとの生活につかれてしまって、奥さんとケンカのようになってしまうことが増えてきていて、つらいという。
そこでスライムさんに頼み、見た相手が自分の理想に見えるメガネ、を用意してもらったという。
そのメガネをかけ続けることで新鮮な気持ちを保ち、夫婦関係を長く続けられるようにしよう、と思ったそうだ。
「夫婦は、大変なんだね」
「そうですね。えいむさんのところはどうですか?」
「うちはだいじょうぶそうだけど」
「でも?」
「不安に思わせようとしてるな!」
「ところでどうして、けっこんした、じょせいを、おくさん、ってよぶんでしょうね」
「急にむずかしいこと言うね」
ただ、スライムさんは手違いで、特別なメガネと、ふつうのメガネをまちがって売ってしまったという。
「まずいね」
「はい! でも」
ふつうのメガネを買って帰ったお客さんは、怒って来た……。
と思ったら。
「にこにこで、おれいをいって、かえりました」
「それが、さっきのお客さん?」
「そうです!」
「ふうん?」
私は、さっきのおじさんを思い出した。
「外でもちゃんと、うれしそうだったよ」
「はい!」
「奥さんが、理想に見えるメガネがほしかったのに、ふつうのメガネを買って、喜んで帰った……」
「おくさんは、なぜ、おくさんとよぶ……」
私は考える。
「買って帰ったんだから、メガネは、かけたよね。それで、ふつうのメガネって気づくだろうけど」
「そうですね! ふとっぱらな、おきゃくさんだったのかもしれません!」
「そうだね」
でも、それだけで、わざわざ、喜びを伝えに来るだろうか。
メガネをかけて、奥さんを見たらどう思うだろう。
「あっ」
そうか。
あのおじさんは、メガネが、正しくないメガネかどうか、知らないでかけたんだ。
ということは。
「もしかしておじさんは、理想の姿が、いまの奥さんの姿だと思ったんじゃない? だから、いま、自分は理想の人と一緒にいると思って、うれしくなったのかも」
「! なるほど!」
「これなら、ずっと、夫婦関係も、安心だね!」
「はい!」
「あ、でも」
「なんですか?」
おじさんは、メガネをかけたまま、外を歩いていた。
だったら、他の人も見ただろう。
それも、理想の人に見えないことに、おどろいたのではないだろうか。
自分のメガネが、ただのメガネだと、気づいたんじゃないだろうか。
「おじさんは、奥さんとこれからも仲良くしたくて、メガネを買ったんだよね。そのことに、気づいたのかもしれない」
「! そうですね!」
「ちがうかもしれないけどね」
「あってますよ! かんぺきです!」
スライムさんは、ぴょん、ととんだ。
私はおでこに人さし指をあてた。
「物事に、かんぺきは、ないのさ……」
「えいむさん! かっこいー!」
「ふっ」
「あとは、もうひとつだけですね!」
「なに?」
「おくさんは、なぜ、おくさんというのか」
「……奥のほうが、強そうとか?」
「つよそう!」
「手前さんだと、ちょっと弱そうじゃない?」
「たしかに」
「なーんて」
「さっきのおじさんにも、おしえてあげます!」
スライムさんがぴゅん、とお店を出た。
「待ちなさい!」




