220 スライムさんとやってはいけないこと
「あっ」
私の手のコップがつるっとすべって倒れてしまい、中のお茶がカウンターの上に流れ出した。
急いでコップを立てたものの、液体が、カウンターの端まで広がっている。
「こぼしちゃった、ふくものふくもの」
「えいむさん……。そんなに、あわてなくても、いいんですよ」
「ありがとう」
私はふきんを頭にのせて現れたスライムさんから受け取ると、そっとふいた。急いでふくと、液体を押し出してしまって、範囲を広げてしまうからだ。
「あー失敗したー」
「えいむさん……。いいんですよ……」
スライムさんは微笑みを浮かべていた。
「今日は心が広いね」
「いつもひろいですよ!」
「たしかに」
たしかに。
「でも、今日は特別広いような……?」
「ぼくは、わかったんです」
「なにを」
「えいむさんは、やってはいけないことって、なんだとおもいますか?」
「えー? いろいろあるんじゃない?」
「いちばんは、なんですか?」
「一番? それは……」
「それは?」
「えーと、あんまり考えたくないけど……、人殺しとか」
「そうですね……?」
「うん……?」
スライムさんがなにかを待っている。
「ちがった……?」
「ちがいません!」
「じゃあ……?」
「でも、そうですね……?」
「うん……?」
スライムさんが、しびれを切らしたように、ぴょん、と真上にとんだ。
「ひとだけですか!?」
「あ、そうかスライムさんも」
「えいむさんは、ぼくが、ころされてもいいと、おもってるんですね……」
スライムさんはさびしそうに言った。
「そんなことないけど、ほら、魔物を傷つけるのって、ふつうというか……」
「えいむさんに、ころされる!?」
スライムさんが、びくり、とした。
「殺さない! だって、スライムさん以外の魔物っておそってきたりするでしょう? だから、追い払ったりするためには……」
「まあ、そういうことなら、ゆるしましょう……。ひろいこころで……」
スライムさんは微笑んだ。
「魔物に注意できたらいいんだけど」
「はなしをできたらってことですか?」
「うん」
「ということは、まものに、にんげんにあわせろ、ということですか?」
「うん?」
そんなことないけど。
話し合いだよ?
そう言おうと思ったけど、考える。
たしかに、話ができない相手に、話ができる人が、合わせろ、と言っているようにも思える。
というかそうなのかもしれない。
となると、そもそも、こっちに合わせろ、と言っているわけで、公平なんだろうか。
「たしかに」
「えいむさんは、しっかりかんがえることができたんですね……。すばらしいですよ……」
スライムさんは微笑んだ。
「今日、どうかしたの?」
「でも、まものも、なぐりあいに、あわせろ、といってきているようなものなので、いっぽうてきに、にんげんがわるいわけではないのですが」
スライムさんは無表情で言った。
「そっか。おたがい、合わせろ、ってなってるんだね」
「そうです」
「争いだね」
「あらそい、ですね……」
「でも、ぼくはかんがえました。たいさくを」
「対策?」
「きょり、です」
「距離」
「あわないふたりが、あってしまうから、あらそいます。あわなければいいんです」
「なるほど?」
「おたがいの、すみかのあいだに、なんでもないばしょをよういすれば、いいんです!」
「なるほど……?」
すみかが近いと、ここは人間の場所だ、いや魔物の場所だ、と争いになる。
だから離れていればいい。
「それを相談して決められるといいけどね」
「まものたちと、ふんいきで、きめるしかないですね!」
「そうだね」
「ゆるせるばしょ、ゆるせないばしょ、どちらでもないばしょ。それで、あらそいは、なくなります……」
スライムさんは微笑んだ。
「つまり、そうじをしなければならないばしょ、そうじをしなくてもいいばしょ、そして、どちらでもないばしょ。これもあるというわけです……」
「うん?」
「それこそが、へいわ、です……」
「……もしかしてスライムさん」
「なんですか……?」
スライムさんは微笑んでいる。
「掃除をしない理由をさがしていた……?」
「!? いいえ……!?」
スライムさんはぷるぷる震えた。
「平和と関連させれば、いけると思った……?」
「?! いいえ……?!」
「平和は大事だけど」
「はい!」
「平和と、掃除は、別だよ」
「!! ばしょを、みっつに、わけても……?」
「うん」
私がゆっくりうなずくと、放っておいたままの箱をぽんぽん、とさわる。
「片づけないとね」
「はい……」
「私も手伝うから」
「えいむさんがぜんぶ、やってくれる……?」
「こら!」
私は、ぷに、とスライムさんを押した。
「あらそい……!!」
「私が手伝うのと、帰っちゃうのと、どっちがいい?」
「てつだってください!」
「よし!」




