209 スライムさんと知らないふり
「しっている。それは、すばらしいことですね?」
「うん? そうだね」
薬草を出してもらったとき、スライムさんが急に言った。
「ぼくは、さびしいです。ありとあらゆることを、しってしまったので」
「そっか。すごいね」
「ええ」
スライムさんはため息をついた。
「でも、さびしさもありますね」
「そっか」
「えいむさん。ぼくたちにひつようなことがあります」
「なんだろう」
「それは、しらなかったときのきもちを、おもいだすことです」
スライムさんは言った。
きりっ、としている。そういう言葉では表せないほど、きりっ、としていた。
「そんなことできるの?」
「はい。ついに、きづきました。けさ!」
「今朝」
「ぼくは、しらないふりを、すればいいのです!」
「知らないふりを?」
「たとえばこの」
スライムさんは、カウンターの上の薬草を見た。
「やくそうを、しらないふりを、します」
どういうことだろう。
私はスライムさんをじっと見た。
「おや? このくさは、なんですか?」
スライムさんは言った。
うーん、うーん、と変にきょろきょろしていた。
「……これは薬草だよ」
「へえ、そういうんですねえ」
スライムさんは、ふむふむ、と言った。
「あとは、これも、しりませんね」
スライムさんは、自分の乗っているカウンターを見た。
「これはカウンターだよ。中には商品を置いておくんだよ」
「へえ、そういうんですねえ」
スライムさんは、ふむふむ、と言った。
「ここは、どこですかねえ」
スライムさんはお店の中を見まわした。
「ここはよろず屋だよ。いろいろなものを売っているところだよ」
「へえ、そういうんですねえ」
スライムさんは、ふむふむ、と言った。
「そういうんですねえ、ってなに?」
私はちょっと気になったことをきいてみたけれど、スライムさんは私を見るだけだった。
「あなたは、だれですかねえ」
「え」
私はちょっと、どきっとした。
「私の名前はエイムだよ」
「へえ、そういうんですねえ」
「うん……」
スライムさんがまじめな顔をしているので、なんだか、私はすこし、呼吸がしにくくなったような気がした。
「ねえ、スライムさん。もうやめない?」
「ぼくは、だれですかねえ」
「スライムさん?」
「へえ、そういうんですねえ」
スライムさんは言って、遠くを見た。
「スライムさん?」
「なんだか、なんにも、わからなく、なってきたような、きがしますねえ」
「スライムさん!? しっかりして」
「……」
「スライムさん?」
「……」
「スライムさん」
「……」
スライムさんは遠くを見ている。
ながめのいい場所に来たみたいに、遠くを見ている。
「え、スライムさん。スライムさん? ずっと、このままっていうことはないよね?」
「……」
「スライムさん? スライムさん?」
私はスライムさんをつかんで、軽くゆすった。
でもスライムさんはどこかぼんやりとしていて、私を向いていても、私を見ているように見えなかった。
どうしよう。
全部知らないふりできてしまったら、スライムさんがスライムさんでなくなってしまう。
「……そうだ! スライムさん、知らないふりを、知らないふりしないと!」
「……! たしかに!」
スライムさんの目がはっきりしたように見えた。
「おや? ぼくはなにをしていたんでしたっけ?」
「気にしないで! あと、スライムさんは、ありとあらゆることを知ったわけじゃないからね」
「え!!??」




