163 スライムさんとのびしろ
よろず屋に入ろうとしたら、裏から、スライムさんがバケツを引いてくるところだった。
バケツの取っ手が大きくて、スライムさんはその中に体を入れて、ずるずると、引いてくることにしたようだった。
でも。
「あっ」
小石に引っかかったのか、バケツが倒れて、水が流れてしまった。
スライムさんはバケツの取っ手を外して、出てくる。そして、そのままお店に入ろうとして私を見た。
「えいむさん! いらっしゃいませ!」
「こんにちは。あれはいいの?」
私はバケツを指した。
「えいむさん、ぼくは、ばけつをたおしてしまいました」
「そうだね」
「これって、なんだとおもいますか?」
スライムさんは私を見た。
「なに?」
なにとは?
「ばけつを、たおした」
「うん」
「つまり?」
「失敗?」
私が言うと、スライムさんはちょっとうれしそうに私を見てから、ちっちっちっ、と左右に動いた。
「ちがいます!」
「えっ?」
「これは……」
「のびしろですね!」
スライムさんは、きりっ、とした顔で言った。
「のびしろ?」
「そうです! ぼくも、きのうまでは、しっぱいだとおもっていました。でも、にもつをはこんでくるひとに、おそわったんです! これは、のびしろだと!」
「うん?」
「しっぱいしたということは、せいこうする、のびしろと、いえると!」
「なるほど……」
言われてみれば、たしかに、失敗は、成長の余地がある、ともいえる。
「おもしろい考えだね」
「はい! なんだか、くろいめがねをかけた、ぴしっとしたかっこうの、ひとが、おしえてくれました! ぼーるを、けりながら、あるいていました!」
「ふうん?」
「これで、あんしんです」
スライムさんは言うと、バケツをそのままにして、お店に入ろうとする。
「スライムさん?」
「なんですか?」
「バケツ」
「はい! のびしろです!」
「うん。かたづけないと」
私が言うと、スライムさんは、ふしぎそうにした。
「のびしろですよ?」
「かたづけないの?」
「かたづけたら、のびしろが、なくなります! だから、そのままです!」
スライムさんは、ぴょん、ととんだ。
「えっと?」
「さあ、いそがしいですよ!」
スライムさんは、お店の中に入っていった。
なんだか気になって、すぐ追いかける。
すると。
「ああ」
カウンターの上には、てきとうに薬草が置いてあった。
まわりの商品はいつもどおり、そのままだけれど、開けたままの箱がそのへんに置いてあったり、なんだか散らかっている。
「えいむさん、やくそうでもたべますか?」
「スライムさん、その前に、掃除しようよ」
「これも、のびしろですね!」
スライムさんは、きりっ、とした。
「のびしろ、かもしれないけど」
「はい!」
「かたづけないなら……」
「はい!」
「のびないんじゃないかなあ……」
「はい!?」
スライムさんの、きりっ、がすこし弱くなった。
しりっ、くらいになった。
「えいむさんは、のびしろじゃないと、おもってますか?」
「ううん、思ってるよ」
「じゃあ、どういうことですか?」
「えっと、のびしろって、のびようと思う人には、のびしろなんでしょ?」
「はい!」
「スライムさんは、かたづけないんでしょ」
「はい!」
「じゃあ、のびないから、のびしろじゃ、ないんじゃない?」
「……!! のびようとしないなら、のびしろじゃあ、ない……?」
スライムさんは衝撃を受けたようだった。
「そんな……!!」
「残念だけど、そういうことになるね」
「での、のびしろは、のびたら、しろが、なくなりますよ!」
「えっと?」
「そしたら、もう、のびませんよ!」
スライムさんは言う。
「たしかに」
のびてしまったら、のびしろは、もう、ない。
「おなじ、のびないなら……。そうじなんて、しないほうがましです!」
「掃除をしたくないんだね?」
「はい!」
「でもスライムさん」
「なんですか!」
「かたづけたら、そこに、別のものを置いたり、できるよね」
「そうですね!」
「それって、なんだと思う?」
私の言葉に、スライムさんは、じっくりと考えた。
それから、はっとする。
「のびしろですねえ!」
私たちは、一緒にお店の掃除をした。




