113 スライムさんと病
「ふう……」
よろず屋に入ると、カウンターの上にいるスライムさん。
でも、いつもみたいに元気よくあいさつをしてくれない。
それに、右目に眼帯をしていた。
「くっ、みぎめがうずく……!」
「スライムさん、どうしたの? ケガしたの?」
「ふふ。やつらを、まっているのさ……」
スライムさんは、つぶやくように言った。
「やつらって?」
私が言うと、スライムさんは、口をかたむけるみたいな、いつもとちがう笑い方をした。
「きみには、ちょっとむずかしいかもしれないね……」
「ふうん? スライムさん、今日はどうしたの?」
「ほら! きをつけるんだ、やつらがみているよ……」
スライムさんが私のうしろを見た。
見てみる。誰もいない。
「やつらって?」
「くっ、みぎめが、うずく……!」
スライムさんは苦しそうにした。
「スライムさん、だいじょうぶ?」
私がしゃがんで顔を近づけると、スライムさんは横を向いた。
「ぶらっくどらごんだと。せかいのほうかいが、ちかい……!」
「ブラックドラゴン? ドラゴンが来るの? いろんな色があるの?」
「くっ、みぎめがうずく……」
「……?」
「こらえろ……、おれのみぎめ……」
話しかけないほうが、いいのかもしれない。
「……」
「うっ。そうか、それは、そういうことだったのか……」
「……」
「あくまの、さばとが、ふっかつの、いえにえで、めいかいに……」
「……」
なんだか、いそがしそうだ。
「いそがしそうだし、もう、帰ろうかな?」
「おれは、こどくをあいする……」
「わかった。じゃあね」
「まて……」
「え?」
「おまえはとくべつに、おれの、なかまにしてやってもいい……。そしきを、たおすために……」
「組織?」
「そうだ……。るしふぇるの、にないてに、おまえがなるといい。おれは、るしふぁーの……、……あれだ」
「そういえばスライムさん、お腹すいてない?」
「なにをいっている……、おれには、かんじょうがない……。おなかも、すかない……」
「すいてないの? 今日、お母さんがくれた、果物持ってきたんだけど」
私はカウンターにオレンジを置いた。
「これね、ふつうのオレンジに見えるけど、もらいもので、おいしいんだって。私、昨日ひとつ食べたけど、みずみずしくって、おいしかったよ。ジュースみたいに果汁がすごいの」
「ごくり」
「食べる?」
「……いや、おれはそんな、おまえたちと、おなじようなものはたべない……。みぎめも、うずく……」
「いらないの?」
「……。うっ! このみぎめのうずきは、とくべつだ……。おれんじが、ひつようだ……!」
スライムさんは苦しそうにうつむきながらも、ちらちらと私を見る。
「みぎめがうずく……。はやく、おれんじの、やつを……!」
「はいはい」
私はオレンジをむいて、ひとつ、スライムさんの口に入れた。
「うっ、これは……」
「おいしいでしょ」
「まるで、だいてんしが、がぶりと、がぶりえる……!」
「もっと食べる?」
「おまえも、たべろ……!」
「うん」
オレンジを食べる。
「おいしい!」
あまくてさわやかな果汁が口の中いっぱいに、いや、頭の中にすっきり広がるみたいだった。
「つぎを、くれ……」
「はい」
スライムさんに次のオレンジをあげようとしたら、食べようとしたスライムさんの口が空振りした。
「これつけてるからだよ」
私は、スライムさんの眼帯を取ってあげた。
「片目がふさがってると、距離がわかりにくいでしょ」
あらためて、オレンジをあげる。
「おいしいです!」
スライムさんが、ぴょん、とはねた。
「あれ、ふつうだね」
「なにがですか?」
スライムさんは、不思議そうだ。
私はなんとなく、持っていた眼帯を右目につけてみた。
とたんに、なにか、世界の秘密に気づいたような気になった。
私は特別な人間だったのだ……!
世界の、敵を、倒さなければ……!
「う、これは……」
「えいむさん? それはなんですか?」
「私はエイムではない……。ダークエンジェルだ……」
「……えいむさん?」
私はオレンジを見た。
「この果実はいいね。天から授かった黄金のギフトだ……」
「えいむさん? どうしたんですか?」
「これを食べるだけで、漆黒の闇が晴れていくようさ……。それは、まさにそう、天から授かった、黄金のギフトだ……」
「さっきもいってましたよ」
「ふふ……。私はダークエンジェルだ……」
「それも、さっきもいってましたよ」
「ふふ……」
そのとき、眼帯がずれた。
とたんに、さっきまで気づいていたはずの、あらゆることを忘れてしまった。
「えいむさん、どうしました?」
「えっと……。よくわかんない」
私は眼帯をたたんで、カウンターに置いておいた。
「これ、スライムさんは知ってる?」
「よくわからないです」
「ふうん」




