107 スライムさんと鏡餅
「こんにちは。あれ?」
お店に入ると、スライムさんがいない。
「いらっしゃいませ!」
「わっ」
スライムさんが、入り口のすぐ横の壁にへばりついて、私を見ていた。
「びっくりした」
「ふっふっふ。びっくりさせようと思ったんですよ!」
「まんまとやられた」
スライムさんは、カウンターにとびのって、こっちを見た。
「えいむさんはきっと、ぼくがここで、いらっしゃい! っていうとおもっていましたね!」
「うん」
「そういうおもいこみは、じんせいをくるわせますよ! きをつけてください!」
「わかった」
私は手提げから、オレンジを出した。
「これあげる」
スライムさんの前に置く。
「なんですか?」
「お母さんがもらったんだって。だから、スライムさんにおすそわけ」
「おいくらですか?」
「タダだよ」
「えいむさん! いけませんよ!」
スライムさんが、はねた。
「ぼくにはいつも、おかねをもらえ、おかねをもらえとうるさいのに!」
「スライムさんはお店なんだから。わたしのは、おすそわけだよ」
「おすそわけは、ゆるされる……?」
「私も、スライムさんに薬草もらってるでしょ?」
「! なるほど!」
私は手提げを置いて、ひとつ出したオレンジのへそに、親指を押しこんだ。
「むむ、かたい……」
「がんばってくださいえいむさん!」
「がんばる……!」
でも、なかなか指が入っていかない。
「さっき家で食べたときはかんたんだったのに……」
強引に続けていたら、オレンジの皮の汁で手がべとべとになってしまった。
オレンジの皮も、力を入れ続けていたから、へそのところが内側に、押しのばされたみたいになっていて、これ以上はむずかしそうだ。
「いったん別のオレンジにするね。……ちょっと、手、洗ってきていい?」
「はい!」
私はお店の裏にある水場で手を洗った。
「ひゃあ」
声が出るほど冷たい水だった。
なんとかきれいにあらってお店にもどった。
でも、オレンジを持ったとき、手が、完全にかじかんでいるのがわかった。
「ちょっと、手があったまるまで待っててね」
私はオレンジを置いて、手に息をはいた。
びりびりと、しびれるような冷たさが、ゆっくり消えていった。
「よし」
オレンジをむこうと思ったら。
スライムさんと目が合った。
頭にオレンジをのせている。
「どうしたの、スライムさん」
「どうもしてませんよ?」
「頭にオレンジのせてるから」
「これは、なんだかおちつくので」
スライムさんは、一回ぷるん、と小さく体をゆらした。
オレンジもぷるんとゆれた。
「落ち着く?」
「えいむさんはどうですか?」
「そう言われると、しっくりくるような、気もする」」
「そうでしょう!」
スライムさんがまたゆれた。
「この、さむいじきに、あたまに、おれんじをのせておくと、しっくりくるでしょう!」
「そうだね」
どうしてだろう。
思いついて、私も、手提げから出したオレンジを頭にのせてみた。
「どう?」
「うーん。まあまあですね」
「そっか。やっぱり、スライムさんのほうがしっくりくるかあ」
「ふっふっふ」
「こうするといいのかな」
私はしゃがんでみた。
「あ、さっきよりしっくりきてます!」
「そう?」
「いいですよ! なんだか、おれんじと、あたまと、からだで、みっつにわかれているのが、いいようなきがします!」
「ふしぎだね」
「はい!」
私たちはしばらく、そのままオレンジの頭の乗せ方について、意見を交わした。




