34. VSイクル - 1
どきりと脈打つ心臓を押さえるように、私はぐっと息を飲み込んだ。
レティスリール様のお墓……もとい、石碑の地下へと続く階段の先にあったのは大きな扉。地下とは思えないその造りに、少し身体が震えた。
扉の中央には、私とイクルの呪奴隷紋と同じ花冠のような模様。それがいったい何を意味するのかはわからないけれど……レティスリール様との大切な繋がりなんだと、そう思う。
「……この扉、開きそうにないね」
「ん、ぐぅ……びくともしないね、鍵がかかってるとか?」
イクルが扉を押し開けようとしたのを見て、私ももう1度とそれに続いてはみるけれど……びくりとも動く気配はない。身体全体で押し上げるようにぐぐっと押すが、無理そうだった。
はぁと息をついて、扉をぺちりとたたいてみるけれどそれで何かが起きるわけではない。
「また、合言葉がいるのかな……?」
「どうだろうね」
「うーん……? ひらけごま!」
「「………………」」
駄目だった。ちょっと恥ずかしい。
「……というか、きっとこの呪奴隷紋が鍵なんだよ。ほら、ほんのり熱くなって光ってるし!」
「まぁ、確かにそう考えるのが妥当だね。ただ、呪奴隷紋の使用用途なんてわからないよ」
「そうなんだよね、どうしようか……な、と?」
……あれ?
イクルの「どうしたのさ」という声を耳に入れながら、それでも私は扉の一番端まで歩いた。扉の横の壁に、何か彫ってあるのを発見したからだ。
何だろうと思い見てみれば、そこにはレティスリール様からのメッセージと思われるものがあった。
「えぇと、『しばらく眠ります……レティスリール』って……寝てるの?」
「なんだか自分勝手だね」
「まぁまぁ。でも、これだと開け方が分からないから困るね。あ、日付も彫ってある……1,012年?」
レティスリール様がこれを書いた日のことだろうか。
そういえば、ここ〈レティスリール〉の歴史の勉強も少しはしたけれど、1,000年前のことは全然知らないなと思う。
「今は1,513年。その日付が本当なら、暗黒期との境目だね」
「あんこくき……?」
「そう。一部での言い伝えにすぎないけど、歴史の資料がのこっていないその時代は暗黒期と呼ばれてる。1,200年に〈サリトン王国〉と〈ラリール王国〉が誕生して、1,210年に〈アグディス王国〉。そして1,300年に〈ムシュバール帝国〉が誕生した」
「全部……レティスリール様が眠りについたとされる年より後、なんだね」
そうなると、暗黒期と呼ばれる時代が……きっとレティスリール様にとって平和だった時代も含まれているのだろう。レティスリール様が平和に暮らしていて、恋人ができて、指輪を貰う。そしてその指輪を盗まれてしまい、眠りについた。ということだろうか。
「……なんだか、悲しいね」
500年以上、ここで眠りについているのだろうか。
私が起こしてあげたいけれど、まだその方法がわからない。
とりあえず、作戦会議をしようとイクルのほうへ歩いて……石に躓いて思いっきり転んでしまった。
「ひなみ様! もう、大丈夫?」
「うぅ、大丈夫。ごめんね、ありがとう」
「いいから、回復薬を飲ん……え?」
「えっ?」
イクルの差し出された手をとった瞬間、大きな光が私とイクルを包み込んだ。いったい何事だと焦るけれど、嫌な感じはしない。むしろ、温かくて安心すると言っていいかもしれないほどに。
しかし不安になるのはまた別で、ぎゅっとイクルの手を強くにぎる。
「……呪奴隷紋が光ってる、みたいだね」
「本当だ……! いったいどういうこと……? 手をつないだから?」
原因の心当たりと言えば、私とイクルをつなぐ呪奴隷紋。
イクルに起こしてもらった私は、そっと手を離してみる。すると、とたんに光は小さくなって……最初に淡く光っていたのと同じまでに落ち着いた。
もう1度イクルの手をとれば、同じようにまぶしい光につつまれた。
「原因というか、私とイクルの左手が触れるとすごい光りがでるみたいだね」
「そうだね。これで扉を開けれるのかどうか。……とりあえず、ひなみ様は先に回復薬を飲んでおいて」
「ありがとう」
イクルが腰に付けたポーチの中から体力回復薬を取り出して私にくれる。慌てて受け取り飲み干せば、少しすりむいた膝は綺麗に治った。
こんな傷くらいで飲むのも……とは思うけれど、万全にしておかねば。まぁ、私が転ばなければよかっただけなのですけれども。気をつけよう。
呪奴隷紋のある左手で扉に触れるイクルの横に行き、私も再度扉に触れる。……2人同時に触っても特に変化はない。手をつなげば、何か変化が起こるだろうか。
「ほら、ひなみ様」
「うん!」
自然に差し出されたイクルの手に、これまた自然に自分のそれを重ねた。
「縛り付けるはずの呪奴隷紋なのに、なんだかあったかいね」
「……そうだね」
えへへと笑えば、イクルは呆れつつも笑顔を返してくれた。
繋いだ手で扉へ触れれば、扉中央にある模様に光が灯り輝いた。まるで、魔法陣みたいだと見上げていれば……音も立てずに、ゆっくりと扉が開いた。
「開いた……」
押しても引いてもびくともしなかった扉は、呪奴隷紋を合わせて触れればあっさりと道を開いた。
私の体当たりはなんだったのだろうと思いつつ……どきどきと胸が高鳴った。
扉の先に見えたのは、1本道の通路。
暗いのかなと思っていたけれど……通路の壁には明かりが灯っていて、だいじょう……ぶ…………?
「え?」
「…………だぁれ?」
見ていた通路の少し先、そこに、ひとりの少女がいた。私が夢で見た、少女。
そう、あれは……レティスリール様だ…………!!
「……レティスリール様っ!」
「…………っ!!」
私が名前を呼べば、びくりと肩を揺らして踵を返した。
ピンクゴールドの、地面に着きそうな長いふわふわの髪に、白く可愛いドレス。儚げな少女は、慌てて奥の道へと消えて行く。
声を上げて、すぐに後を追いかけようとしたけれど……早鐘のような私の鼓動がそれを阻止する。あまりのできごとに、私の身体はフリーズしてしまったのだ。
「あれが、女神レティスリールだって言うの?」
「…………うん。私が夢で出会った、そのままの姿だった。間違いなく、レティスリール様だよ」
きょとんとした、そんな顔をしていた少女を思い出す。見た目は私よりも少し年下だけれど、実際の年齢は私とは比べ物にならないのだろう。
眠っているのだと思っていたけれど、起きてはいるんだとなんとなく思う。
「とりあえず、追いかけようか」
「う、うん……!」
「何かあるかもしれないから、ゆっくりね。ひなみ様は、いつでも防御スキルを使えるようにしておいて」
「わかった」
扉をくぐり、イクルが先頭を歩いてそれに続く。いつものフォーメーション通りだなと思うと、知らない場所にいるというのにひどく安心した。
下りてきた階段と違って埃ひとつない通路は、とても手入れが行き届いているようだった。レティスリール様が住んでいるのであれば、当たり前なのかもしれないけれど。
これなら、魔物は出てこないかもしれない。少し安心だなと思っていれば……目の前に3匹のスライム。
「えぇっ!? レティスリール様のお家? だから、魔物なんていないと思ってたところだったのに……!」
「確かに、女神が守護する場所に魔物なんて変な話だね。案外、女神自体が魔物なんじゃないの?」
「……っ、イクルッ!」
なんてことを言うのだと声をあげようとして、追加で現れた大きいネズミのような魔物を視界に捕らえて「ひぃっ」と情けない声を上げてしまった。
私の身体が強張ったことに気付いたのだろう。イクルが「大丈夫だよ」と言って、棍を振るう。遠い場所にいるスライムに短剣を投げつけ倒し、近いネズミの魔物は棍で炎を生み出し倒した。
手首を使って棍をくるりと回転させて、まるで自分の身体のように操る。
いつ見ても感心するイクルの棍捌きは、目が見えていないなんて微塵も思わせない。すべて身体が記憶しているのだろうか。心が、身体が、動きを刻み込んでいるのか。
「……すごい」
私の口からもれるのは、賞賛の声。意識したものではなかったけれど、イクルには気付かれたらしい。呆れた顔をしながら「そんなに強い魔物じゃないよ」と教えてくれた。
それでも、私にはすごいと思う。むしろそんな安易な言葉しか送れなくてごめんなさい。
さらにもう1回転、くるりと棍を回して魔物に一撃。
全てを倒し終えてからもう1度辺りを確認して、私のところへのんびりとイクルが歩いてくる。「もう大丈夫」という声に安堵して、ふたたび通路の奥へ足を進める。
さらに少し進んだところで、先ほどと同じネズミの魔物が出て……あっけなくイクルが撃退した。本当にそんな強い魔物ではなかったんだ。
そう思っていれば、わらわらと肉食植物のような魔物まで出てきた。
「ちょ、何あれ……!!」
「人食い花だね。近づくと喰われるよ……っと!」
喰われるって!! 何それすっごく恐いんですけど……!
私が恐怖におののいていれば、イクルが棍をくるりと回転させて後ろから前へと力強く振り上げた。一瞬で炎が舞い上がり、人食い花へと直撃して燃え上がる。
そうか、植物だから炎に弱いんだ。遠距離で攻撃することができるのであれば、少しは安全かもしれない。決して近づいてはいけないタイプの魔物だと、私は心に刻む。
動かないのであれば、私が弓を使うのもいいかもしれないと思うけれど……地味にうねうねとゆっくり動いていて恐い。一発でしとめられずに目の前までこられたら、喰われる恐怖で気絶してしまうかもしれない。
「は、ぅ……なんというか、心臓に悪いねここは」
「それはひなみ様だけだよ。あいつらは森とかにもいるから、気をつけてね」
「森に……!」
森の植物にまぎれて襲ってくるのだろうか。恐くて森に入れないじゃないですか。家の周りは森なのに……! 外に出るときは絶対にイクルかまろが一緒じゃないと駄目だ。絶対にだ。
◇ ◇ ◇
「もう30分くらい? なんだかずっと直線だったけど、いつレティスリール様に追いつくんだろう」
なんだかんだで、通路はずっと一直線。魔物は立て続けに……というわけではないけれど、何度も遭遇してイクルがすべて息も切らさずに倒した。
とりあえず、そろそろ終点についてもいいのになと。別に、歩きつかれてきたわけではないですよ? 決して。それにほら、やっぱりダンジョンという場所は神経をすり減らすといいますかなんといいますか。
そう思って、前にいるイクルを見て…………え?
私の視界に入るのは、イクル。
覆いかぶされるように庇われているのだと、イクルの「スキルを!」という焦った声で判断できたのは奇跡だろう。
その声がなければ、きっと私の身体は、口は、声は……動けなかった。
「……ひなみ様っ!!」
「あ、ぅ……ら……《光の狂詩曲》!!」
瞬間、私とイクルをごうっと炎が包み込んだ。
あと少し遅れていたら、火達磨になっていたのかもしれないと思うとぞっとする。
けれど、なんで炎が私たちに向かってきたのか……? どうしてという疑問を頭にいだいたまま、イクルの肩越しに前を見れば、そこにいたのは……ドラゴン。
「……成長しきってはいないみたいだけど、やっかいだね」
「や、やっぱりヤバイの……?」
いつになく真剣な瞳のイクルに、冷や汗が伝う。
ドラゴンの後ろには、大きな扉。あぁ、もしかしてもしかしなくても、ここが最終地点なのかもしれない。となると、あのドラゴンはボス的な位置にいるのだろうか。
わからないけれど、倒さないと前には進めないのだろう。
「ひなみ様は、いつでもスキルを使えるようにしておいて」
「……わかった」
ぎりと、ドラゴンを睨みつけてイクルが立ち上がる。
少し広間になっている場所へは入らないようにと言われ、私を通路の壁のところに待機させる。私だけ安全なところに……! と、言いたい。けれど、間違いなく私は足手纏いだ。
悔しいと思うけれど、私にできることはきっとほかにある。回復薬を手に持って、何があってもいいように待機すること。それが今の私にできる、限界値だ。
「……正直、倒せるかはわからない。でも、ここまで来て引き下がるわけにはいかないからね」
「ちょ、イクル、ま……っ!」
待って! そう叫ぼうとして、しかしそれよりも早くイクルがドラゴンへ向けて駆け出した……っ!
アルフレッドさんが使役しているドラゴンよりも少し小さくみえるけれど、それでもその体長は3メートルほどはある。
子供のドラゴンだから、イクルならあっさりと倒してしまうのかと思っていたけれど……実際はそうではないということに気付くことができなかった。
ドラゴンの吐く炎を紙一重でかわし、その隙を突いて棍で攻撃を入れる。炎の攻撃を行わないのは、あのドラゴンの攻撃が炎だからだろうか。恐らく、同じ炎の属性だから攻撃が効きにくいのだろうと予測する。
炎とドラゴンの翼を交わしていくイクルだけれど、遠目からでもだんだんと息が上がっていることがわかる。ドラゴンの攻撃が止むことはないけれど、イクルの攻撃があまり効いているようには見えない。
スピード重視だと言っていたから、一撃自体はそんなにも重くないのだろう。それに、動きに余裕がないのは……きっと目が見えていないからだ。
イクルは風の魔法で、見えない視界を補っていると言っていた。それは見えるようになるというのではなく、人や物の位置を風によって確認しているのだと言う。
しかし、今の状況下では……風の魔法で補助を行うというのはかなりきつく、ぎりぎりなはずだ。それほどまでに、ドラゴンの攻撃は激しい。
『グオオアァァ!』
「……ッ!」
「イクル……っ!!」
案の定、上手く風魔法で補助が出来ていないのだろう。空中から地面に着地するところで、ドラゴンの翼がイクルの肩に当たる。
私は飛び出して行きたいのをこらえて、手に握りこんでいた|体力回復薬〈ハイ・ポーション〉の蓋を開けて……思い切りイクルのほうへと投げつけた。
「……ナイスアシスト、だね」
「イクル……!」
私に背中を向けているというのに、私の行動はすべてお見通しなのだろう。
イクルへ目掛けて投げた|体力回復薬〈ハイ・ポーション〉は、イクルが後ろ手に回した棍が受け止めた。否、割り砕いた。
割れた|体力回復薬〈ハイ・ポーション〉の瓶はきらきらと宙を舞い、中身の液体がイクルへと降り注ぎ一瞬で肩の怪我を治した。
「……はぁ、よかった」
安堵したのもつかの間で、すぐに次の攻撃がイクルへと繰り出される。
イクルの動きは別段上がってはいない。それどころか、徐々にスピードが落ちているかもしれない。これは、もしかしてもしかしなくてもやばいのでは? そう、頭によぎる。
私の防御スキルが遠距離に届けばいいのにと、歯噛みする。
「……ッ、この……!」
イクルの苦しそうな声が聞こえ、けれどもドラゴンの行動を紙一重でかわす。
そんな攻防が15分は続いただろうか。私は|体力回復薬〈ハイ・ポーション〉をぎゅっと握り締めて、ただひたすらにイクルとドラゴンを見つめ続ける。
しかし、次の瞬間。
イクルがぐっと地面を蹴り上げて思い切り空高く宙を舞った。
今までは、空中に行くとドラゴンの動きを捌ききれないようだった。そのため、ずっと地面に足をつけたまま戦ってきたというのに……いったいどうしたというのか。
宙でくるりと一回転したイクルの棍が、ドラゴンの肩口に当たる。そのままその反動で身体をひねり、後ろから前へと思い切り棍を振り上げた。炎が顕現し、棍に纏わりついた。いつもは炎を飛ばしているだけなのに……?
しかし私の疑問はすぐに散る。イクルの棍が、ドラゴンに一撃を与えたからだ。すごい! わぁっと私は思わず声にだしそうになり、慌てて口を抑える。イクルが集中しているかもしれないのに、乱すわけにはいかない。
しかし、そのままイクルを見ていれば……どうやら動きが変わった。
私が見ても分かるほどに、イクルのスピードが、動きが、判断が、早い。紙一重で避けていたドラゴンの攻撃を空中でも身体をひねり、棍でいなす。
まるで余裕だと、そう言うように。
「イクル……っ!」
『グアアァッ!!』
私の叫びと同時に、さらにイクルの一撃がドラゴンの頭へ綺麗に決まる。
悲痛な叫びを上げたドラゴンだけれど……しかし倒れることはなく、さらにイクルに襲い掛かった。




