33. 呪いへの道
深く、しんとする暗い森の中。
レティスリール様のお墓から少し離れた場所にダッチョンを残し、入り口の様子を伺う。
こんな真夜中なのに、見張りである墓守さんは2人。
「うーん……門から入るのは、難しそうだね」
「そうだね。少し周りを調べて、入れそうなところを探そうか」
「わかった」
見張りの目をかいくぐるのは難しい。
それに……門を開ける時にキィと、少し軋む音がしたのを思い出す。
昼間はそんなに気にしなかったけれど、静まり返った今はそれが酷く目立つ。
門に沿いながら移動してみるが、お墓をぐるりと囲んでいるようで隙間がない。
「……入れそうな場所がないね」
「んー……登るしかない、か」
「え……?」
「……風よ、《探索》!」
イクルの声と共に、ふわりと風が舞った。
優しい気流が心地よい。イクルが使えるのは風魔法。呪奴隷の制限によって攻撃魔法は使えないけれど、その分は棍という武器で補っている。
「……そうだね、ここからもう少し北に行ったところが一番門から遠い。そこから中に入ろう」
「ん、わかった……!」
10分程度歩き、イクルが手で止まれの合図をする。
ここが一番墓守のエルフから遠い場所なのかと囲いを見上げれば……とても高い。木の壁で出来ているけれど、おそらくここが弱点だとわかっているからか、ほかの箇所よりも高い。
イクルがとんとんと壁を触っているけれど、こんなものどうやっても登れそうにない。
「んー……」
「? イクル、どうした……え?」
次の瞬間、イクルが舞った。
え? と、思わず漏れた私の声が風に掻き消されて……気付けばイクルは高い木の囲いの上。いったいなにがどうなったのか、と。ぽかーんと口を開けてしまう。
地を蹴り上げて、木の壁に手をついて棍から炎を出した勢いで宙を舞ったのだ。そのまま身体を回転させて、気付いた時には壁の上。
「すごい……」
壁はだいたい15メートル、恐らく5階建てのビルくらいの高さはあると思う。いとも簡単に乗り越えてしまうイクルが大分やばいと思いつつも、私はどうすればいいのか。
丁度イクルの背後に月が見えて、逆光になっている。まるで闇夜に溶けようとしているようだと思いつつ、どうすればいいのかと思考をめぐらせる。
「ほら、ひなみ様も早く」
「えっ」
「えって、持ってるでしょ? サツマモ」
「あ、あぁっ!」
そういえば、まろにもらったサツマモを持ってきていたことを思い出した。
鞄の下のほうに入れていたのを取り出して、じぃっと見つめる。……まろは生で食べられると言っていたけれど、本当かな? なんとなく、まろなら生で食べても大丈夫そうだと思った。
「どうしたのさ?」
「…………もぐっ!」
イクルが首をかしげて食べないの? と、そう問いかけられて……私は意を決してサツマモにかじりついた。やはり生っぽさはあるけれど、別段不味いというようなことはなくて安心した。
まぁ、すごく美味しい! というわけでもないのだけれども。
「ん、浮いた……!」
「ほら、こっちだよ」
「うんっ!」
ふわふわとした浮遊感につつまれて、私の身体がゆっくりと上昇していく。イクルが手招きをしているので、そちらに行こうと手をぱたぱたとさせて身体を動かす。
うっかりイクルを越えて空高く舞ってしまっては一大事だ。
「イクル……っ!」
イクルの手をとって、ふわふわと隣で浮かぶ私。一応コントロールのようなものはできるけれど、何か不測の事態に陥っても困るのでしっかりと手を掴む。
そして眼前を見て……私は感嘆の声を上げる。
「すごい……! 星空もだけど、レティスリール様の墓標にある花が月明かりで綺麗に見える」
「そうだね。こんな高いところからはなかなかないからね」
さすがは15メートルはある壁だ。真下を見たら震えてしまうかもしれないけれど、ここから見る景色は絶景だ。儚く咲く花が、レティスリール様の居場所を守護しているようだなと、そう感じた。
「とりあえず下に下りて、後はサツマモの効果が落ちるのを待って石碑に行こうか」
そんなに食べたわけではないから、効果はすぐに切れると思うけどどれくらいだろうと考えていれば……突然イクルに抱きかかえられた。
「い、いくるっ!?」
「ん? 舌かまないように気を付けて、飛び降りるよ」
「え? え? え、あ、うそおおおぉぉんぐっ!?」
さらりと私に許可なく重大なことを言って、すぐさま実行に移された。
とん、と。軽やかにイクルの足が壁を離れて、15メートルの高さから身を投げ出した。思わず絶叫した私は、「気付かれる、静かに」とイクルに手で口を塞がれて叫びは闇の中に掻き消えた。
半分ほど急降下したところで、落下速度の低下を感じて……イクルと目が合う。その瞬間にふわりと風が舞って、頭から真っ逆さまに落ちていた身体をくるりとイクルが回転させた。
すとんと足から無事に着地をして、そっと私を下ろしてくれたのだけれども……あまりの出来事に腰が抜けてしまい地面に座り込んでしまった。
「びっくりした……イクル、今のはいきなりすぎだったと思うんだよ……!!」
いや、間違いなくいきなりすぎだった。
その証拠に私は立てないし。イクルには問題なかったのかもしれないけれど、私にとっては大問題だ……!
「別に、ひなみ様を落としたりなんかしないよ」
「う……っ! そ、それはわかってるけど! 私にも心の準備があるんだってば」
「ごめんごめん。でも、あまり壁の上に長居して見つかったら……せっかくここまで来たのに無意味になるからね」
それは、まぁ……もっともなのですけれども。せめてあと一瞬待ってほしかった。ジェットコースターだってもう少しタメてから落ちてくれると思うのですよ。
「まぁ、少し休もうか。そうすれば、サツマモの効果も消えるだろうし」
「うん……」
どさりと私の横に腰を下ろし、木の壁に背を預ける。
……イクルは何でもこなすんだなと思いつつ、レティスリール様に無事に会えたらこの関係はどうなってしまうのだろうかと思う。
呪奴隷紋が消えれば、私とイクルの契約は解除という形になるのだろうか。それとも、最初の契約期間である5年間は続行するのだろうか。そうするとあと4年ちょっとだけれど……いや、呪奴隷でないのであればちゃんと終了しなければならない。
この世界の制度がどのようにするかはわからないけれど、私はきっとそうしよう。少し思ってしまったのは、私がイクルと離れたくないと少しわがままを思ったせいだ。
それに、シアちゃんの話だと……呪奴隷契約終了後、そのまま正式に雇う人も多いという。私がイクルを雇うのかと問われれば変な話のような気もするけれど、そうなれば楽しいなと思った。
「どうかしたの?」
「……うぅん。なんだか、怒涛の毎日だったなって思っただけ」
「まぁ、確かに。ひなみ様の周りは事件だらけだからね……」
「そ、そんなことないよ」
やれやれと呆れるイクルに、反論を試みてみるが……なんだか完璧に否定することが出来ずにもやっとしてしまう。
確かに私の周りではいろいろあったような気がする。そもそも、イクルとの出会いからして私には怒涛の毎日だったのに。今ではこれが当たり前のように思えてしまう。
なんだかんだで、この異世界生活は上手くいっているのだろうと思う。
「……あっ!」
「ん?」
「サツマモの効果が終わったみたい。ここにいて見つかっちゃうのも嫌だし、レティスリール様の墓標に行こうか」
ぱんぱんと土をはらいながら立ち上がって、ちゃんと自分で立つことができたことに安堵する。
ここでもう1回へたりこんでしまったら、さすがに情けなくて涙目になってしまったかもしれません。気合を入れれば、イクルに頭をぺちんとされて笑われた。
◇ ◇ ◇
静かな闇が広がる世界。花が祝福するかのように……その中央にそっと鎮座するレティスリール様の石碑。
ゆっくりと歩み寄って、その石碑にそっと触れる。彫ってある日本語に目を向けて、ここで唱える呪文でいいのかなと思う。
しかし、考えても仕方がない。もし開かなかったらそれはそれで恥ずかしいけれど、今は情報がこれしかないのだからやるしかない。
そう、日本語で綴られた合言葉。
「……ひらけごまっ!!」
お願いです、どうか開いてください石碑様! いや、石碑がどうやって動くのかと聞かれればそれはわからないのですけれども。だって、石碑は扉ではないのですから……!
しかし、そんな私の心配は杞憂だったようで安心する。ゴゴゴと音を立てて、石碑がゆっくりと横にスライドして……地下へと続く隠し階段が私とイクルの前に姿を現した。
きちんと合言葉が通じたことに安堵して、ふうと息をつく。
「……地下、だね。階段?」
「うん。結構ほこりがすごそうだから、長い間立ち入りがないのかもしれない」
「だろうね。こんな仕掛けになっているなんて思わないだろうし、ましてや墓だと言われているんだから」
砂埃が舞って、年季が入っているというのは一瞬でわかった。
……魔物も嫌だけど、ネズミとかがいてもそれはそれで嫌だなと思ってしまう私はしょっぱなから逃げ腰なのかもしれない。
「大丈夫、きっとネズミはいないから!」
「何の話さ。ほら、行くよ」
「ちょ、待ってよイクル……!」
はやいはやい、まだ心の準備が出来ていないのに。
確かに私の心の準備を待っていたら時間がいくらあっても足りないかもしれないけれど、ほら。……なんとなく、お墓の下の地下通路ってお化け屋敷みたいというかなんというか。
そう、そうですよ、ちょっと、いやかなり……恐いのですよ。
「く、くらい……」
意を決してイクルの後に続くけれど、中は真っ暗で。今は入り口から月の光が少しだけ入ってきているけれど、もう少し進んだら真っ暗闇になってしまうのではないだろうか。
イクルにはあまり関係ないかもしれないが、私には大いに関係があるのだ。
ぎゅっとイクルの服、腕部分から出ている紐を掴んで恐さに耐える。なんとなく手が震えているような気がするけれど、きっと気のせいではないのだろう。
「……これは、昼間だったとしても暗いだろうね。ひなみ様、明かりは?」
「え、えと……火なんてもってないよ?」
「あぁ、そうじゃなくて。あの短剣、使えばいいよ」
「たんけん……?」
何のことだろうか? 一瞬ぽかんとして、次の瞬間すぐに思い出して鞄から急いで取り出した。
《加護の花ナイフ》
リグリス神の加護がついたナイフ。
光属性が付与されており、暗いところでも輝きを失わない。
前に出ると危ないけど、護身用にもっておくように!
そうだった。リグ様にポイントでもらった私の装備……! ナイフだから常に取り出せるところに持っていたほうがいいのだけれども、私はなんだか少し恐くて鞄の中にしまっていたのだ。
こんなことならば、ちゃんと肌身離さずに持っていればよかった。
「そんなすごいものを、簡単に忘れないでよね……」
呆れ顔のイクルが「まったく」と首を振る。
そうは言われても、冒険どころかろくにゲームだってできない私です。こんな瞬時の判断、すぐにしろというのは難しいと思う。
けれど……ここから先は未開のダンジョンだ。私も、しっかりと考えながら進まないと。間違っても、イクルの足を引っ張るようなことをしてはいけない。
すっと鞘からナイフを抜けば、あふれんばかりの輝きが私を包み込む。
刀身部分が光を放ち、私の半径3メートルほどを照らし出した。暖かな光は、まるでリグ様のようだなと……そう思って少し恥ずかしくなる。
「すごい。先までは見えないけど……周りはこれでちゃんと見えるよ」
「それがあれば、とりあえずは問題ないでしょ。先に進もう」
「……わかった」
ゆっくりと、1歩ずつ確実に階段を下りて……体感的には3階分くらい下りたような気がするけれど、実際のところはなんともいえない。
階段の先は、少し大きな広間になっていた。扉のようなものがあり、その存在感に威圧される。おそらく高さで3メートル程ある荘厳な扉。そっと手で触れては見るが、びくりとも動かない。
「……悪趣味な扉だね」
「え?」
イクルが睨みつけるように扉を見て、どうしたのだろうかと思って……左手に熱を感じた。
「なに、これ……?」
「さぁね。でも、確かにここには、何かあるんだろうね」
「………………うん」
熱を持っていたのは、左手の小指。
花冠のような、呪奴隷紋は……淡く光を放っていた。まるで何かを主張するように、私とイクルの呪奴隷紋は輝きを増した。
イクルが悪趣味だという扉をちらりと見上げて、私は慌ててナイフを高らかに上げて扉を照らした。
そう、その扉にははっきりと模られていたのだから。
「この扉の模様、私とイクルの呪奴隷紋と同じ…………?」
そういえば、本当にほんとうに短いですが、活動報告に神様視点の超小話があります。




