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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第3章 呪いの歌
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28. 記憶の花 - 1

 夜が更けた頃、私は自然と目がさめた。

 ふかふかのベッドが心地いいからぐっすりと眠れそうなのに、どきどきした心臓の音で起きてしまったのだろうか。

 ダッチョンに無事乗ることができたので、明日の午前中にこの港街を出発する。最初に目指すのは、ダッチョンで半日ほど行ったところにある小さなエルフの村。



「エルフっていうと……タクトに、ミルルさんか。タクトは修行中で、ミルルさんは村に帰るって言ってたはず」



 どこの村とまでは聞いていないけれど、ここ〈アグディス〉であることは間違いない。

 2人とも、元気にしてるかなぁ。そう思うのだけれど、私からは連絡を取る手段がない。タクトであれば、歌って光の精霊さんに聞けばいいかもしれない。でも、ミルルさんへは連絡が取れない。

 この世界は、基本的に連絡手段が手紙になる。そしてごく親しい人や、貴族など偉い人は魔道具で通信を行ったりしている。とはいえ、それも距離が縛られるのでせいぜい街中程度だけれども。



「ふぅ。上手くいくといいなぁ……」



 窓から見える月に目をやって、私はそっと目を閉じた。

 ちゃんと寝ないと、明日が辛い。







 ◇ ◇ ◇



『チョッ!』

「わ、すごいよダッチョン!」

「ひなみ様、ゆっくりでいいからね」



 私とイクルは、翌日の午前中に港街から冒険へと出発した。

 目的は、レティスリール様と〈呪〉の開放。

 保存できる干し肉や、飲み水などを購入して最終的な準備を整えた。山の中は天候が変わりやすいからと、レインコード代わりのマントも用意した。

 回復薬(ポーション)は自前があるので問題ないし、魔物も……そんなに出ないでいてくれると助かるなと思う。



 イクルが前を走り、私がその後に続く。

 真っ白いダッチョンは、山の中でもよく目立つ。これならイクルを見失うこともないなと安心して、それでも声を掛け合いながら進んで行く。

 私が走りやすいようにと、低い木の枝などはイクルが先に手で避けてくれる。そのおかげで、私はダッチョンに集中することができた。さすがに、この森の中をダッチョンで突っ走って止まらなくなってしまえば……命がいくつあっても足りないかもしれない。



「それと、何かあれば止まるからくれぐれも勝手な行動はしないでよ」

「はーい!」



 初心者講習のときにやらかした前科があるので、素直に頷いておく。私だって、もうあんな経験はしたくない。次に落ちた穴も魔物がいないとは限らないのだから。



「っと、ひなみ様……10秒だけ止まって」

「え? あ、うんっ!」



 イクルがあげた静止の声。

 これは山へ入る前に決めた私とイクルのルール。

 先頭をイクルが走り、魔物を見つけた際には私が止まるというもの。その間にイクルが魔物を倒すという算段なのだけれども……さすがに10秒では短いのではないだろうか。

 そう思って前方を見れば、そこには熊のような魔物がいた。



「動物の熊に見えるけど、あれは“レッドベア”っていう魔物だよ」

「……!!」



 いつもの声で言うイクルに恐怖はないようで、ダッチョンを加速させてレッドベアへと向かっていく。ごくりと息を呑んで、私はそれを見つめることしか出来ない。

 ダッチョンの手綱をぐいっと引いて、止める。それが今の私に出来る唯一の仕事。リグ様にもらった弓があるけれど、矢は1日に3本まで。

 どうしようかとも思ったけれど、何か緊急事態が起こるといけないから極力使わないという方向で話はまとまっている。

 戦闘ではなんとも役に立たない私です。



 シュッ! と、風を切る音が私の耳に届いた瞬間に、イクルが腰から背中に装備していた棍をくるりとレッドベアへ向かって振り上げた。

 そのままダッチョンで横を走り抜けて、こちらを振り向いたイクルと同時に……レッドベアは光の粒子のように消滅した。



「……まさか熊を一撃で倒すなんて」



 ぽつりと出た言葉はたぶん無意識で、改めてイクルはすごいと確信した。



「ひなみ様、大丈夫?」

「あぁ、うん。イクルは強いなぁって。でも、熊が出るなんて……家の周りとはやっぱり違うんだね」



 家の周りの森に出るハードウルフとこの山にいるレッドベア。狼と熊、どっちが強いの? そういわれても私にはわからないけれど、どちらも恐怖対象であることにかわりはない。むしろ、慣れていない分レッドベアのほうが怖いかもしれない。

 私のほうへもどってきたイクルが心配そうに顔を覗き込んでくれて、ダッチョンも『チョ?』と、これまた心配そうに声を上げてくれた。



「たぶん、あと2時間くらい行けば最初の村にでると思う。そこで情報の聞き込みをしながら一泊かな」

「うん。有力な情報があるといいんだけど……」

「まぁ、厳しいだろうね。変に聞き込みをするよりも、アグディスの中心部に行ったほうがいいかもしれないし……」



 どうしようかと、そう考えるイクルの瞳は真剣で。

 私の我がままに付き合って貰っているような形なので、それがすごく嬉しい。いや、〈呪〉が消えるということはイクルも呪奴隷ではなくなるということだから……イクルにとってもメリットはあるのだけれども。



「まぁ、とりあえずエルフの村に行って考えようか。歓迎してもらえるかもわからないし」

「そうだね。……歓迎してもらえると嬉しいね」

『チョー♪』



 イクルの言葉に若干不安になりつつも、こればかりは行ってみなければわからない。

 大丈夫、石を投げられたりはしないはずだ! そう考えて2時間ほど進めば、視界に小さな村が見えた。





「……あれが、エルフの村?」

「みたいだね」



 くいっとダッチョンの手綱を引いて、一旦止まる。

 山の中の、少し開けた空間。そこに見える、小さな村。エルフと、妖精が一緒に暮らしているというその村は……規模は小さく、家も20軒程度だろうか。

 色とりどりの花が村の周りに咲いていて、入り口には見張りなのか、男性のエルフが2人。すぐ私たちに気付いたようで、1人がこちらへとやって来た。

皮の防具をつけた、スラリとした長身のエルフさんだ。



「……この村に何か用か?」

「旅の冒険者なんだけど……村へ立ち寄ることはできる? 一応、名の知れた薬術師だから回復薬(ポーション)の販売もできるけど」

「……なるほど。確認するから、少し待て」



 そしてイクルと話し合ったこと再び。

 基本的に、会話の主導権はイクルが握るということ。私だとぼろもでてしまうだろうし、この世界についてもあまり詳しくない。……アグディスは特に。

 なので、交渉も含め話し合いはイクル主体、私は時々のフォローという役割分担。

 回復薬(ポーション)を売るというのも、街を出るときに話し合ったことの1つ。小さな村なので、回復薬(ポーション)などを手に入れにくいのだ。もちろん、街まで仕入れに行くことはできるけれどそこそこ時間もかかる。

 後は単純に、娯楽的なポジションなのかもしれない。外から行商がきたぞ! と。大人であれば街へ行く機会もあるだろうけれど、子供ではなかなかそうはいかない。

 そういった意味では、私が薬術師というのは都合がよかった。



「……大丈夫かなぁ?」

「どうだろうね。でも、街から近いエルフの村だし……大丈夫じゃない?」

「だといいんだけど」



 不安になりつつ10分ほど待てば、エルフの男性がもどってきて許可を出してくれたためほっとした。「ありがとうございます」とお礼を言えば、回復薬(ポーション)を売って欲しいと頼まれた。



「実は今日の朝、魔物討伐に初めて参加した者が何人かいましてね。丁度ストックしていたものを使い切ってしまったんだ」

「あぁ……そうだったんですね。私の回復薬(ポーション)でよければ、ぜひ」

「助かる。買取に関しては村長が対応するからついてきてくれ。ダッチョンは、村の入り口につないでおいてくれ。あそこにあるダッチョン小屋を使ってくれて構わないから」

「ありがとうございます」



 エルフの男性はトイと名乗り、後をついてくるようにと言った。

 入り口の横にある小屋にはいれば、ダッチョンが10羽以上いて驚いた。『チョー!』と、いう鳴き声も重なってるため迫力があってびくりと身体が震えてしまった。

 ほかの子とすぐ見分けを付けれるように、私とイクルのダッチョンの首には可愛いリボンがまいてある。うん、オシャレでとてもいいです!

 満足気に自分のダッチョンを見て、イクルと小屋を出て村長さんの家へと向かう。



「……アグディスは初めてですか?」

「そうです。……島の中心へと行きたいんですけど、人間はあまり歓迎されないとか」

「まぁ、否定はできません。これでも昔よりは温和になったんですけどね。この村はいいほうです。島の中心に最長老が住むエルフの村があって、周囲にはこの村を含めて4つの村が囲うようにあるんですけど……中心の村には、人間が入るのは難しいでしょう」

「……そうですか」



 イクルとトイさんの後ろをついて行き、私は会話を聞くことに専念する。

 私が知りたいと思うことはイクルが話しながら聞き出してくれるし、問題はない。それよりも気になるのは、人間があまり受け入れられていないという事実。

 暗い方向にいってしまう話題だなと思いつつも、どうしようかと頭をひねる。せっかく知り合うことができたのだから、人間嫌いではなく楽しい話題もあげたいのだけれど。



「……あ」

「ひなみ様?」

「どうされました?」

「いや、ここにいるかはわからないんですけど……エルフの知り合いがいて」



 もしかしたら、ミルルさんがこの村に住んでいるという可能性だってある。トイさんの話では、エルフの村は5つ。だったら、可能性としては十分なはず。

 会えたら嬉しいし、もしかしたら何かレティスリール様のことを聞けるかもしれない。……それから、タクトの話も出来ればいいなと思う。



「エルフの知り合い? 名前はなんと?」

「あ、はい。ミルルさんと、タクトっていうんですけど。前にラリールの街で会って……仲良くなったんです」

「ミルル様とお知り合いなんですか……ミルル様は中心の村にいらっしゃるので、こちらにはいません。タクトも、中心の村出身です」

「じゃぁ、ここでは会えないんですね……残念です」



 ミルルさんの敬称が“様”であることに驚きつつ、なんとなく深くは聞けなかった。

 確か……ミルルさんのおじいさんが村長さんか何かだったはずだ。中心の村の重役ということは、かなり立場的にも高いのだろう。

 もしかしたら、身分が違いすぎて気軽にミルルさんに会うことができない、ということもあるかもしれない。



「ミルル様のところへは、俺から連絡を入れておきます。はやければ、明日には返事がくるでしょう」

「え……っ! いいんですか?」

「もちろんです。連絡は義務ですから。……ただし、返答がない可能性もありますから」



 外からの情報を伝えるのも、どうやら大切な役割のようだった。

 ひとまず連絡を取ってもらえることに安堵しつつ、ミルルさんの笑顔を思い出した。元気にしているといいのだけれど。



「そういえば、この村に宿は?」

「ここは街が近いということもあり、泊まるものは少ないから宿はないんだ。代わりに、村長の家に泊まることができる」

「わかりました」



 一瞬、野宿かと不安がうまれたけれどそうではなかった。

 確かに、ここから港街まではダッチョンで3時間程度。これは私のスピードだから、慣れている人ならばもっと速く街へ行けるのだろう。



 ふと、村の中を見ながら歩いていれば見覚えのある花が目に入る。

 白と水色の可愛い丸みを持った花。ただ、実物を見たのは初めてで……何か、本で読んだのだと思うのだけれども。



「ひなみ様、どうかした?」

「いや、なんだかこの花を何かの本で見たと思うんだけど忘れちゃって……」

「この花は、記憶の花と言います。何か、薬術の材料ですか?」



 私は足を止めて、まじまじと花を見る。

 トイさんが教えてくれた名前を思い出そうとするけれど、心当たりがない。

 私が見たと思うくらいだから、何かの材料だとは思うのだけれど……と。



「たぶんそうだとは思うんですけど、私もうろ覚えで。記憶の花って、不思議な名前ですね」

「ええ。この記憶の花を村に植えておくと、この村を花が記憶してくれるんです。山で迷っても、ここへ帰ってこれるようにと。まぁ、迷信なんですけどね。気休めのおまじないです」

「おまじない……」



 トイさんがしゃがみこんで、花をひとつ摘んで私に手渡してくれた。

 それを素直に受け取れば、「ただの花ですけど、薬術の助けになるならば」と。そう言ってくれた。



「ありがとうございます。大切にしますね」

「ええ。村じゅうに生えてる花ですから、いつでも摘んでください」



 あははと笑いながら、トイさんが足を止める。

 ん? と、前方を見れば……ほかの家よりも少し大きいログハウスが視界に入った。

 さすがの私も、村長さんの家だとすぐにわかった。

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