25. 初めての冒険準備 - 1
刃先が手のひらほどの長さのものを中心に、様々な短剣が棚に並べられている。
イクルの投擲用の短剣を買いにきたのだけれども、その鋭い刃先にどきりとしてしまう。短剣といっても種類はたくさんあって、少し丸みを帯びた歯だったり、極端に短い……指程度の長さのものだったり。
ラリールの街にあった武器屋さんよりも、数は少ないけれど種類は圧倒的に多かった。だからイクルがアグディスで武器を買うと言ったのにも納得です。
「ひなみ様、変に触って手を切ったりしないでよね」
「む。さすがにそこまでドジじゃないから大丈夫だよ……」
3歳児でもあるまいし。
カッターよりは危険かもしれないけれど、私だっていい大人なんだから問題ありませんから! そんなことを思いつつ、選んでいるイクルの横で私もいろいろと武器を見る。
弓に、長剣に、槍もある。私はポイントで交換したリグ様印? の、防具セットがあるから特に入用なものはないのだけれど……あ、弓だけじゃなくて矢も単品で売ってるんだ。そう考えると、弓術師の人は矢の消費で金銭面が苦しかったりしないのだろうか。戦い終わった後に拾いに行くのだろうか。
「ねぇねぇ、イクル」
「ん?」
「私も矢とか買っておいたほうがいい? ほら、一応弓はもっているわけだし……」
何本かの矢を手にとって、弓に矢を番えるポーズをとってみる。イクルはひとつ息を吐いて、「やめときなよ」と……呼吸をするかのように、自然に、さらりと言ってのけた。
まぁ、そうですよね。自分が戦力どころか戦いに向いていないということは1番わかっています。道中の魔物襲撃事件のときもそうだったし。
「ひなみ様は、その気持ちだけで十分だよ。頑張るのは、俺の役目でしょ」
「……でも、イクルばっかり負担になっちゃうかなって。私にも何かできればよかったんだけど」
「まったく。それだけ反則なスキルを持ってるくせに、それ以上に何を望むっていうのさ」
やれやれと、イクルが手に持っていた短剣を棚にもどして他のものを手にとる。
基本的に、投擲用の短剣は10本で1セットになっている。1本ずつでも買うことはできるのだけれど、セットで買うより少しお高い。
いろいろな種類を手にとっているのをみると、なんだかすごいなぁと感心してしまう。見て、手にとって自分になじむ短剣かを確かめているのだろうか。それはイコール、武器を扱えるということなのだろう。
「どんな短剣にするの?」
「んー……そうだね、手首の部分に仕込んでおけるほうがいいから短いのがいいんだけど」
「仕込むの?」
刃の長さを確かめるように、短剣を投げるような動作を手首だけで繰り返す。
というか、仕込むってなんぞ? そう思っていれば、イクルが服の袖をめくって内部構造をみせてくれた。袖口部分は布が他よりも厚くなっていて、小さな短剣を仕込めるような細工がしてあった。
まさかこんな仕掛けまでついていたなんて。今は遠くにいる服屋のお姉さんを思い出して、仕事の有能っぷりに感服いたします。
「右と左に、各3本ずつ短剣を仕込めるようになってるんだ。だから、最低6本で……予備もあわせて10本程度あれば安心だと思うんだけど」
「そうなんだ。全然、10本でも20本でもイクルの好きなだけ選んでくれていいよ?」
「はいはい。ひなみ様はこういうとき豪快だよね」
「そう? 必要経費だから、いいんだよ」
くるくると短剣を遊ばせながら、「これにする」と私に見せたものは、いたってシンプルな……刃先が鋭いタイプの細身の短剣。
切りつけるというよりも、刺さったら痛そうだなという感想が脳裏に浮かび、ぶんぶんと首を振る。こんなの刺さりたくないですよ! これから出会う魔物がこれの餌食になるのかと思うと、少しぞくりとした。
「おぉ、きまったのかい?」
「はい。これをお願いします」
店主のおじさんに短剣を1セット渡して、お会計をお願いする。単品で買うと1本が300リルだけれど、10本の1セットで買うのでお値段は2,500リル。日本でも買わなかったから、安いのか高いのかはわからないけれど……どれも同じような値段だったのでおそらくこんなものなのだろう。
「これは投擲用だからな、砥石はいらないだろ。使い捨てだと思って使うんだぞ」
「わかってるよ」
「そうかそうか、そりゃあ頼もしいな! ははっ!」
どうやら親切に短剣の説明をしてくれようとしたらしいのだけれど、イクルは相変わらずのマイペースなので不要らしい。イクルらしいなぁと思いつつも、おじさんには少し申し訳ないなと思う。
代金を払って品物を受け取れば、イクルがさっと短剣6本を袖口に仕込んだ。見ていたけれど、正直に短剣が仕込んであるようには見えません。さすが異世界、すごすぎます。
6本仕込んで、じゃぁ残りの4本の短剣はどうするのだろうと思っていれば、背中の腰部分に……収納した? いや、おそらくそこも仕込めるようになっていたのだろう。外見からでは短剣を持っているように見えないイクルの出来上がりです!
「そんなに仕込めるんだね。すごいんだねぇ、この世界の服って」
「まぁね。戦闘用っていうのはあるけれど……その中でもこれは特別だよ。あれだけお金をかけてつくるなんて、一流の冒険者にでもならないとしないよ」
呆れた様子のイクルが武器屋さんのドアを開けて外へでる。背後から聞こえる「ありがとうございました」に軽く会釈をして、私たちは次の目的地である冒険者ギルドへ向かうことにした。
のんびりとアグディスの港街を観光しながら歩いて……潮の匂いと、すぐそこにある山からくる森林の香りが混ざり合ってほどよい心地を感じるのです。
うーんっと背伸びをして、大きく深呼吸。あぁ、大自然っていいな。しかも、ここは日本だとなかなか行けないのでは? というほどの大自然。たまにテレビで見るアマゾン奥地とか、森はそんなイメージに近いかもしれない。
ただ違うのは、それよりもカラフルで色が多いということ。花がたくさん咲いているし、木々の種類も多い様で葉の色も明るい色や深い色とさまざまだ。
「とりあえずは、地図をもらって頂上を目指すルートでいいの?」
「う、うん……そうだね。頂上かぁ、先が長そうだね」
「まぁ、ひなみ様にはしんどいかもね。可能な限り馬を使いはするけど……辛いときはすぐに言って」
「ん、わかった」
徒歩じゃないのか、よかった!!
思わずばんざいをして喜んでしまうところだった。こんな道のど真ん中でそんなことはできません、危なかった。
タイルの並べられた道を歩きつつ、途中で串焼きを買って小休憩。屋台のお兄ちゃんに冒険者ギルドの場所も教えてもらって、アグディスについてからは割りと順調ですね!
「んぅ、美味しいっ!」
「ひなみ様って、肉が好きだよね」
「むむ、そんなこと……あるか…………」
串焼きを頬張る私に、呆れ顔をしていると思っていたイクルが少し笑う。だって、仕方がないのですよ。家に引きこもっていた2年間は、肉を一切口にできなかったのだから。その反動のせいか、お肉をチョイスすることが多い私。いや、もちろん野菜や魚も大好きですが。
最後のひとくちもぺろりと食べて、串をゴミ箱に捨てる。とっくに食べ終わっていたイクルが水を差し出してくれたので、それで喉を潤して冒険者ギルドへ再出発です。
◇ ◇ ◇
私は顔を上げて、ひときわ高い建物を見上げる。
そう、この街の冒険者ギルドは……7階建てでした。
なぜこんなにも高いのだろうかと思っていれば、隣にいるイクルがそっと理由を教えてくれる。
なるほどと納得するそれは、海の沖にいる魔物を見つけやすくするためと、高波が起こった際の全決壊を防ぐためらしい。
たしかに、ギルドの階層が低い部分はレンガでしっかりとした造りになっているようだった。この世界にも高波があるんだと少し不安に思っていれば、原因は大型の魔物だというから恐ろしい。とはいえ、頻繁に起こるものではなくて数十年に1度あるかないかという程度らしい。
「こんにちはー」
からんとドアについたベルをならし、そっと冒険者ギルドの扉を開ける。やはり屋根には剣と盾の看板がついていて、初めて来る場所なのにそんな気がしないのです。
いや、ギルド自体に来たのは数える程度しかないけれど。
「あら、こんにちは。見かけない2人組さんね、旅の方かしら」
「はい。ええと、アグディスの地図が欲しいんですけど」
「地図ですね、わかりました。ギルドカードをお預かりします」
入ってすぐ迎えてくれたのは、耳の長い……エルフのお姉さんだった。快く迎え入れてくれたのでほっと安心しつつ、鞄から取り出したギルドカードを渡す。
手に入れてからあまり活躍していないこのギルドカードですが、身分証や地図として使用することができるのです。地図情報をギルドカードに登録することにより、いつでも地図を見ることができる。
どうしてこんなところだけハイテクなのだろうと思いつつも、便利であることに変わりはないので考えないことにする。
「……はい、これで大丈夫。確認してみてください」
「ありがとうございます!」
作業自体は数秒で終わる様で、すぐに私のギルドカードは返却された。
地図を表示させるときは、確かギルドカードを持って……。
「地図!」
そう唱えれば、ギルドカードの上にホログラムが現れて地図が表示される。
今登録されている地図がすべて表示されているので、欠けた世界地図みたいでどこか楽しい。今登録してもらった〈アグディス〉全土、それから〈サリトン〉の一部……ラリールの街に、南の森と私の家がある森までの地図。
なんだか、花のやっていたゲームみたい。自分が歩いたところだけ地図に表示されるようなシステムだったはずだし、なんだかこれと似ている気がする。
「問題はないみたいですね。他にはなにかありますか?」
「地図の……ここに行きたいんだけど、馬か何かを借りれたりするところってある?」
地図を覗き込む私の横で、イクルがこの街から少し上にある村のような場所を指差した。ギルドのお姉さんが耳をぴくりとさせて、少し驚いた顔をして……それでもすぐに頷いてくれた。
どうしたのかなと見れば、私の視線に気付いたらしいお姉さんが苦笑を漏らす。
「すみません、そこはエルフの村なので……人族の方が行くことがあまりないから驚いてしまって。エルフはあまり友好的ではないかもしれませんよ?」
「え、そうなんですか……?」
「街に出るエルフは別ですけど、村にいるエルフはあまり……ですかね」
うーん。あまりいい関係ではないようで、なんとなく残念に思う。
どうせなら、いろいろな種族の人とも仲良くなりたいと思うんだけどな。でも、まだ行ってみてないし、行ったら実は仲良くなれた! ということもあるかもしれない。
とりあえず、まだ出だしですしポジティブは大切だと思うのです。そして何より、今まで出会ったエルフ……タクトやミルルさんはいい人だったと思うから。
「それと、足になる馬ですね。それでしたら、馬よりもダッチョンがいいと思いますよ。ギルドを出て、右にしばらく歩いた森の近くにお店がありますよ」
「ダッチョン……?」
「出て、右か。ありがとうございます」
ダッチョンとは……何者か。ダチョウの仲間だろうか?
頭に疑問符を浮かべつつ、イクルが特に気にした様子ではないのでここでは普通のことなのだろう。ギルドのお姉さんにお礼を言って、私たちはとりあえずダッチョンという謎の生き物に会いに行くことにした。
「ねぇねぇ、イクル。ダッチョンってどんなの? 動物だよね?」
「あぁ。名前は聞いたことがあるけど、俺も見たことはないんだよね」
「え……っ!」
いやいやいや。
普通にしているから、てっきりイクルはダッチョンとやらの正体をしっていると思っていたのだけれど……実はそうではなかったらしい。軽く衝撃を受けつつも、とんでもない魔物のような生き物だったらどうしようかという不安が襲う。
借りれる動物らしいから、そんなことはないと思いたいけれど……ここは異世界、何が起こっても不思議ではないのです。せめてダチョウであればいいなと思います。いや、ダチョウもどうかと思うけれど。
「まぁ、大丈夫でしょ。聞いた話では、乗り物としては優秀だってさ」
「そ、そうなの? イクルがそう言うなら安心だけど……怖くない動物だといいなぁ。ドラゴンみたいなのは、怖いから本当にもう無理!」
「ドラゴンを貸してくれるところなんてないよ……」
「いや、物の例えだよ……!」
借りれたとしても、絶対にドラゴンなんて借りません!
船は余裕だったけど、ドラゴンは無理。怖い。もう飛びたくない。
「あ、あれかな?」
「ふぉっ! ダッチョンがあそこに……!!」
意外に早くこの瞬間が来てしまった。
目の前に見えるのは、可愛い木のログハウス。隣には大きな柵があり、馬と正体不明の動物が数種類。あ、モーがいる! この子はうちにもいるから知っています。でも、わかるのは馬とモーだけ。
「とりあえず、明後日借りられるか聞いてみよう」
「うん、わかった!」
どきどきしながら、私とイクルはダッチョンという謎の生き物に会いに行くのです。




