10. レベルアップ大作戦 - 5
「うぅん……」
ふわふわとした感覚に、思わず幸せだなぁと思った。
無意識にまくらを抱きしめて、暖かい布団のぬくもりに満足する。最近は少し肌寒くなってきたから、布団から抜け出すのがとても大変で……と、そんなことをぼんやりと考えていれば。不意に聞こえた小さな笑い声。
あれ? そうだ、そういえば私は……まろと特訓をしていたはずじゃなかったか。一気に覚醒し始めた私の意識が状況の整理を始めようとする。
確か怪我をして、朝と昼の走り込みでくたくたで、そう、そうだ。それで倒れこんでしまったことを思い出した。
そのときに、見た、懐かしい顔は……?
「神様っ!?」
「ん? なぁに?」
「……っ!!」
がばっと勢いよくベッドから体を起こして、ベッドの横に座っている神様と目が合って。……何を喋ったらいいかわからなくて、ぱくぱくと口だけが動いた。
約2年ぶりに見た神様は、最初にあったときとなにも変わっていなくて。さらさらとした金色の髪に、青い綺麗な瞳。白を基調にした王子様のような服が、すごくきらきらしているように思う。
にこりと笑った神様が、「久しぶり」と。私の頭を優しく撫でてくれた。
「あ、と……お久しぶり、です。すみません、寝てしまって……」
「あまり無理をしすぎないようにね? とは言っても、15分程度しか眠っていないよ」
優しく体調を気遣ってくれる神様に、どこかきゅんとする気持ちがこみ上げてきた。それを振り払うように首を振って、「ありがとうございます」と笑顔でお礼を伝えた。
「でも、ひなはあまり戦闘に向いてないから……防御を磨くのはいいことだよね。だから、僕もひなに防御を教えてあげようと思って。ね?」
「え?」
にこりと笑った神様だけれども、これは修行をつけてくれるということなのだろうか。
イクルにレベルを上げてもらい、まろには防御の特訓をしてもらい。かなり充実、というか、贅沢な私のレベル上げ。そこに神様まで加わると贅沢を通り越してしまうような。
私がベッドから出て、椅子代わりにベッドへと腰をおろす。神様が肩に薄手のカーディガンをかけてくれて、なんとなく恥ずかしさから頬が熱くなる。
それと同時に、しゅるっと音がして、右手の小指についていた指輪がリボンになって髪を結った。
いつもの編みこみかな? と、思っていたら……お団子スタイルになった。
「あぁ、やっぱりひなはお団子も可愛いね」
「あ、ありがとうございます。でも……ちょっと、恥ずかしいです」
なぜこんなに私を褒める言葉がでてくるのか。私って、そんなにすごい可愛いわけではないんだけども。シアちゃんみたいな美少女ならばそれもわかるんだけどね。
それに、そういったことは言われなれていないのでどきどきする。こんなことを言うのは、神様くらい。
「まぁまぁ。それで、ひな。イクルとまろがひなに特訓したりしたのに、僕だけ何もしないわけにはいかないでしょ? だから、練習しようか?」
「……練習、ですか?」
「うん。と言っても、あぶないことはないから安心してね。場所もこのままで十分だし」
「はい??」
とりあえず、神様が私のレベルアップ大作戦に加わるということは確定事項のようで。かといって、部屋でできる練習だというし。
ということは、体を動かして……というより、スキルなどの知識の勉強をしてくれるのだろうか。光の狂詩曲に少しは慣れてきたけれど、正直使い方をしっかりと知っているわけではない。
神様が教えてくれるというのであれば、これほど心強いことはない。
「よ、よろしくお願いします!」
ばっと隣に腰掛けている神様に頭を下げて、私はやってやりますよ! と、意気込みの入った挨拶をした。それを見て、楽しそうにくすくすと笑う神様に私もつられて笑顔になる。
「じゃぁひな、僕のこと呼んでみて?」
「ん? えと、神様?」
「違う。僕の名前、覚えてる……?」
「……っ!」
不意に低くなった神様の声に、身体がびくりと震えた。耳元でささやかれるように言われた言葉は、だけど私の心まで染み込んできたような気がして。
名前をと言われ、神様ではない。ということは……その、リグリス様ということなのだろうか。それはちょっと、恥ずかしすぎて駄目かもしれない。というより、いつも神様と呼んでいたから違和感がすごい。
もやもやと悩めば、耳元に神様の唇があって、「忘れちゃった?」と。寂しそうな声色で、でも絶対にそうは思っていないような、自信もすこしかいまみえる声で。
小さく「覚えてます」と言えば、「よかった」と微笑まれた。
「えと、その……りぐりすさま…………」
なんとか頑張って言葉を発したが、改まって呼ぶ恥ずかしさもあって、聞き取れるのかというくらい小さい声になってしまった。
でも、神様は優しく微笑んで「はい」と返事をしてくれた。
「照れてるの? 可愛いね、ひな」
「だってだって、いまさら、その……名前で、っていうのは、すごい恥ずかしいです。それに、神様を名前で呼ぶなんて恐れ多いという気持ちもあって」
「ひなは真面目だねぇ」
終始笑顔の神様に、どきどきしっぱなしの私。
でもすごく突然で、私には神様の意図がまったくもってわからなくて。
「ほら、もう1回呼んで……?」
「えと……リグリス様」
ああぁぁっ! 駄目だ、すごい恥ずかしいです!!
どうしてこんなことに、と。名前を呼べば、すぐ隣にいる神様が嬉しそうに微笑んでくれるのですがこれはどういうことなのでしょうか。
いけない、頭が混乱してわからなくなってきた。
「うん。よくできました」
「……! えと、なんで名前を……?」
お団子をよけながら撫でてくれる神様は、「お団子はちょっと失敗だったな」と小さく呟きながら理由を教えてくれた。
「うん、ひなに名前で呼んで欲しいっていうのももちろんだけど。ひなにあげたこのリボン、効果は覚えてる?」
「リボンの効果ですか……? 見てみます……あっ!!」
《加護の花リボン》
リグリス神の加護がついたリボン。
攻撃を受けそうな時に、「助けてリグリス」と叫ぶとリボンが防御形態へ変形する。
たまにリグリスと話が出来る。
そうだった、これはすごいアイテムだったんだ。
そもそも、さすがにこれは申し訳ない&恥ずかしさで使えるとは思っていなかったというか、なんというか。なので1度も使ったことは、というか叫んだことはない。
そうか。神様が名前を呼んでと言ったのは、このリボンを私が使いこなせるようにするためなんだ。
どれだけ優しいのだろうと思いつつ、しかしそれ以上に……恥ずかしい。
「イクルにレベルをあげてもらって、まろとスキルの特訓をしたから、僕とは名前を呼ぶ練習をしようね?」
「あ、えと…………はぃ」
なんだかニュアンスが違うのでは? と、そう思うけれど私は拒否する言葉を持っていない。
というか、リボンの説明通りだと私は神様を呼び捨てにしなければならないと思うのだけれど、どうなのだろうか。さすがにそれは絶対回避したい。花の恩人でもある神様を、名前で呼び捨てにする勇気はない。
が、目で呼ぶように促されて、とりあえずはと思い名前を口にする。
「リグリス様……」
「うん」
「あ、えと……リグリス様」
「ひな」
「りぐりす……さま…………」
「うん。ひな、可愛い」
ちゅっとおでこに口付けられて、「よくできました」と褒められる。
え? と、思ったときにはもう遅くて。神様は何でもありませんという態度だから、私はおでこを抑えて赤くなるしかない。
もう駄目だ、私は自分の耳まで熱くて、おそらく顔は思っている以上に真っ赤だろう。
これはどんな羞恥プレイなんだろう、すごい恥ずかしくて涙が出そう。
2人でベッドに腰掛けて、神様はすごい綺麗でイケメンさんで、そんな神様が私に優しく微笑んでくれて名前を呼ばされるなんて。しかも、神様が私を呼ぶ声は砂糖菓子よりも甘くて、くらくらする。
「じゃぁ、次は防御形態を発動してみようか」
「わ、わかりました。でも、攻撃を受けそうなときじゃないです」
「あぁ、確かにそうだね。うーん……どうしようかなぁ」
リボンの説明に“攻撃を受けそうな時に”と書いてあるから、通常時に発動するのはおそらく無理なんだろう。そうなると、まろみたいに氷の塊を投げてもらい防ぐしかない……?
それはちょっと怖いかもしれないと考えていれば、横で神様がうんうんと唸ったままで。
「どうしようかなぁ」
「神様?」
ぼふんとそのままベッドに倒れこんで、何かを考えている神様は私を見て少し眉をよせた。何か悪いことをしてしまったのかと不安になったが、すぐに微笑まれて杞憂だったかと安心して。
それでも次の神様の言葉に無言になってしまう。
「ねぇ、ひな? 『助けてリグリス』って、言ってみて?」
「…………」
いや、さすがに、呼び捨ては、ちょっと。恐れ多いと言うか、不敬というか、人間としてそれはやってはいけないような気がします。
たぶん神様もそれはわかっているらしくて、「仕方がないなぁ」と私をみて笑っている。体を起こして、ひとつ伸びをした神様は私に呼び方の提案をしてくれた。
「駄目かぁ。ひなに呼んで欲しかったのに。リグリスが呼びにくいなら、リグはどう?」
「リグ様……?」
「そうそう。どうかな?」
むむ。確かにリグリス様より、リグ様のほうが気持ち的に呼びやすいかもしれない。もう1度「リグ様」と呟けば、嬉しそうに微笑まれた。
そのまま私の頭についているリボンをしゅるっと解いて、なんだろうと思えば、神様はそのままリボンに口付けた。
目を閉じて、愛おしそうにリボンに口付ける神様はまるで絵画のようで。早鐘のようにどきどきする心臓が、私の目を神様からそらさないようにさせる。
リボンがなくなったためにお団子はなくなって、それを満足そうに見た神様がまた頭を撫でてくる。何度撫でられてもなれないそれに、どうして私なんかにこんな優しくしてくれるのかと思う。
私を1人でこの世界に送ってしまったから、せめてもと優しくしてくれているのかな……?
「これでいいかな。ひな、リボン結べる?」
「あっ! はい、結べます」
何をしたのかはわからないけれど、神様の口付けたリボンを受け取って髪を簡単にまとめる。お団子をすぐにつくることは出来ないので、ゆるく編みこんで片側で髪の毛を結んで終わり。
それを楽しそうに見ている神様が、「ひなは器用だね」と褒めてくれて、なんだかくすぐったい。
「さて。リボンの効果を変えたから、見てごらん?」
「……効果を? あ、本当だ!」
《加護の花リボン》
リグリス神の加護がついたリボン。
「リグ様」と名前を呼ぶことにより、リボンが防御形態へ変形する。
攻撃を受けそうなとき、危険なとき、その意図を持って呼んだときのみ発動。
たまにリグリスと話が出来る。
「すごい……!」
「じゃぁ、やってみようか」
「はい。えと……リグ様」
「「…………」」
あれ?
変形しますようにと考えながら神様の名前を呼んだんだけど、特にリボンは変化しなかった。
「あーごめん、もう1回呼んで?」
「あ、はい。リグ様……きゃっ!」
瞬間、私がサイドで結んでいたリボンが伸びた。結び目と髪はそのままに、リボンの端の部分が伸びて私の周りに螺旋を描いた。新体操のリボン演技みたいになっていて、なんだか不思議だなとぼんやり思う。
神様がすっと立ち上がって、私の前にきて「大丈夫みたい」と頷いてくれた。
ということは、私は無事にリボンを使えるようになったということでいいのかな? なんだかちょっとうれしくて、頬が緩む。
「そのままじっとしてるんだよ、ひな」
「はい?」
ぷつんと、神様が胸につけていた装飾品を取ったのが目にはいる。どうしたのだろうと思ったときには遅く、神様がゆっくりと私にその装飾品を投げた。とは言っても、本当に軽く、受け取ってー! と、少し離れた人に投げ渡すくらいの感覚で。
一瞬どきっとして身体がすくんだけれど、装飾品はすぐにリボンにはじかれてベッドへぽとりと落ちた。
「ん、問題ないみたいだ。突然ごめんね? ひな」
「あ、大丈夫です。私こそありがとうございます、神様」
「こーら。違うでしょ?」
こつんと額に神様の人差し指が。
……違うとはいったい? なんとなく怒られていることはわかるけれど、何が違うのか。
あっ! 1つだけ思い当たり、でもまさかと思考をくるくるさせる。が、思い当たるのはそれしかない。名前で呼ばなかった、から?
いや、でもこれは間違っていたら自意識過剰すぎるのではないでしょうか。しかし私をじっと見つめている神様を前に黙り込むわけにもいかなくて。
「……リグ様?」
「そう。これからはちゃんとそう呼んでね?」
「でも、恥ずかしいですよ……」
「駄目、決定事項。僕がそう呼んで欲しいんだから。それとも、ひなは僕のことを名前で呼びたくないほど嫌い……?」
「そんなことないですっ!」
咄嗟にそれはないと、否定の言葉を叫んでしまった。神様……リグ様の前で大声を出してしまうなんて恥ずかしい。
でも、リグ様と呼ぶことのほうがもっともっと恥ずかしいというか、どきどきしてしまうというか。花も助けてもらって、私のこともこんなに助けてくれるなんて。これが慈愛というやつなのだろうか。さすがは職業? が、神様だ。
「よかった。ひなに呼んでもらえるのが1番嬉しい」
「うぅ、かみ……リグ様は、恥ずかしいことばっかり言わないでください」
「ぜんぶ本当なのに。っと、そろそろタイムリミットだ。ごめんね、あまり長くこの世界にいられないんだ」
「いえ、私のために……ありがとうございます。それに、神様に……じゃない。リグ様に直接会えて、嬉しかったです」
少しずつ体が透明になるリグ様を見て、私は慌ててお礼を述べる。それに、会えたことは本当に嬉しかったから。
リボンも効果を変えてもらって。使うにはかなり恥ずかしくて勇気がいるけれど、いつでもかみ……リグ様に護ってもらえているようで安心する。
「それじゃぁ、またね。あんまり無茶はしないでね、ひな?」
「はい。頑張りますね!」
にこりと笑顔で微笑んで、帰っていくか……リグ様を見送った。
とりあえずの課題は、神様と呼ばずリグ様と呼べるようになることかもしれない。
まろ「すみませんでしたああぁぁ(スライディング土下座)」
リグリス「ひなの言うことを無視するのはやめようね?」
まろ「はい。つい、夢中になってしまったのである……」
リグリス「まぁ、今日のところはひなも可愛かったし許してあげる。けど、次はないよ?」
まろ「ひなみと2人だったからご機嫌だ! まさかひなみのこと襲ったのである…?(もちろん今後は十分注意するのであるっ!!)」
リグリス「まろ、本音と建前が逆だよ?」
まろ「はっ! しまったのである…………」
リグリス「…………」
まろ「て、てへぺろっ! わあぁぁんひなみ助けてええぇぇ!!(逃)」




