25. 二つの扉
「…………」
私とリグ様の間に、沈黙が流れる。
何を話せばいいのかわからない。リグ様も、何も言わずに私をじっと見つめている。
どうしよう、何か、何か話題を。
だってこの沈黙になんだか耐えられそうにない。
「あ、そうだ……ええと、私はどうしてリグ様のところに? いきなりだったから、きっとイクルたちが心配しちゃうと思うんです」
夜だから寝ていると思っているだろうけれど、朝までに帰らなければ心配をかけてしまうだろう。そう思ってリグ様に問いかけてみたのだが……返事はない。
何かを考えるようにして、首を傾げるリグ様の姿。
「……リグ様?」
「うぅん。ひなは、帰りたい?」
「え?」
思わず目を見開いて、声をあげる。
ひどく真剣なリグ様の目を見て、その問いかけが冗談ではないということがわかる。
帰りたいのかと問われて、私の帰るべき場所はどこなのだろうという疑問が浮かぶ。
日本にある、家。
レティスリールにある、家。
私には二つの家がある。片方には家族がいて、もう片方はリグ様が用意してくれた場所。
……でも、ここでいう帰りたいはレティスリールのことだよね?
「帰りたいというか、心配をかけることはしたくないと思って」
「……うん。ひならしいね」
「えっと?」
リグ様がゆっくりと私のところへ歩いてきて、「ごめんね」と頭を撫でた。その手つきはとても優しくて、私の髪を指ですいてからぎゅっと抱きしめてくれた。
「あ、リグ様……っ?」
「久しぶりの、ひなだ」
「……っ!!」
私の感触を確かめるように、リグ様が私の首筋へすり寄ってくる。
一気に私の鼓動が加速して、体中を熱が駆け巡る。ドキドキする心臓の音が恥ずかしくて、思わずリグ様から離れようとするけれど――きつく抱きしめられていて、それは叶わなかった。
掠れたリグ様の声が、私の耳元でそっと囁く。
「あと少しだけ、このままで」
「…………はい」
消え入りそうな声で返事をして、私はゆでだこになっているであろう自分の顔をどうすればいいんだろうと考えてしまう。だってこんなの、赤くないはずがないのに。
少しずつ体から力を抜くと、リグ様があやすように撫でてくれた。
「ひなのそばは、落ち着いていいね」
「そうですか? リグ様のそばは……ドキドキしすぎて、心臓がいくつあっても持たない気がします」
「それは慣れてもらわないと困るね」
リグ様と正反対の感想を抱くと、くすくすと笑われてしまう。
私の心臓が持つと思っている方が驚きです。
「このままずっとここにいてって言ったら、ひなはイエスをくれる?」
「え……」
ゆっくり体を離したリグ様が、私の顔を覗き込むようにして問いかけてくる。返事はもちろん、イエスしかない。だって私は、リグ様のものだ。
それなのに、すぐに返事をすることができなかった。思わず浮かんだ私の声に、もしかしたら自分で一番驚いているかもしれない。
「もちろん、リグ様が望むのなら」
ここにいますと、私は告げる。
「…………」
「……? リグ様?」
少しの沈黙のあと、リグ様は困った顔で微笑んだ。
「嘘。いや、嘘じゃないけど」
「?」
「ひなをずっとここに置こうと思ってるのは、本当。でも、こんな攫われるようにここにきたいとは、ひなは思ってくれないでしょう? いいよっていう言葉とは裏腹に、きっとずっともやもやするよ」
「…………」
否定できないリグ様の言葉に、言葉が詰まる。
間違いなくその通りだと思ってしまったから。
リグ様が部屋にある三つの扉を指さした。私もリグ様の指を追うように、まだ開けたことのない扉へと視線を向ける。
リグ様が入ってきた扉は、この部屋の出入り口になっていると告げた。
「左の扉は、レティスリールにあるひなの家とつないであるよ。ポイントで交換して得られる扉と同じ仕組みだね」
「!」
「それから、右の扉。あれは日本の――楠木花の部屋に繋げてある。もちろん、花ちゃんには了承済み」
「……うそ」
まったく予想していなかったリグ様の言葉に、口元を手で抑える。
もう二度と会えないと思っていた病気の妹に、家族に、会うことができる? 花とは手紙のやり取りをしたけど、もう数年の月日が流れてる。
お母さんやお父さんに会ったら、私はなんて言えばいい? どんな顔をすればいい?
でも、それよりも、なんで、どうして――
「リグ様は、どうして私にここまでしてくれるんですか」
花の病気を治すことの交換条件は、私がリグ様の玩具になることだった。
でも、私のこの状況は玩具でもなんでもない。だってこれじゃあ、まるで、まるで――何?
「もちろん、ひなが好きだからだよ」
「――!」
リグ様の声が私の心の奥まで入り込んできて、言葉が出ない。
神様が人間に恋をするなんて、そんなことがあり得るのだろうか……なんていう疑問が浮かぶけれど、それは瞬時に私の中から消える。
だって、リグ様とは毎日のように交換日記をしていたんだから。
好きな食べ物があれば、嫌いな食べ物もある。ひどく心配性で、私にとても優しくて……神様なのに、私にとっては神様じゃないみたいな一面もあった。




