17. 春の意識
「春くんの意識は、きっと深い闇に包まれているはずよ。……ひなみ、飲み込まれては駄目。水晶の回復薬が守ってくれるとは思うけれど、無理だと思ったらすぐに戻って来て」
「ひなみ、まろのおやつを持って行っていいのである!」
あくまで優先すべきは自分自身と告げるレティスリール様と、サツマモを渡しに押し付けてくるまろ。
二人ともが私を心配してくれているのはわかるけれど、ここでおいもを渡されたら笑っちゃうよ。そもそも、意識だけだから何かを持っていくことはできないのに。
「気をつけます、レティスリール様」
「ええ」
イクルの部屋へと移動して、眠っている二人を見る。
ぴくりとも動かない姿を見ると、もう目が覚めることはないんじゃないかと錯覚してしまう。もちろん、そんなことにならないために、助ける準備をしてきた。
イクルと鈴花さんの名前を呼んで、私は二人の手を取る。
部屋の入口では、サリナさんが不安そうにこちらを見ている。同じ勇者である鈴花さんのことが心配なんだろうということは、見ていればわかる。
「ひなみちゃん。絶対に戻って来てね」
「はい、もちろんです」
「お店はまろにまかせるのである!」
「まろは頼りになるね。私がいない間、よろしくね」
「頼りない女神でごめんなさい。この世界のことを、ひなみに任せてしまって申し訳ないわ」
「気にしないでください、レティスリール様。私も、この世界が大好きですから」
大丈夫だと笑って、私はゆっくり目を閉じる。
誰かの意識に潜りこむなんて芸当はしたことがないけれど、レティスリール様にお任せすればうまくやってくれるだろう。
薄れゆく意識のなかで、私は平和なこの世界を思い浮かべた。
◇ ◇ ◇
真っ暗な空間なか、地面には花が落ちている。
それがほんのり光っているから、かろうじて意識を保っていられるのだろうか。
「……ここが、鈴花さんの意識の中?」
ひんやりとした空気を肌で感じて、いつもの優しい雰囲気がない。魔王だとレティスリール様が言っていたけれど、どこかでそんなことはないと思っていたのかも。
暗くて寒いのは、辛い。
「とりあえず、イクルを捜そう」
鈴花さんと一緒にいるかもしれないし、まだ一人でこの世界をさ迷っているかもしれない。それはどちらかわからないから、まずはイクルを捜しなさいとレティスリール様に言われた。
自分を捨てた師匠だって言っていたけど、イクルはなんだかんだで鈴花さんのことを大切にしていると思う。優しいからね、イクルは。
私は転ばないように、花を踏みつぶさないようにしながらゆっくり暗い空間の中を歩き始めた。
「お?」
しばらくして、白い扉を見つけた。
「……開けて進むしかない、よね?」
周囲を見渡しても、この扉以外には何もない。
この先がどうなっているかはまったく予想がつかないし、敵がいる可能性だってある。もちろん、イクルがいる可能性もある。
……こう、ホラー映画っぽさがあるね。
ドキドキしながらも、私は白い扉に手をかけて――勢いよく、開いた。
「イクル、鈴花さん、いませんかっ!!」
恐さを紛らわすように大声を出しながら開いた扉の先は、病院の一室だった。
消毒の匂いがして、そのベッドの上で静かに寝ているのは鈴花さん。腕に点滴が繋いであり、何かの病気だということがすぐにわかる。
「え……?」
いつも元気にしていたけれど、鈴花さんは病気だったのだろうか。
日本の病室だから、きっとレティスリールに来る前の光景なんじゃないだろうかと考える。窓の向こうには、日本の景色が見えた。
病室から見えるのは大きな桜の木と、正門。人はあるいていないけれど、妙にリアルな光景で息を呑む。
「すずはな、さん……?」
寝ている様子の鈴花さんに声をかけて、私は病室の中に一歩足を踏み入れる。花瓶に飾ってある花は、さっきの空間でも床に落ちていた花と一緒。
「鈴花さん、起きてください」
何度か呼びかけてみるけれど、起きる気配は感じられない。
後ろのドアが開いていることを確認して、鈴花さんのすぐ横まで歩いていく。
……呼吸は、してる。
生きていることを確認し、ほっとする。
「でも、どうやって起こせばいいんだろう? それに、イクルには会えてない……」
眠る鈴花さんの肩を少し揺らして、どうにか起きてもらえないだろうかと祈る。……が、一向に目を覚まさない。
困った。
そう思った瞬間、バンッと大きな音を立てて病室の扉が閉まる。
ああっ! せめて閉まらないように椅子か何かを間においておけばよかったんだ!! そうは思ったけれど、あとの祭りだ。
どこかに敵がいるのかもしれない。私は鈴花さんを庇うようにして、病室のドアを睨みつける。
けど、それがいけなかった。
敵は病室のドアではない。
ここが誰の意識か、考えたらわかるはずだったのに。
「きゃあっ!」
にゅっと背後から伸びた手に、私の体を掴まれる。
相手は今までベッドで眠っていた――鈴花さんだ。
「っ、鈴花さん、どうして――!?」
振り向いて鈴花さんを視界にいれた私は、息を呑む。
目が、黒い。
「やめて、嫌だ……ッ!!」
これ、鈴花さんじゃないっ!
イクルがずっとかえってこれないのに、こんな簡単に鈴花さんに会えるわけがなかったんだ。偽物だとわかったけれど、力が強くて私は振りほどくことが出来ない。
どうしよう、なにか――!
「……っ、《光の狂詩曲》!」
私がスキルを唱えると、バチンという音がしたが――それだけだ。
防御のスキルだから、捕まっている状態で使っても意味がない。いつもはイクルたちが前に出てくれていたから、私は……っ!
どうしよう、どうすればいい。
ガッと首を絞められて、喉が詰まる。
これじゃあ、スキルも使えない。
力が入らなくて、じわりと涙がにじむ。
そのとき、声が聞こえた。
「……なんでひなみが、ここにいるのさ」




