11. ベアトリーチェの試験-3
「魔物は……いない、かな?」
動物園のフロアに入って確認をするが、生物がいる気配はない。それはサリナさんも同様だったようで、私の言葉に頷いてくれた。
警戒はしたまま、私たちはフロアの中央へと進んでいった。
ここから癒しの如雨露を行おうと思ったからだ。でも、フロアの中央にあったのは、小さく出たひとつの芽。
ふわふわと柔らかそうな若芽は、あきらかにほかの木々や草とは違う。まるでスポットライトが当てられているような存在感を感じた。
「何の植物だろう? こんなふわふわしたやつ、みたことないけど」
「私も初めて見ました」
サリナさんも私と同じだったようで、首をかしげながら若芽をつんつんと指でつついた。
くすぐったそうに揺れるのが、なんだか可愛らしいなと思う。
「フロアの中心部だし、この植物は育てた方がいいのかもしれない。なんだか、ちょっとだけ魔力を感じるよ」
「魔力、ですか?」
この小さな芽は、何か特殊な植物なんだろうか? 薬草みたいな、そんなカテゴリーになるのかもしれない。
なるほどと頷いて、私は天使の歌声を唱えた。
「頑張って大きくなってー!」
魔力があるらしいので、同時に魔力回復薬もたっぷり注いであげる。
にょきにょきと葉を大きく左右に開き、若芽は天井近くまで伸びてから大きく広がっていった。このフロアの天井すべてを支配するのではというくらいの、勢い。
いったいどうなってしまうのだろう? そう思いながら天井を見ていると、ドンと大きな音が響く。おもわずびくっと震えて、サリナさんを見る。
「……嫌な気配はしないけど、なんだろう」
私を庇うようにしながら、サリナさんは辺りを見回した。
「…………え?」
「嘘、天井が崩れてきてるっ!」
逃げなければ! そうは思うのだけれど、ここはフロアの中心部。階段までは、距離がありすぎてとてもではないけれど間に合わない。
まさか生き埋めになってしまう!? どうしようと慌てたところで、私はアグディスでも同様のことがあったことを思い出す。
そうだ、自分には防御する手段があるっ!
「《光の狂詩曲》!」
「ひなみちゃんっ!」
サリナさんが私を庇うように覆いかぶさって、私はスキルを使う。天へ向けて必死に手を伸ばし、どうか落ちてくる天井を防いでと祈りを込める。
なのだが、どうやらそれは杞憂に終わる。
「え……?」
ガラガラと崩れ去ったはずの天井、その破片は――私の育てた若芽が、大きな葉で受け止めていた。
天井はまるで砂のように崩れて、地面へ溶け込むかのように砂の山を作る。上にあった植物園の花が降り注いできて、吹き抜けになったということがすぐにわかった。
「うわぁ……」
思わず、感嘆の声をあげる。
天井部分は砂の山をいくつかつくり、植物が星のように降り注ぐ。ひらりと舞い落ちた花が、砂の上へそっと着地をした。
このままでは、枯れてしまうのではないだろうか? そう考えたら、私は無意識に行動を起こしていた。
「《天使の歌声」
それから、もう1つ。
「《癒しの如雨露」
このフロアに、植物の恵みを!
私が祈りを捧げながらスキルを使用すると、山になった砂からたくさんの花が咲きほこり、神秘的な空間へと変化を遂げた。
そして最初に見つけた若芽は、大きな花を咲かせ、その中央に赤く輝く宝石があった。
宝石を実らせる花だろうかと思いつつ、そっとそれに触れてみる。隣にいるサリナさんも、不思議そうな顔で覗き込んでいる。
おそるおそる、指先で触れてみると……。
「これ、宝石じゃない……? なんだか、熱い」
「炎の力を持ってるのかな? ……そういえば、ベアトリーチェは火の妖精だったよね」
「あ、確かに。もしかして、これが試験合格の証……?」
まだここは6階と5階の吹き抜けなのに。そう思ったけれど、ここから上の階は強い魔物もおらず、休憩スペースなどがあっただけなので特に荒れていないことを思い出した。
うーんと悩んでいると、後ろから声がかけられる。
『さすが店長ですわ! それは、火の妖精が持つ宝石。店長の新たな力として、私から贈らせてもらうわ』
「ベアトリーチェ! じゃぁ、私は試験に合格したの……?」
『そうですわ』
大きく頷くベアトリーチェを見て、私はほっと一息ついた。
これで、イクルと鈴花さんを助けられる可能性が上がったのだ。
『その宝石は、店長の武器に装着してください』
「武器に?」
『ええ。弓を持っているでしょう?』
私はこくりと頷いて、リグ様にもらった花弓を取り出した。1日に3回、矢を放つことができる強力な武器。
ベアトリーチェの指示を聞きながら、弓の柄の部分に宝石を付けてみると……すうっと、吸収されるかのようにすぽりとはまった。
おぉ、すごい……!
『ふふ、これでこの弓に炎の力が宿ったわ!』
「本当? すごいね、ベアトリーチェ! ありがとう」
『お礼を言うのは私の方よ、店長。このダンジョンを綺麗にしてくれて、ありがとう。この階にも、たくさんの妖精が住めるようになるわ』
妖精さんが移住してくる……!?
それとも、増えるのだろうか? 存在自体が儚いので、どのように生まれているのかは知らないけれど、増えるというのであればそれはきっといいことなのだろう。
『そうしたら、お店が大繁盛ね!』
「えっ」
『? どうしたの、店長』
「うぅん。商売魂が私以上にあって驚いただけ」
思わずわらってしまえば、ベアトリーチェが恥ずかしそうにそっぽを向く。
『大切なお店なんですから、もっともっと大きくするのですわ!』
「うん、そうだね。私も、ベアトリーチェたち以上に頑張らないといけないよね」
『その意気ですわ、店長! 世界一のお店にするのですわ!』
「私も! 私もお手伝いするよ、ひなみちゃん!」
サリナさんがうさ耳をゆらしながら、力仕事はまかせてと大きく頷いてくれた。
勇者なのに、私のお店の手伝いというのは申し訳ないような気がしてならないけれど……そう言ってもらえるのは大変嬉しいのです。
「ひなみちゃんの回復薬は世界一だからね、お店が世界一にならなわけがないよ!」
「大袈裟ですよ、サリナさん」
『いいえ、店長の回復薬は世界一ですわ!』
私の横で、二人はうんうんと頷いた。
苦笑しつつその様子を見ていると、ベアトリーチェが『あ』と声をあげる。どうしたのかと尋ねると、最後の仕上げをしなければいけないのだと言った。
『店長、弓を構えてー! 天井に向かって!』
「え? でも、何を狙うの? 天井……?」
いったい何をさせるのだろうと思いつつも、私はベアトリーチェに言われた通り弓を構える。狙うは天井なので、誰かに当たるということはないだろう。
すぐに魔法で矢が作られる。
『店長、炎って叫ぶのよ』
「? 《炎》よ」
――ッ!
私が復唱した瞬間、ぶわっとした熱気が弓を包み込み、矢は赤い色に変化を遂げた。
これがベアトリーチェの祝福だということが、すぐにわかった。妖精の力が、この弓に加わったのだ。
『そのまま天井に放って、店長!』
「わ、わかった……っ!」
ベアトリーチェの言葉に従って、私は弓矢を放つ。
ゴウっと大きな音を立てて、それは天井を突っ切り――ダンジョンに、大きな穴をあけた。
「……………………え?」
空が、青かった。
本日は3巻の発売日です!
どうぞよろしくお願いします。




