32. 英雄の願い
視点:鈴花 春
俺をまっすぐ見つめる瞳は、けれど不安に揺れていた。
日本からきた女の子は『……どうしたら、不老不死になれますか?』と、そう告げたのだ。
イクルたちがご飯の支度に行ったため、今はとても静かだ。
表の通りの雑音も気になりはしない。
「……そうだねぇ」
「…………」
ひなみさんがどうして不老不死になりたいかなんて、聞けるほど親しい間柄ではないし、これは理由を聞いてはいけないものだと思う。
……不老不死になりたいおおよその予想はできるけれど、俺からそれを言うつもりはもちろんない。
少し震えるひなみさんに、少し含みつつ悩んでみせる。
「やっぱり、難しい、というか……無理ですよね」
「ひなみさんが自分の力で、不老不死になろうとしているのであれば……」
不老不死なんて、普通に考えれば夢物語だろう。世の中の金持ちが大金をはたいても手に入れられないもの、それが不老不死だ。
「それは、無理だよ」
「…………」
不老不死とは、そうそうなれるものではない。
……いや、正確には少し違う。
俺は、不老であっても、不死ではない。
病気などで死ぬことはないが、強い敵に殺される可能性はある。もちろん、自分で自分の命を絶つことだってできる。
「そう、ですよね……」
きっぱりと、ひなみさんが不老不死の力を自分で手に入れることはできないと否定した。
聞いてはみたけれど、自分でも無理だということは感じていたのだろう。肩を落として、寂しそうに微笑んだ。
「でも、ね。方法がないわけじゃない」
「……え?」
そう。可能性は、ゼロではない。
……ただ、その方法はとてつもなく残酷だ。
「どんなに難しくても、いいです。鈴花さん、その方法を教えていただけませんか!?」
ひなみさんが驚いたあと、けれどすぐにその方法をと聞いてくる。
どんなことをしても達成すると、その瞳が語っていた。ひなみさんには浄化をしてもらい、イクルの目を治してもらったという恩もある。無碍にする気は毛頭ない。
ひなみの箱庭の店内は、しんと静まり返る。聞こえるのは、俺たちの息遣いだけ……。
「ひなみさんが不老不死になる方法は、1つ。……おれのスキル、《不老不死》をひなみさんに渡すこと。……かな?」
「え……っ!?」
たったひとつの方法は、スキルの譲渡だ。しかし、スキルなんて人にそうそう譲渡できるものではない。
今回、俺がこのスキルを渡すことができるのは……このスキルが特殊条件によって発生するものだからだ。ある条件を満たすと、スキル《不老不死》を得ることができる。
その条件を満たすことができるのは、世界でたった1人だけだ。
それを、俺からひなみさんにすればいい。そうすれば、ひなみさんは必然的に不老不死になることができる。
難しいとは言うものの、実際はこんなにも簡単だ。
「そんなことが、できるんですか……? でも、それだと、鈴花さんが……」
「うん。俺は不老不死じゃなくなるね」
「……っ!」
ひなみさんが口に手を当てて、息を飲む。
彼女は優しいから、人から何かを与えられるという行為が苦手なのだろうと思う。日本人だから、というのももちろんあるだろう。つつましい、その言葉が似合うと思う。
けれど、俺に直接不老不死について聞いてきたんだ。今回は、ゆずれないところもあるのだろう。
「ひなみさんが不老不死になりたいのは……自分のため? それとも、ほかの誰かのため?」
「それ、は……」
……あぁ、なんだかうさぎを追い詰めているような気分になってきた。
泣きそうに瞳を揺らすひなみさんは、けれども俺をまっすぐ見てくれる。うん。意地悪を言った自覚は、もちろんある。
ひなみさんが自分の気持ちに気づいているのかはしらないけれど、不老不死を選ぶことなんて、そうそうできることではない。
まだ若い女の子なら、なおさらに。
俺がした意地悪な質問に、ひなみさんは正直に応えてくれる。
「鈴花さんのように、長く生きている方がいます。……私は、その方の傍にいたいと、そう思います」
「……うん。それは、その人が独りで可哀想だから?」
それでも俺は、さらに言葉を続ける。
イクルの恩人で、さらに同じたった2人しかいない日本人なのに。もっと優しくしてあげたいんだけれど、ここははっきりさせないといけない。
でなければ、不老不死になったことを後悔してしまうかもしれないから……。
「可哀想……? 確かに、いつもお1人でいるみたいです。でも、そういうんじゃなくて、なんて言えばいいんだろう。私が勝手に……傍にいてあげたいと、思ったんです」
「そっか。それは、その人が好きってこと?」
「…………え?」
俺がストレートに言葉を投げかければ、ぼんと音を立てたかのようにひなみさんの顔が赤くなった。
女の子って、どうしてこんなに可愛いのだろうか。ひなみさんにここまで思われている彼は、きっとさぞかし幸せなのだろう。
「いや、あの、えっと……その、なんと言いますか……」
「うん?」
あたふたしながら、しかし何を言えばいいのかわからないらしくおろおろしている。視線が泳ぎ、穴があったらきっと速攻で入っているのだろうなと思う。
……もしかしたら、自分ではっきりと言葉にしたことがないのかもしれない。
「無自覚だった?」
「いや、あの……もう、やめてくださいよぅ……」
ひなみさんは顔を真っ赤にして、しゃがみこんでしまった。
ほんの少し言葉でつっついただけなのに、やりすぎてしまったのだろうか? 恋愛にここまで耐性がないのは、逆に可愛いかもしれない。
「そうだね……。もし、どうしても彼のことが好きで好きで仕方がないって言うなら、譲渡の件をちゃんと考えてあげる」
「え、えっ!? だって、鈴花さんが……」
「俺はもう十分生きてるから、不老不死にこだわりはないよ」
「…………」
「そんな顔しないの。ひなみさんって、すぐ考えてることが顔に出るよね。よく言われない?」
俺がそう指摘すれば、ひなみさんはがっくりしながら「よく言われます」と白状をする。思わず笑ってしまえば、「鈴花さん!」と怒られてしまった。
どうやらかなり気にしているようだ。
さて、どうしようか。
そう思ったところで、イクルがこちらにくる気配を感じる。
時計をちらりと見れば、もういい時間だ。思ったよりも、話し込んでしまったようだ。
「ひなみ? ……師匠、まだいたの?」
「冷たいなぁ、イクルは」
イクルを放置して出て行ったことは、どうやらかなり根深いらしい。これは許してもらえるまでに結構な日数が掛かりそうだけれど、もとより長期戦だ。
お風呂が好きだから、どこか秘境の温泉に案内してご機嫌をとった方がいいかもしれない。
「顔赤いけど、師匠に何かされた?」
いまだ赤かったひなみさんの顔を見て、イクルが俺を睨み付けてくる。
確かに犯人は俺かもしれないけれど、原因は違う。ちょっとした恋話をしていただけだというのに、この俺の扱いはいったい……。
「ち、違うの。鈴花さんには、ちょっと相談に乗ってもらってただけなの……」
「ふぅん。まぁ、無理に聞いたりはしないよ。もうご飯できるんだけど、これる?」
「うん、行くよ! 鈴花さんも一緒に食べましょう?」
「師匠は帰ればいいよ」
「イクル!」
俺が邪険に扱われれば、ひなみさんがイクルを怒っていてなんだか笑える。ぷっと吹き出して笑えば、ひなみさんとイクルが驚き顔で俺を見た。
「えぇっ! 今のってそんなに笑うところじゃないですよ!?」
「なんだか、そんな風に笑う師匠は久しぶりに見た気がする」
「……うん。そうかも、久しぶりに笑った気がする」
瘴気を撒き散らして、心からなんて笑えなかったのに。
この2人はお笑いコンビになったらブレイクするかもしれないな。なんて、ふと考えたりして。
「じゃぁ、ありがたく愛弟子の手料理をいただくとしましょうか」
「はいっ! 一緒にイクルのご飯を食べましょう」
笑いながらそう言えば、ひなみさんがウェルカムモード全快で店の奥へと俺をひっぱる。
イクルはといえば、「はぁ」とため息をひとつついて、けれど何も言わず俺たちの後をついてきてくれる。
ひなみさんが不老不死……。止めるような言い回しをしたけれど、本当はすぐにでも《不老不死》を渡したいくらいだ。
こんなスキル、いらない。
人と同じくして、俺も死にたい。一緒に、死にたい。
けれど、俺は自分で自分の命を絶つことのできない駄目な奴だ。
かと言って、神のような存在を除かない限り俺より強い人もいない。つまり、殺されるということはない。
イコール。
俺はこのスキル《不老不死》がある限り生きるしかない。
「……すぐにでも、あげたいのに」
「え?」
ぽそりと呟いた言葉が、少しだけひなみさんの耳に届いたようで聞き返される。「何でもないよ」と返せば、すぐに食事をするために歩みを再開した。
ねぇ、ひなみさん。
もっと彼を求めて、俺からこの不老不死をはやく奪って。
〈 鈴花 春 〉
523歳
Lv. ×××
〈スキル〉
不老不死
×××
〈称号〉
魔王
×××




