20. 初めての魔法
頬に暖かいふわふわとした感触を覚えて、私の沈んでいた意識が浮上する。いったいなんだろうと視線を少しずらせば、私にすりよるソールが見えた。
ソールは私の肩に乗って、頬にくっついて寝ていた。なんだか、微笑ましいです。
ふにゃりと頬を緩めれば、その動きに気付いたソールも目を覚ます。
「おはよう、ソール」
『おはようポッホー!』
「あぁ、起きたのか」
「アルフレッドさん! あ、そうか……私も見張りって。寝坊ですよね、すみません」
向かいのソファを見れば、眠るサリナさんとサイネさん。
慌てて立ち上がり、アルフレッドさんに挨拶をする。そして謝罪も同時にするけれど、「気にするな」と私を気遣ってくれるだけで。
うぅ、本当に申し訳ない。目覚まし時計のようなものがあれば起きれたかもしれないけれど、この世界にはそのようなものはない。
「初心者のひなみに、そこまで無理はさせないさ。ほら、スープとパンだ」
「あ、ありがとうございます」
「食べて、もう少しゆっくりしていろ。それにここのフロアは、敵もいないからな」
私の前に置かれた温かい野菜のスープと、パン。よくみれば、アルフレッドさんの横にお鍋があった。ここでスープを作ったのだと思うけれど、ダンジョンの中にいるとは思えない光景です。
私のダンジョン攻略は、とても穏やかです……。
◇ ◇ ◇
地下 6階 植物園
休憩スペースだったためか、地下5階から6階への階段には仕掛けがなにもなかった。
しっかりと休み、英気を養った私達はそっと地下6階の植物園へ足を踏み入れた。ここが植物園であるということを知っているのは、壁の文字を読めた私だけではあるのだけれども。
「うわぁ、なんだか廃墟みたい」
「……そうですね」
おかしいな。
確かに、階段のところには植物園と書かれていたのに。私たちが踏み入れた場所は、サリナさんが言った通りの廃墟だった。
枯れ果てたのであろう噴水や、何も植えられていない花壇。草がところどころに生えてはいるけれど、薬草ではなく雑草。ビニールハウスのような物の残骸もあって、確かにここは植物園であったのだろう……。けれど残念なことに、今は見る影もない。
「魔物はいるのかなぁ? あ、いるみたい。植物系統の魔物だね」
「そのようですね。植物であれば、アルの魔法と相性もいいですから楽ですね」
「うんっ! いつも通りのフォーメーションで、アルフレッドがメインで攻撃ね!」
「わかった」
いつも通りのフォーメーションは、サリナさんを先頭に、アルフレッドさん、私、サイネさんという順番です。
戦えない私が間に挟まれるのだけれど、治癒術師であるサイネさんが最後で大丈夫かと少し不安にはなる。とりあえず、何かが起きても大丈夫なようにしておかないと!
リュックから回復薬をいくつか取り出して、すぐに使えるようにローブの内ポケットへと入れておく。これならば、すぐに回復をしてあげることができる。
5分ほど歩けば、最初の魔物がひょこりと顔を出す。
人食い植物のようだと言えば、わかりやすいのだろうか。葉を手のように動かし、根がむき出しになって足の代わりをしている。葉のゆれる音が耳に届いて、まだまだ数がいるのだということを容易に予測できた。
「アルフレッド、よろしくね!」
「まかせろ!」
サリナさんが走り、人食い植物へと剣を振り上げる。その後ろからアルフレッドさんが炎の魔法を使って魔物を倒していくという、安定感のある連携プレーが繰り広げられる。
……が、ダンジョンの奥からは何対もの人食い植物がぞろぞろと現れてサリナさんを追い込んでいく。魔物から伸びている蔓がサリナさんを不規則な動きで襲う。
回復をしてあげたいけれど、回復してもすぐに小さい傷がついてしまうのでは意味がない。それをわかっているサイネさんも、回復魔法を使わずにサリナさんを見守っている。
「サリナさん……」
「大丈夫ですよ、ひなみさん。いつもにくらべたら、こんなの軽いものですから」
はらはらしながらサリナさんを見るけれど、どうしても心配になってしまう。サイネさんがフォローをしてくれるけれど、私には戦闘自体が不慣れなので不安は消えない。
継続的に回復薬の効果が現れれば一番いいのだけれど……そう思って、私は自分のステータスを確認していなかったことに気付く。
小声で「《ステータス》」と呟けば、そこにはキラリさんの加護が追加されていた。
〈スキル〉
神様の箱庭
光の狂詩曲ライト・ラプソディア
癒しの如雨露ポーション・シャワー
天使の歌声サンクチュアリ
光魔法 - 小さな加護
〈称号〉
リグリス神の加護
光の精霊キラリの加護
《小さな加護》
対象:1人
15分間の間、継続的に回復を行うことができる。
使用すると、回復薬を1つ消費する。
《光の精霊キラリの加護》
スキル《光魔法》を使用することが可能になる。
「これって……!」
もしかしたら、サリナさんの傷を継続的に癒すことができるかもしれない!!
キラリさんの加護で、私はどうやら光魔法を使えるようになったらしい。それなのに、相変わらず回復薬系統の魔法ではあるけれど。
今も前衛として敵と戦っているサリナさん。植物の葉で切り傷を作っていて、見ていて痛々しい。私の光魔法であれば、15分間は傷を癒せる。今使わないで、いつ使えというのだろうか。
ローブの内ポケットに入れておいた体力回復薬を取り出して、わたしはサリナさんへ視線を向ける。
「ひなみさん? 回復は、戦闘が終わってからで大丈夫で……え?」
「お願い、体力回復薬。サリナさんを癒して……《小さな加護》!」
「「!?」」
「えっ! なにこれ……ひなみちゃんすごいっ!!」
私の光魔法は、どうやら無事に発動したようだ。サリナさんをきらきらとした温かい光が包み込んで、腕についた切り傷などを癒していった。きらきらした光は怪我を治した後もサリナさんに纏っていて、おそらくあの光がある間は癒しが継続されるのだろうと予想できる。
「まったく、ひなみは……」
「これはすごいですね」
呆れたアルフレッドさんの声と、賞賛をしてくれるサイネさんの声が聞こえる。もしかしてもしかしなくても、光魔法自体が希少な魔法だったりするのだろうか。
お説教コースかなと思いつつも、サリナさんの怪我を治すことの方が私にとっては最優先だ。こればかりはゆずりません。
「ありがとう、ひなみちゃん! ようし、いっくよー!!」
私の魔法で傷が癒えるということを理解したサリナさんが、遠慮なしに魔物へと突っ込んで行く。待って、傷は確かに継続的に癒えるけれど、私だって効果をしっかりと把握しているわけではなくてですね!?
逆にはらはらしてしまったけれど、そうやらそれは杞憂だったようだ。サリナさんは魔物の攻撃をかわしつつ、誘導をして1箇所に集めた。それをアルフレッドさんが魔法で仕留めていき、10分後にはたくさんいた魔物は跡形もなかった。
「お疲れ様です。私の出番は、いらなかったですね」
「あぅ……すみません?」
「いいえ。ひなみさんの判断は正しかったですよ」
サイネさんに褒めてもらって、私はなんだか少しだけ自信がついた。
倒した魔物からは、何かはわからないけれど植物の種が落ちた。薬術師だからと、私にくれるとアルフレッドさんに手渡される。
私の小指の先くらいの大きさの種は、数えてみれば全部で32粒あった。丸い白銀の種は、とてもじゃないけれど魔物が落とすアイテムには見えない。それほどまでに、神秘的です。
「何の種かは俺もわからないからな。ひなみが、家に持ち帰って育ててみてくれないか?」
「わかりました。やってみます!」
袋に入れて、リュックへとしまう。
きらきら輝いている種なので、咲く花もきらきらと輝いているのだろうか? なんだかとっても楽しみです!
「っと、もしかしてあれが階段への扉かな?」
「ん? あぁ、そうだな。魔物を倒しながら、大分移動していたんだな」
サリナさんの指し示す先には、扉が1つ。
今度はいったいどんな仕掛けがあるのだろうかと皆で近づけば、そこには花の絵が飾られていた。
……花を添えろということだろうか?
「うぅん、これはこれは。扉を開くには花がいるようですけど、ここには雑草しかありませんね。ソールの青い花を添えるわけにもいかないですし」
「でも、ここは雑草だらけで花なんて咲いてないよ?」
「昔は綺麗な花が咲いていたのでしょう。今は……ごらんの通りですが」
いったいどうしたらいいのかと、サイネさんがうぅんと唸ってしまう。……というか、ここは私のスキルで花を咲かせるしかないのです……よね? もしかしてもしかしなくても、絶対そうだろう。青い花は使えないから、何か別の花を咲かせるしかない。
私の考えが伝わったのか、アルフレッドさんが無理にスキルを使うなと、目で制してくる。確かに、サイネさんには私のスキルを伝えてはいない。けれど、せっかくここまでダンジョンを降り進んできたのに、仕掛けが解けませんでした帰りましょうでは味気ないというかなんというか。
「大丈夫です! まかせてくださいっ!!」
できる限り明るく、笑顔で、私は3人をくるりと見る。大丈夫だということを伝えようと、一生懸命ブイサインとかしてみましたけど、上手く伝わっただろうか……?
枯れ果てた花壇の前まで歩き、花が植わっていたであろう場所を探す。枯れ果てた木では花が咲かないかもしれない。雑草でも、やはり花は咲かないだろう。
枯れた花の、ほんの少しでも何かが残っていれば……。そう思ってきょろきょろ視線をめぐらせてみるけれど、どれも雑草にしか見えない。
『ひなみ、これがいいポッホ!』
「あ、ソール! いつの間にリュックから出てたの!?」
そういえば、なんだかリュックが軽いなと思ったんですよ!
ソールは1本の草を見つけたようで、地面へと降り立った。確かに、たくさん生えている雑草と少しだけ葉のかたちが違うように見える。よく見つけたなぁと感心しつつ、私もソールの横へと行ってしゃがみこむ。
「ありがとう。この子にしてみるね」
『それがいいポッホ!』
「……《天使の歌声》」
小さな声で、そっと花へとスキルを唱える。
周りの雑草が急成長をしても大変なので、ゆっくり、優しく……。私の声に反応した葉はぴくりと揺れて、ゆっくりとその姿を大きくしていった。可愛い桃色の花が咲いて、後ろから歓声が聞こえた。
「やっぱりひなみちゃんはすっごーい!」
「これは……驚きました。さすが、あの回復薬を作る薬術師ですね」
桃色の花を摘んで、アルフレッドさんへと手渡す。「すまないな」と申し訳なさそうにするアルフレッドさんに、気にしないでくださいと伝えればなぜか頭を撫でられる。……もっと甘えろいうことなのだろうか。
しかしながら、可能である限りできるだけ自分の力でというのが私の考え。なので、あまり人に甘えるということを進んでしたりはしない。
大学生だったというのもあるけど、今は15歳だし……あまり大人びてしまうのも、よくないのかもしれない。アルフレッドさんに、変な心配をかけてしまうだろうし。
…………って、アルフレッドさんは16歳だった! 十分子供ですよ!? あまりにも大人びているから、もっと年上の人だと思ってしまう。よく考えれば、今の私と1歳しか違わない。背だって、そんなに大きく差がついているわけではない。
「ひなみ、何をしてる? 行くぞ」
「あ、はいー!!」
私がもやもやと考え込んでいれば、花を使って扉を開けたアルフレッドさんたちに呼ばれる。ダンジョンなのだから、気を引き締めていかないと。
「お待たせしました!」
皆で階段を登って……次は、動物園ですよ!




