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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第4章 初代勇者の英雄奇譚
109/175

1. ひなみを想う

 視点:楠木(くすのき) (はな)



 チュドーン! という音とともに、私はモニターに「ちくしょーっ!」と叫んでコントローラーをぶん投げようとして……思いとどまる。

 だめだめ、物にあたるのはよくない。



 ふと、部屋の時計を見れば深夜の3時をすぎるというところ。

 ピンクと白をベースにして整えられた部屋は、その可愛さに反してゲームや漫画が多い。くわえて、可愛らしいぬいぐるみもたくさん置いてある私の部屋。いつの間にか乙女チックな部屋になったのは、ぬいぐるみを買ってくるひなちゃんのせい。

 私が寂しくないようにと、そう笑ったあの顔を……もう2年以上見ていない。



「っと、そろそろ寝るね! 明日は出かけるからインできないかもっ!」

『わかった、おつ〜』

『えっ! もしかしてデート⁉︎』

「お姉ちゃんに送る服とか買いにね。じゃあ、おやすみっ」

『『おやすみ〜』』



 やっていたネットゲームをログアウトしながら、音声通話をしていたメンバーへおやすみの挨拶をする。マイクがあれば、無料ツールで通話をすることができる。そのため、使っているネットユーザーは多い。



 私は、楠木花。

 異世界へと飛んでいった、楠木ひなみの妹。



「ひなちゃんは、もう寝てる時間だよね。楽しく生活してるのかなぁ……?」



 今から2年前。私は医者が匙を投げたほど、深刻な重い病気にかかっていた。

 あぁ、もう駄目だ。私は死んじゃうんだ。そう、思っていた。苦しくて呼吸ができなくなって、そこで意識が途切れたのを覚えている。

 走馬灯のように、ひなちゃんとの楽しかった想い出が駆け巡って……私は幸せだった。そう、胸を張って言える人生だったよ。



 でも、何の因果なのか……私は目を覚ました。

 よりにもよって、ひなちゃんの消えた(いない)世界で。



 それはもう、泣きに泣いて、大泣きした。

 なんでこの世界にひなちゃんがいないんだ! ……って。



 ひなちゃんがいない世界。

 だけど、ひなちゃんが救ってくれた私の命は一生の宝物だ。







 ◇ ◇ ◇



「リグリスさん、お待たせしましたっ! 待たせちゃいましたか?」

「うぅん、大丈夫だよ」



 ひなちゃんがバイトしていた喫茶店(カフェ)に入ると、奥の席にいるリグリスさん。ここは定位置になっている、私とリグリスさんの待ち合わせ場所。

 神様だと名乗ったこの人は、ひなちゃんを異世界に送った元凶でもあり、私の命の恩人でもある。それから、ひなちゃんのことが大好きな人。



 私が目覚めてから、この神様は馬鹿正直にひなちゃんのことを話した。

 私に、お母さんにお父さん。3人そろって、そのありえないような夢物語を聞いた。けれど、その夢物語が現実だということは私が1番わかっている。私が生きているということが、その証だった。



 お医者さんからも、「どうして生きているか、正直わからない」と告げられた。そう、お父さんが言っていた。両親は、奇跡だとしか言いようのないこの現象を、それでも素直に喜んだ。



「……からの、リグリスさんだもんねぇ」

「うん?」



 向かいの席に座り、その整った顔をちらりと見る。

 さらさらとした流れるような金髪に、優しい笑顔。確かに、この美しさは人間じゃないと言われたらなるほどと納得してしまうようなものだ。カジュアルな服を着ているけれど、最近の神様はこんな服装なのだろうか。もっとゲームみたいなのを着ていてもいいのに。

 それに反して私は、まぁ平凡ですかね。セミロングの髪に、可愛いコサージュのついた帽子。ゆるいワンピースを身に包んでいて、わりと雑誌によくあるファッションそのまま。



「今日はショートケーキがおすすめらしいよ」

「ケーキ! 食べます。それと、紅茶をストレートで」



 店員さんに注文をして、さて今日は何を話そうかなと思っていれば、リグリスさんが1通の手紙を取り出した。とは言っても、気付いたら手に持っていたと言った方がいいかもしれない。鞄もってないですし、魔法で異空間的なところからお出しになったのでしょうか。

 どうやらそれは私宛のようだったので、頭に疑問符をうかべつつも受け取って……表の宛名を見て、私は目を見開いた。

 楠木花宛であることは、別にいい。私だ。けれど、その字にはいやというほどに、愛しいほどに、見覚えがあった。



「…………っ! ひなちゃんの、字?」

「そう。ひなが、花ちゃんに宛てた手紙だよ」

「ふ、うぅ……」



 字を見た瞬間、私の目から涙があふれて、何も言えなくて。

 優しくハンカチを差し出してくれたリグリスさんは、泣き出してしまった私に何か言うわけでもなく、ただただ見守ってくれた。受け取ったハンカチをぐしょぐしょにしてしまったけれど、それはもう仕方がない。



「……うん。ひなは、元気だよ。やっと手紙を書けるようになったんだ。とは言っても、この文通は……ひなと花ちゃん限定なんだけどね。中に返事用の封筒がはいってるから、返事を書いてあげて」

「…………」



 こくりと頷いて、私は手紙をぎゅっと抱きしめた。

 今きたばかりなのに。これから、ひなちゃんに送る服をリグリスさんと見に行くはずだったのに、このタイミングってない。最後にもらってもそれはそれでないから、結局正解だけれども。



 ひなちゃんの懐かしい字。すぐに手紙を開けて、中を見たい。ここで見たらさらに大声で泣いてしまう自信があるけれど、そんなことを気にしている場合ではない。

 だって、ひなちゃんからの手紙! 私がずっとずっと、ひなちゃんを心配していたのを……ひなちゃんはちゃんとわかっているんだろうか。

 いつもふわふわ笑っていて、ちょっと……いや、かなりドジなところがあるけれど、私を大切にしてくれるお姉ちゃん。それがひなちゃんだ。



 真っ白い封筒には、花へと書いてあった。

 裏には、ひなちゃんの名前が……ない。

 そうだ。そういえばひなちゃんはいつも裏に自分の名前を書き忘れていた。けれどもらった手紙は、10回に1回くらいは、ちゃんと名前が書いてあったような気がする。

 封を切って中を見れば、可愛い花柄の便せん。そこには、懐かしい、ひなちゃんの文字。



「…………え?」



 取り出した便せんは、1枚。

 書いてある内容は、たった3行。



 いくらなんでも短すぎるでしょうと、心の中で盛大にひとりツッコミを入れつつも目を通す。



 - - - - - - -


 花へ


 久しぶり、お姉ちゃんだよ。

 何を書けばいいのか悩んでしまって、うまく言えないんだけど、そうだね。

 花が元気で、お姉ちゃんはとってもとってーも嬉しいよ!


 - - - - - - -



「…………ひなも、久しぶりすぎて何を書けばいいのかわからなかったんだよ」

「……でも、短すぎますっ」



 

 なんとも言えないリグリスさんのフォロー。泣いてたはずの涙はいつの間にか止まって、私の口からは小さく笑い声が出てしまう。

 自分のことを何も書かないのは、ひなちゃんも幸せだから。不幸だったら、それこそ私は大丈夫という心配かけないためのことを書き綴る。

 バイトで忙しかったひなちゃんの手紙は、バイト中は暇でとか、休憩も多くてとか、そんな私を安心させるような嘘がまじっていたからよくわかる。この手紙を書いたひなちゃんは、幸せだと。



「あーもう、ひなちゃんってば! でも、元気そうでよかった」

「手紙だけで、そんなにわかる?」

「わーかりますっ! だって、私はひなちゃんの妹ですもん! ひなちゃんはわかりやすいから、まったく……」



 私につられたのか、リグリスさんもくすくすと笑っていて、きっとひなちゃんとの仲も好調なんだろうなぁとなんとなく思う。

 というか、こんなイケメンにいいよられたらひなちゃんがパンクする。間違いない。そうだ、今度は服と一緒に私チョイスの少女漫画も付けてあげようそうしよう。うん、いい妹を持ったねひなちゃん。



「そっか。でも、すごいね。ひなのたったこれだけの手紙で、花ちゃんが泣き止んじゃうんだから」

「……そうです。ひなちゃんは、すごいんです! 知らなかったんですか? 神様なのに」

「ふふ、いや。知ってた、かな?」

「はい。えへへ、もう、ひなちゃんにはいつも笑わせられるんです」

「そうだね」



 どうやら、ひなちゃんに笑わせられるのは神様ですら同意らしい。

 つまりはあいかわらずなひなちゃんだと、そういうこと。なんだか安心するとともに、たった3行の手紙に怒りが込み上げてくる。倍以上、いや、10倍以上で返事を返してやるからね!

 今日は徹夜でひなちゃんへの手紙を書く決意をした。



「ほら、紅茶がきたから落ち着いて?」

「あ、ありがとうございます。もう、全部ひなちゃんのせいです!」



 砂糖を2つ入れて、いつもより甘い紅茶を飲んで、ひなちゃんへの言いたいことを全部一緒に飲み干す。今ここでリグリスさんに話しだしたら、私は永遠としゃべり続ける自信がある。



 そもそも、ひなちゃんが異世界でちゃんとやっていられる。ということにまず驚いた。

 リグリスさん曰く、剣と魔法のファンタジー世界。言っちゃあれだけれども、ひなちゃんはゲーム音痴だ。街を出ればフィールドで迷子になるし、武器や防具を装備し忘れるなんてデフォルトだ。ダンジョンへ行く時も、回復アイテムを買い忘れる。

 あれ? ひなちゃん、本当に大丈夫なの?



「リグリスさん、ひなちゃんは本当に大丈夫なんですよね……?」

「うん。ひなはしっかりやっているよ。回復薬(ポーション)を作るのがメインだから、戦ったりということはあまりしないからね」

「そっかぁ……」



 前衛には向いてないし、後衛だと間違えて仲間を攻撃しちゃいそうだもんね。ひなちゃん。

 ヒールをしたりする魔法系ではないけれど、支援ポジションなら……間違って大変なことになることはないかな? 異世界に行ってしまったひなちゃんの心配をしつつ、私はケーキを食べる。



 もう2年以上続いているリグリスさんとのお出かけ。

 主に、ひなちゃんに送る服とか、日常品とかを買う。数ヶ月に1回くらいの割合で行われていて、その度にひなちゃんの話をしてくれる。今はこんなことをしているとか、今日はこんなことがあったみたい、とか。

 最近はダッチョンというダチョウのような動物に好かれていたとかいないとか。そういうのを聞くと、本当に日本とはまったく違う異世界なのだなと思いしらされる。

 別にちょっとうらやましいとか、そんなことは思っていない。決して。絶対にっ!



 私はといえば、リグリスさんからの情報のおかげで、実はすごく安心している。

 そりゃぁ、最初はそんなことなかった。なんだこの怪しいイケメンはっ! そう思ったし、お父さんもかなり怪しんでいた。

 けれど、それからもう2年。お父さんとお母さんがどう思っているかは、正直私にはわからない。だから、私はひなちゃんが幸せなのかどうかという点で考えることにした。

 ひなちゃんが幸せなら、異世界にいてくれてもいい。いや、この言い方は少し違う。結果で言って、ひなちゃんが幸せならばそれでいい。



「……ひなちゃんは、もうここへ帰ってこれないんですか?」

「いいや。一緒にいて欲しいけれど、無理矢理ひなを縛り付けられないからね」



 そんなこと言って、本当はひなちゃんを手放す気なんてないくせに。若干心の中で思いつつも、おそらくこの人は有言実行してくれるのだろう。ひなちゃんがどちらを選ぶかはわからないけれど。

 ひなちゃん自身は知らないらしいけれど、私はリグリスさんから少し話を聞いている。どうしてひなちゃんが異世界に行かないといけなかったのか。あと、どのくらい異世界にいる予定なのか。



「あと、3年かぁ。長いけど、きっとひなちゃんにとってはあっというまなんだろうな」



 カランと、リグリスさんが飲んでいたアイスコーヒーの氷が溶けて音を立てる。視線が交差したなと感じたのは、たぶん思い過ごしではないはずだ。



 ねぇ、ひなちゃん。

 異世界生活はどうですか?

 私は元気にしてますよ。リグリスさんは、私に心配かけないようにとひなちゃんのことを教えてくれますし、親切です。

 イケメンだから、たぶん、いや、絶対。ひなちゃんはリグリスさんのことを想ってどきどきしているのでしょう。それくらいわかりますよ、妹だからねっ!

 ひなちゃんが選ぶことに、私は反対しない。お父さんが何か言うのであれば、私がひなちゃんの味方になる。なんなら、お父さんをフルボッコにしてもいいよ!



 だから。



 異世界が全部終わったら、ちゃんと顔を見せにきてね?

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