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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第3章 呪いの歌
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39. レティスリールの宝石華

 きらきら光るそれは、私とイクルの前に現れた。

 そっと手のひらを広げれば、すとんと宙に浮いていた指輪が私の手へ落ちた。



「レティスリール様、これ……宝石華なんですか?」

「そう。私が彼にもらった、宝石華。ふふ、綺麗。とは言っても、本物ではなくて、私の想い出が形になったものだと思っていいわ。どちらかというと、お護りのようなニュアンスかしら」



 私とイクルの左手、小指にあった呪奴隷紋をそのまま指輪にした宝石華。

 そして今、私とイクルの左手の小指に、それは存在しない。もちろん、イクルの胸にあった呪もその存在を跡形もなく消し去っていた。



 レティスリール様が目をきらきらさせて、私の手にある宝石華……もとい、呪奴隷紋の指輪を見つめる。その瞳は恋する乙女そのもので、あぁ、本当に大切なものだったんだというのが伝わってきた。



「呪は、言い換えれば……2人をつなぐ絆でもあるの。だから、宝石華を絆としたひなみとイクルはベストパートナーね」



 ふわふわと微笑むレティスリール様は、とても嬉しそう。

 なるほど、相性がいいと1本線の呪奴隷紋ではなく花冠のような宝石華の呪奴隷紋になるのか。そう頷いて、ベストパートナーというレティスリール様の言葉に少し引っかかる。

 もちろん、イクルとベストパートナーと言ってもらえるのは嬉しい。が、肝心のレティスリール様の恋が上手くいっていない。素直に喜べるかと言われれば、若干悩んでしまう。「ありがとうございます」と無難に答えておけば、横にいたイクルが笑った気がしたけれど……きっと気のせい。



「…………私は、子供ね」

「え?」



 不意にこぼれたレティスリール様の声に、少しの不安。



「宝石華を盗まれて、拗ねて……本当、子供。とても長い時間を生きているのに、私の心はまったく前へと進まなかった。いえ、進もうとすらしなかった」



 綺麗な髪がふわりとゆれて、少しだけ曇ったレティスリール様の顔を隠す。



「でも、私も進まなければいけないわね。勇気を、ださなければ駄目ね。だから、私は大人になるために……呪を、消しましょう」

「え……! でも、すべての呪をだなんて」

「大変なのは、わかってる。でも、私の力をすべて使えば、できる。…………ねぇ、ひなみ。これは、私のわがままだから断ってくれても構わない」

「?」



 1歩、2歩……と、ゆっくり歩いてくるりと振り向いたレティスリール様は、もうしっかりと強い瞳で前を向いていた。先ほどまで、不安に揺れる女の子の瞳ではない、女神の意思をもった、そんな瞳。



「宝石華を、もらえないかしら……宝石華があれば、世界の呪を消すことができる」

「あ、はい! どうぞ!」



 なんだそんなことか。

 私はどうぞどうぞと宝石華をレティスリール様に差し出すが、ひどく驚かれた。あれ? と、思う前にレティスリール様から「イクルの許可は?」と問われてはっとする。

 そうか。私は宝石華を見つけたらレティスリール様にお渡ししようと思っていたけれど、この宝石華は私とイクルの呪奴隷紋が形になったものだ。

 であれば、所有権は私とイクルが半々と考えるのが通常で。



「ごめんイクル! 私ったら勝手に……!」

「いや、別にいいよ。それに、ひなみ様がそうするつもりだったことくらいわかってるから大丈夫だよ」

「ううぅ……ありがとう」



 安定の呆れ顔をしたイクルが、はやくしなよとせかす。

 急いでレティスリール様に宝石華を渡せば、ぽろりと涙がひとつこぼれ落ちた。よかったと、そう安堵した私の耳に……ふいに何かの響いた音が届く。小さなその音になんだろうと思い見渡せば、足下に綺麗な真珠の宝石がひとつ。



 真珠……?



「いったいどこから……え?」



 ころころと落ちている真珠の出所をさがせば、それはレティスリール様の涙だった。女神の涙は宝石にすらなるのかと……驚きつつも、ハンカチをレティスリール様に渡してからそっと真珠を拾い上げる。

 そっと真珠に触れて、その効果に驚く。ただの宝石では、ない……?



 《女神の真珠》

 愛しい想いのこもった真珠。

 世界にひとつしかない、薬術師の回復薬(ポーション)を作ることが可能。



「…………薬術師の、回復薬(ポーション)?」

「ひなみ様? 始まるみたいだけど」

「え? あ、レティスリール様……!」



 イクルの声に思考を中断して、意識をほかへ向ける。この地下と、レティスリール様へと。

 涙がこぼれていることなんて気にもとめていないのか、レティスリール様は宝石華をぎゅっと握りしめてそのまま地面に膝をついた。祈るようなポーズは、まさに女神以外の何者でもない。安易な言葉しか思い浮かばない自分を叱咤したいけれど、今はそれを悔やむときではない。



「……まさか、本当に呪が消えようとしてるなんてね」

「うん。よかったね、イクル」

「…………そうだね。本当、ひなみ様はとんでもないね」



 祈るレティスリール様のよこで、イクルがやれやれと肩をすくめる。

 でも、その顔が少し嬉しそうなことを私はちゃんと知ってる。イクルの何がわかるわけではないし、わかったつもりでいる気はない。だけど、その少しの嬉しさくらいは共有できたらいいなと思う。



 ふわりと、風が吹いたと……私がそう錯覚した瞬間レティスリール様の髪がふわりと舞い上がる。

 いったい何が起こったのかと目を擦って見直せば、淡く輝くその姿が視界に入る。



「世界に散った《呪》よ、今ここに、レティスリールの名を持ち浄化することを宣言します」



 すっと祈るように高く差し出した手のひらには、宝石華。いったいどのように使うのかと思っていれば……それはすぐに起こった。

 かかげていた宝石華の指を通す円の部分に、光が集まってきた。いや、正確には……黒い光だ。もやとは違い、悪いもの……というような雰囲気は感じられない。



「あれが……呪?」

「…………」



 ぽつりと漏れた私の言葉に、イクルの返事はない。

 じっと動かない瞳は、宝石華に向けられてはいるが……見えないのはわかっている。おそらく集中して何かを感じようとしている。



「《呪》よ! 私の中にもどりなさい……!」



 凛とした透き通る声をはりあげて、レティスリール様は宝石華を左手の薬指にはめた。

 はめるとどうなるとか、私にそんなことはわからない。けれど、それをしてしまっていいのかわからず不安になってしまう。呪を産んだのがレティスリール様とはいえ、今のは大丈夫なのだろうか。



 がくりとそのまま膝が崩れて、地面に倒れ込むレティスリール様。力を使い果たしたかのように肩で息をして、苦しそうに冷や汗を浮かばせていた。

 急いで近くに走りよって、レティスリール様の身体を起こす。力なく「大丈夫」と笑顔を作るレティスリール様を、イクルが抱きかかえる。



「とりあえず、ここを出た方がいい。魔物も倒したけど……何が起こったとしても不思議はないからね」

「確かに……!」

「俺が前を行くから、ひなみ様は後ろをついてきて。魔物はもういないと思うけど、注意はしてね。ひなみ様はもう弓を使えないんだから」



 イクルの言葉に頷いて、私たちは着た道を戻ることにした。

 レティスリール様を抱えたまま走れるイクルに関心しつつ、私はもう魔物がいないということを祈るしかない。いや、きっといない。



「ごめんなさい……力が、はいらなくて」

「……別に」



 風の力を最大限に使い、イクルが入り口までの道を戻る。私も辺りに注意をしながらイクルの後に続く。若干、体力のない身体が悲鳴をあげそうな気もするけれど……今はそんなことを気にしている場合ではない。

 イクルの後を必死に追いかける。はぁはぁと息を切らしてしまうけれど、そんなのは後で休めばいい。



「ひなみ様、大丈夫……?」

「大丈夫、このままで平気!」



 かなりゆっくり走ってくれているということはわかる。私が普通に走るのより、ほんのちょっと速いだけの速度。かなり気を使ってもらっているということがわかる。



「じゃぁ、このまま脱出するよ。朝になって墓守に見つかってもやっかいだ」

「うん……!」



 内側である石碑に見張りはいないけれど、巡回などはあるかもしれない。あるかわからない可能性だけれども、私たちが堂々と1度訪問したことにより警備を強化した可能性もある。

 私たちは人間で、エルフたちからはあまりよく思われていないようだから。



 後少しで出口かな、そう思ったところで……大きな声が入り口の方から聞こえてきた。

 思わずイクルが足を止めて、私は勢いあまってイクルの背中に突撃してしまった。



「な、なんの声……!?」

「この声……!」



『チョ、チョ、チョ、チョットマッテー!!』



 私の耳に、確かに届いたちょっと待ってという声。

 何か……外で起きているのだろうか。私の背中を嫌な汗が伝って、ぞくりと震える。魔物が出て、誰かが助けを求めているのかもしれない。

 気付いたときに、私は「イクル!」と名前を呼んで走り出していた。



「誰か、きっと……魔物に襲われてるんだよ!!」

「ちょっと、ひなみ様!」



 慌てて追いかけてきたイクルは、簡単に私を抜去る。しかし止めることはしなかったので、心の中でそっと安堵した。助けられるのであれば、助けたい。いや、戦うことになったら間違いなくイクルに頼ってしまうけれど。

 イクルを先頭にして、私は全力で走る。それでも、イクルの表情には余裕があった。さすがファンタジーの異世界は、日本人と鍛え方が違う。



「……っ!?」



 イクルが躊躇せず外に駆け出たので、私もそれに続く。

 そこにいたのは、『チョットマッテ!』と鳴くダッチョンと、昼間もいた墓守のエルフさん。

 まさかダッチョンがこんな鳴き方をするのかと驚く……暇もなく。



「…………え?」



 そして対峙しているのは、巨大なドラゴン。



「ここにきて、またドラゴンとか、笑わせるね」

「まぁ……」



 ぐっと棍を握り直すイクルに、可愛く驚くレティスリール様。

 イクルは間違いなく戦うつもりだけど……正直、それがやばいということは私にもわかる。なぜなら、このドラゴン……体長が軽く20メートルはある。それほどに、巨大だ。

 黄土色の身体に、立派な大きい翼。背には植物が生えているようで、立派な装飾の役割をしていた。鋭いルビー色の瞳が、出てきたばかりの私たちを見定める。

 私を庇うように手を広げ、レティスリール様をそっと地面におろす。慌てて私が身体を支えれば、イクルが棍をしっかりと構えた。



『チョットチョット!』

「ダッチョン! ごめんね、怖かったよね……!?」

「薬術師殿のダッチョンでしたか。……それに、侵入されているとは夢にも思いませんでしたよ」



 墓守のエルフさんが、しれやられた……という声で私に話しかける。ただし、その視線はドラゴンを見据えたままで。



「それは後で聞くとして、どうしてこんなところにドラゴンがいるのさ。あんたたちのペットってわけじゃないんだろ?」

「それはこちらが聞きたいくらいだ。外周の見回りをしていれば、そこのダッチョンがいて侵入の痕跡があった。連れて石碑まで調べにきたら……空からとつじょ現れた」

「ふぅん……」



 ダッチョンが発見されてしまっていたのか……! そう悔やむけれど、今はそんなことを言っている場合ではない。エルフさんからのお叱り……というか、処罰だろうか。それは後で受けるとして、今はこの場を切り抜けなければならない。

 おそらく戦えるのは、イクルとエルフさんだけど……相手がドラゴンではそういうわけにもいかないだろう。間違いなく、逃げる一択。



「ひなみ様、俺が隙をつくるからダッチョンに乗って逃げるんだ」

「……っ! やだ、イクルも一緒じゃないと!」



 反射的に叫ぶが、イクルからの返事はもらえなかった。棍をくるりと回して、炎を纏わらせ……ドラゴンへ向かい走り飛んだ。

 悲鳴を上げそうになるが、ぐっとこらえてどうすればいいか考えようとして……ドラゴンの様子がおかしいことに気付く。私だけではなく、エルフさんも首を傾げる動作をしたので間違いはないだろう。



「イクル、待って! 様子が……!!」

「……みたいだね」



 1撃を入れようとした瞬間、どうやらイクルも察したようで攻撃の手を止めた。

 よくよく観察すれば、このドラゴンは私たちに攻撃をしようとしない。じっと、見ているだけというほうがしっくりくるかもしれない。



『グオオオオォォォォォォ!』

「……!」



 迫力のあるドラゴンの雄叫びに、私の身体がすくむ。

 それをもっと間近で聞いているイクルは、きっとたまったものではないだろう。そう思っていたけれど、ちらりと見たらわりとけろりとしていた。

 さすがイクルだなと思って見続けていれば、イクルの表情に変化が訪れた。驚いた……とうのもあるけれど、それとも少し違う表情。驚きと、焦りと、夢でも見ているかのようなそんな表情。

 ドラゴンに何かあったのかと思ってイクルから視線を外せば……今度は私が目を見開く番だった。



 巨大なドラゴンが、私を真っすぐ見つめ…………頭を垂れ、跪いた。

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