38. 呪と宝石華
「りぐさまああぁぁぁっ……!!」
私の大声が地下に響き、迫りくる岩の固まりを前に……時が止まったような錯覚を覚える。
しゅるりと音を立てて、私の髪からリボンがほどけ、くるりと私の周りを囲い込む。護ると同時に、リボンの先端部分が岩を軽々と持ち上げた。
落ちてきた岩は、私の眼前10センチほどで……ぴたりと止まった。
「…………ふ、ぁ?」
「リグリス様の力……?」
きらきらと輝きを放つ私のリボンは、まるでリグ様そのもののようだった。なんだかほんわりとあたたかくて、胸がどきどきする。
私とレティスリール様を護ってくれたのだろう。
そして、このスキル……というか、効果? を、初めて1人で使ってしまった。
なんだか恥ずかしくて、顔を上げられない。リグ様のためにこの異世界にきたのに、こんなにもリグ様に助けてもらってしまっていいのだろうか。そんな不安が、私の中に潜んでいる。
こんなことばかりだと、大切にされていると……思ってしまう。そして、私の中でリグ様が大きくなってしまう。私は、ただの暇つぶしの玩具だというのに。
「ひなみ様!」
「……イクル。なんとか、大丈夫みたい」
「よかった。俺もそこまで気が回ってなくて、ごめん」
へへへと力なく笑って、みんなが無事だったことに安堵する。
私の側に駆けよったイクルに起こされて、立ち上がる。少し赤く染まった顔がイクルにはばれないのは、不謹慎だけれど少し安心した。
隣ではレティスリール様が何でもなかったかのように立ち上がっていて、強いなぁと思う。「大丈夫だよ」よ再度イクルに伝えて、服についた汚れを手で払う。
「今のが、リボンの効果?」
「うん。……初めて使っちゃったよ」
「まぁ、何はともあれ……ひなみ様が無事でよかった」
頭をひとつぽんとされて、イクルが安堵の息をはく。
そしてくるりと、レティスリール様を見て……今度はため息をついた。って、イクルさん、さすがにそれは失礼です。仮にも女神様だというのに……!
「ひなみに、イクルね? 助けてくれてありがとう。それと、巨大スライムと魔の心を消し去ってくれて。心からお礼を」
「レティスリール様……! いいえ、気にしないでください。助けることができて、よかったです。お怪我はありませんか?」
「ええ。大丈夫よ」
にこりと微笑むレティスリール様を見ながら、一安心する。確かに、怪我もなさそうだし、体調などもぱっと見た感じ問題はなさそうだ。
というより、1番へとへとなのは間違いなく私か。
「っと、そうでした。私、レティスリール様を捜しにきたんです」
「私を?」
「はい。リグ様に聞いて……最初は、呪の解除が目的だったんです。だけど、レティスリール様のことをいろいろ知るうちに、私も何か力になれたらなって。お1人で、寂しいんじゃないかなって。……私なんかが心配するなんて、おこがましいですけど」
そう、最初は……呪の解除だった。
イクルを見て、ほかの呪奴隷の人を見て。呪がこの世界から消えてなくなればいいのにと、そう思った。
辛い思いをしている人がたくさんいるんだと、そう思った。私の行為は偽善的かもしれないけれど、だけど……私にできるのであればと。
そう思って、少し気分が沈み込む。底なし沼に、片足を入れてしまったような錯覚が身体を襲う。私は、本当に弱いなぁ。たったこれだけで、不安でいっぱいになってしまう。
だけど、その不安を取り除いてくれたのは……イクルであり、まろであった。そして、今は笑顔のレティスリール様だ。
「いいえ。そんなことはないわ、ひなみ。私に会いにきてくれてありがとう」
「レティスリール様」
「私もね。大切な指輪がなくなって、悲しくて。出るに出れなくなってしまったのよ。私の……宝石華は…………え?」
「?」
私の手を握って、ありがとうとお礼を言うレティスリール様はうっすらと涙ぐんでいた。しかし、それも一瞬で。今は目をなんどか瞬いて、小さな声で「うそ……」と聞こえた。
どうしたのだろうかと首を傾げれば、ぎゅっと抱きしめられた。
「ひなみ……っ!」
「れ、れれ、れてぃすりーる様!?」
いったいどうしたというのか。
全身で嬉しいと言わんばかりに弾んだ声。ぴょんぴょん跳ねだしそうな声の高まりに、私は逆に焦ってしまう。いったい何か発見でもしたのだろうか。
「それ、宝石華……!」
「え?」
どれ?
「嬉しい、また再び目にすることができるなんて」
きゅっと私の手を握って、レティスリール様の視線は……私の左手の小指、呪奴隷紋。
……確かに、花冠のような可愛い、まるで指輪のような呪奴隷紋だ。そうは思っていたけれど、まさかこれが宝石華? いやいや、そんな馬鹿なと頭を振る。けれど、レティスリール様の視線が間違いないと訴えている。
「これは、呪奴隷紋ですよ……?」
「……呪奴隷紋? あぁ、私の闇の心が犯人に、その子孫に飛んでしまっていたのね。申し訳ないことをしたとは思うけれど、私だって辛かった。笑顔で許すなんて、無理よ」
「レティスリール様……」
悲しげに笑い、私の手をそっと離す。そのまま横にいるイクルに視線を巡らせて、ぴたりとそれは胸で止まる。
「ここに、呪があるのね?」
「……ええ」
つぃ、と。レティスリール様の白く綺麗な指がイクルの胸をなぞる。
ただし、返事をしたイクルの声は酷く低い。まるでその存在を拒絶しているような声色に、私が焦ってしまう。何度も言うけれど、女神なんだよ……!
「私が彼にもらった宝石華は、素敵な指輪だったの。とは言っても、ずっと昔だから……今みたいな金属とか、そういったものはなかったの。だから、花でつくられた指輪だった」
「「…………」」
どこか遠くを見るような瞳で、レティスリール様が言葉を紡ぐ。私とイクルは、ただただそれに耳を傾けることしかできない。
すでに昔の話に、私たちが何か反論する資格はない。
遥か昔、レティスリール様に指輪を贈った1人の男性。
その指輪が、レティスリール様の大切な宝石華。……けれど、別れてしまった2人。
別れてしまったことは、仕方がない。
女神であるレティスリール様では、根本的に寿命が違う。遅かれ、どちらかが耐えられなくなっていただろうことはあきらかだった。
そのため、別れは受け入れることができた。彼の指輪を大切な想い出にして、これからの未来を生きて行こうと決意した。辛いけれど、時間が、周りの環境が、それを癒してくれるからと。
しかし、盗まれてしまった宝石華。
レティスリール様と彼の、たったひとつの想い出だった。
苦しくて、泣いて泣き叫んだ。その時のことは、あまりよく覚えていないというレティスリール様。
最初に呪が発動したのは、無意識だった。
気付いた時に、止めようとはした。けれど、なぜ止めなければいけないのかという、ほんの小さな疑問がレティスリール様の中に芽生えた。
それはふくらみ、魔の心となった。そしてそれを食べたスライムが巨大化し、この異世界〈レティスリール〉に魔物と魔王を生み出した。
魔王は勇者を召喚して倒したが、魔物を生み出し続ける巨大スライムは残った。
それ故に、この異世界には……魔物が存在するのだ。
「……そんなことが、あったんですね」
「私の心が弱いばかりに、皆さんに迷惑をかけてしまったわ。でも……巨大スライムを、魔の心を壊した今、魔物が生まれることはないわ」
もう、魔物が生まれない。
つまり、今現在この世界にはびこっている魔物は先ほど倒した巨大スライムが生み出した魔物だったということか。いや、加えて繁殖をしているということも考えられる。
「……後は魔物を倒して行けば、綺麗な世界になるっていうわけか」
「その通りです。申し訳ないけれど……今代の勇者がいればお願いしてみるつもりです」
すまなさそうな顔をしつつ、一通りの説明をしてくれたレティスリール様。イクルの辛辣な言葉にも素直に頷いて、自分の非を認める。
そしてよくわかるのは、レティスリール様がこの世界を愛しているんだということ。何か明確なものがあるわけではないのだけれど、雰囲気だろうか。温かく、この世界を包み込む。そんな気持ちが流れ込んできた。
「ひなみ、イクル」
「あ、はい……!」
「…………」
突然レティスリール様に名前を呼ばれて、私は慌てて背筋を伸ばした。おっとりした調子の声ではなくて、凛とした綺麗な透き通る女神の声。まるでその声に従わないといけないような、そんな感覚に陥る。
どきどきしながら姿勢を正して立っていれば、レティスリール様の視線がイクルへと向けられる。いったいどうするのだろうと思っていれば、可憐な声が「脱いで」と、とんでもない言葉を紡いだ。
「レティスリール様……?」
「ひなみは少し待っていて。イクル、私に……呪を見せてちょうだい」
「…………見て、どうするっていうのさ」
「い、イクルッ!」
レティスリール様になんてことを……! 私をこれ以上ハラハラさせないでくれと思いつつも、イクルの不機嫌オーラが消えることはない。
私が「すみません」と謝れば、レティスリール様は「大丈夫、呪を消すだけ」と、静かに微笑んだ。
「え……? そ、そんな簡単に消えるんですか?」
「世界中のは無理だけど、目の前にある呪ならば消せるの」
「……ねぇ、イクル。消してもらおう…………?」
「……ひなみ様が、そう言うなら」
「うん」
もともと、イクルは呪を消したくて呪奴隷になった。それなのに、こんなに不機嫌な顔をしているのは何でなのか。もともと、神や女神といったものを嫌う……努力家のイクルだ。想像外のものを、あまり好まないのかもしれない。
イクルとの接点がなくなってしまうのは少し寂しいけれど、奴隷という文字が付く制度はないほうがきっと世界にとっても幸せだ。
ぱさりと音がして、イクルが上着をはだける。透き通るような白い肌は、日焼けというものを知らないのではないかと思う。
胸に咲き乱れた呪という花を見て、やはり少し嫌な気分になってしまう。イクルたち呪奴隷をしばりつけるその花には、どうしても可愛いとか綺麗といった花を愛でる感情が湧いてはこない。
「ひなみ。左手で、イクルの呪に触れて……」
「え……っ!?」
って、イクルの素肌に触れる……の?
それはちょっとどころかかなり勇気がいる展開ではないでしょうか。男の人の胸に触ったことなんて人生で1度もない。
「ひなみ様」
「う……う、うん」
私がどうしようかと戸惑っていれば、イクルの強い声にぐっと意識をひっぱられる。拒絶を許さないその力強い声は、本当にイクルのものなのか。
呪が消えるから、力がこもってしまったのだろう。そう結論づけて、私はそっとイクルに近づいた。
「……ただ触れるだけでいいんですか?」
「ええ。この方法ができるのは、ひなみとイクルだけ。宝石華を身にまとう、2人だけ。大丈夫、ゆっくりで平気よ」
「さ、さわるよ……?」
「うん」
私がどきどきと早鐘のようになる心臓を押さえようとしているのに、イクルは通常モードで。私がこんなに緊張しているのに、イクルはまったく動じていなくて大人だなと思う。
そっと伸ばした手でイクルの呪に触れれば、そこがふわりと温かい熱を含んだ。
「あ……」
「…………ひなみ様」
「ん、大丈夫。なんだろう、不思議だね」
イクルと繋がっていた呪奴隷紋。
その特殊な力で、私の《神様の箱庭》を探知することができたイクル。それはもうできなくなってしまうし、もしかしたらほかにも特殊能力があったかもしれないけれど……主人が私ではその望みも薄そうです。
私の左手がイクルの呪に触れて、イクルの呪が私の左手に触れる。たったそれだけなのに、涙が出そうなほどに温かい気持ちになった。
イクルとともに過ごしたのは数ヶ月だというのに、何年も一緒にいたような、そんな錯覚を覚えた。
「あ……っ!」
「これは、指輪……?」
私が熱さに声をあげて。しかし次の瞬間聞こえたイクルの声で大きく目を見開く。
視界に現れたのは、ひとつの指輪。イクルの呪は綺麗に消え、肌がはっきりと見えた。私の左手にあった花冠の呪奴隷紋も、綺麗に消えていた。
現れた指輪は、私とイクルの左手にあった呪奴隷紋と同じ物。
そう、宝石華だ。




