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箱庭の薬術師  作者: ぷにちゃん
第3章 呪いの歌
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37. 魔の心

 巨大スライムの中心部分にあるのは、“魔の心”と呼ばれる不思議な赤色の宝石。

 レティスリール様が生み出したというそれは、魔物を生み出す核のような役割をしている。



 …………つまり、この世界の魔物はここから生み出されているということだ。



「あれを砕けば、魔物は生まれなくなるんですか?」



 イクルが大量の魔物を捌くのを見つつ、隣にいるレティスリール様に問えばこくりと頷かれる。

 魔物が生まれなくなるということは、イコールこの世界から魔物がいなくなるということだろうか。おそらくその認識で間違ってはいないはずだ。



「あれを私が生み出してしまったから、この世界は魔物がいるの。平和ではなくなってしまったの。……でも、私にはあれを倒すことができない」

「レティスリール様……」

「私がこの世界を管理していたのだけれど、その私がこの世界を闇にしてしまった。あれは、私の心が生み出した汚い心。宝石華を失った悲しみからできた、私の心の成れの果て…………」



 寂しそうに笑うレティスリール様を見て、私の心も苦しくなる。

 しかし今、さらりと重大なことを言われたような気がする。つまり、宝石華を盗まれた悲しみから、この巨大スライムが生まれたということだろう。



 レティスリール様の話を少しまとめてみて、順序だって考える。

 楽しく生活していたレティスリール様は、恋人ができる。

 その恋人に、宝石華という指輪を貰うが……失恋してしまう。

 宝石華を大切にしてきたけれど、それが盗まれてしまう。その心の闇によって、魔物を生み出すこの巨大スライムが現れた。



「……と、こういうことですか?」

「そう。本当は、一緒に魔王も誕生してしまったのだけれど……そっちは勇者……春くんに倒してもらったの」

「なるほど……って、魔王!?」



 レティスリール様からは何でも産まれてしまうのだろうか……!

 だって、魔王といったらあれですよね、ラスボス的な存在ですよね? リグ様からもらった交換日記のポイントだって、魔王を倒したら無限にもらえるほどに強敵で。

 …………ん?

 でも、魔王を倒したのであれば私が倒すことは不可能なのではないだろうか。しかしリグ様がそんな間違いをするとも思えないけれど。



「大丈夫。魔王は、ちゃんと春くんに倒してもらったから」

「春くん?」



 どこかで聞いたようなその名前。

 そしてその人が勇者なのだろうか。確か、アルフレッドさんが勇者パーティに入っていたはずだけど……確か何代目かの勇者だと聞いた気がする。

 歴代の勇者がいるなんて、やっぱり異世界はすごい。

 でも、決定的にしっかり聞いた気もしない。どうだったかなと思いつつ、後少しで思い出せそうな気がするのだけれどそこまで深く記憶を掘り起こす時間もない。



「私が召喚した、勇者。すごく強くて、いつも助けてもらったの。魔王だって、あっという間に倒してくれたのよ」

「魔王をあっという間に……すごいですね」

「ええ。彼には、迷惑をたくさんかけてしまったの……でも、いやな顔をひとつもしないで助けてくれたの」

「……優しい方なんですね」



 今度は少し嬉しそうに微笑むレティスリール様に、私も一緒に嬉しくなった。

 それでも、レティスリール様は少し震える手をぎゅっと握り締めて、自分の代わりに戦っているイクルに視線を向ける。女神様ではあるけれど、戦えないのであれば……こんな状況下では普通の女の子と同じだろう。

 イクルの動きを、巨大スライムの動きをじっと見つめて、真剣な視線を飛ばす。絶対にチャンスを逃してはいけないのだから、1秒だって目を離さない。

 幸いなことに、すごく強い魔物はいないようで押されてはいるが負けてもいない。



 私は震える足にぐっと力を入れて、弓を構える。

 もしも、ということがあるので、レティスリール様には回復薬(ポーション)を何個か渡しておく。



「私の回復薬(ポーション)と同じ……! ひなみはとても優秀なのね」

「えっ?」

「駄目、前を見て……もうすぐチャンスがくるから」



 私の問いかけはさらりと流されて、前を見据えるように強く言われる。もうすぐチャンスがくると言っていたけれど、なにか感じるものがあるのだろうか。

 しかしその瞬間、イクルの棍がガッとひときわ大きな音を立ててうねりを上げた。目をそらさず見ていたはずなのに、動きの速さに私の目が追いつかない。



「大丈夫よ、ひなみ。私の目であれば、動きはちゃんと追えるから!」

「……はいっ!」



 そうか。レティスリール様に戦う力はないけれど、動きを目で追うことは可能なのか。それであれば心強いと思いつつ、私はイクルの合図を待つ。

 背筋をぴんと伸ばして、私はほかの魔物に目を向けずまっすぐに巨大スライムだけを見据える。イクルとレティスリール様がいるから、私は1点だけを見つめていればそれでいい。

 イクルが隙を作ってくれるそのチャンスを、無駄にしてはいけない。ただ当てるだけでは巨大スライムのどこかに当たるだけ。しっかりと狙わなければ、魔の心に当てることはできない。

 ……狙ったらあたるのかと、そう問われても絶対にイエスとは言えないけれど。それでも、私はリグ様の弓を信じて射るしかない。



「……私は、いつでも大丈夫!」



 ぎゅっと巨大スライムだけを見て、イクルの合図を待つ。

 ゆれる赤い宝石は、見れば見るほど美しいと思う。まるで何かに魅入られるような感覚になってしまうほど。



 耳に絶対届く、とてつもなく大きなゴウという炎の音が……響いた。

 そして、私の耳に待ち望んだ音が届く。



「ひなみ様っ!」

「ひなみっ!」

「…………っ‼︎」



 ぐっと腕を伸ばして、思い切り弓を引いた。

 バシュッとひときわ大きな音を立てて、矢が巨大スライムに向かって飛んで行く。お願い当たってと、祈る気持ちを込めて……矢をじっと見つめる。



「あたったっ……!」



 私の矢が、巨大スライムに当たる。それは必中だからもちろんなのだけれども、問題は核である赤い宝石に当たるかどうかという一点。

 そしてそれを実際に目で見て、当たったことを確かめて……酷く安堵して、それよりも嬉しさと達成感が私の中から込み上げてくる。よかった……!



「ひなみ様、伏せて……っ!」

「えっ……!?」



 思わずガッツポーズをしようとしたところで、イクルが私に覆い被さった。いったい何があったんだろうと思うけれど、私の視界はイクルしか見えない。正確には、抱き込まれているので胸の部分。

 どんと衝撃が少しだけきて、魔物に襲われたということに気付く。それをイクルが間一髪、庇ってくれたんだ。私が倒したと油断してしまったから。ちゃんと考えれば、まだ魔物はたくさんいたということだってわかるのに。

 不安な顔をしてしまったからだろうか。「大丈夫だよ」と、イクルが私の後頭部を優しく撫でて……後ろ手に持った棍をガッと魔物に突き刺した。



「……残念だけど、ひなみ様にはもう少し頑張ってもらわないと駄目みたいだね」

「え……? あ、巨大スライム! ちゃんと矢は当たったのに、どうして」



 確かに、まっすぐに魔の心に向かって矢は飛んで行き、当たったはずだ。

 だから私も巨大スライムを倒したと思って……?



「割れてない?」

「みたいだね」

「ひなみの矢でも、一撃では無理なのね。ひびが入っているみたい、ほら……」



 私の疑問に、澄んだレティスリール様の声が真実をさす。

 イクルの腕を抜け出して、先ほどまでずっと睨みつけていた巨大スライムをもう1度見て……確かに、赤く光る宝石が健在だ。

 けれど、レティスリール様が言った通りひびが入っているのが目に入る。射れるのはあと1矢だけ。最初の1矢目が核に当たらなかったことを、とても後悔した。



「私が射れるのは、あと1矢だけ……」



 もし、もしも……外してしまったらどうしようという不安が押し寄せる。

 さっきよりも、震える私の足。それに、弓を持つ手。大きく息を吸ってみるが、それもあまり意味はなさないようで、大きな音で心臓が鳴り響く。



「大丈夫だよ、ひなみ様」

「ひなみならできるわ!」



 ぽんと、2つの手に背中を押された。

 私よりも大きくて安心できるイクルの手。

 私よりも少し小さいけど、力強いレティスリール様の手。

 私の背中に、2つの勇気が重なった。



「うん、頑張る。イクル、もう1回……チャンスを作って!」

「ん、任せてよ」



 私の声と一緒に、大きく棍を回して……前方から向かってくるハードウルフ2匹を一気に倒す。

 そのまま左足を大きく踏み込んで、後ろに控えるようにいた蜘蛛の魔物へ流れるような動作で棍を打ち込む。

 私はイクルの行動に視線を奪われそうになるけれど、必死に巨大スライムを見据える。残りの矢は1本。絶対に、絶対に失敗できないのだから。

 そっと私の背中に添えられた手を感じて、振り向こうとして……手の主に止められる。



「ひなみ、まっすぐ前だけを見ていて」

「レティスリール様……」

「ごめんなさいね、ひなみ。私の後始末を……あなたに押し付けてしまった」

「そんなこと、ないです。それに、レティスリール様とお会いしてみたかったです」

「…………ありがとう。ひなみも、春くんも、優しいのね」



 嬉しそうな声に、私も少し嬉しくなった。

 けれど……私がレティスリール様を捜したのは、優しさだけではない。イクルたちの呪奴隷紋が消えることや、リグ様にポイントをもらうという多大なメリットがあるのだ。

 そう考えると、素直に助けにきました! なんて、大層なことは言えない。



「ひなみ様、あと少しで前が開けるよ!」

「わかった!」



 頭の中であれこれ考えてしまてはいたが、視線はまっすぐ前を見ていたのでイクルの言葉にすぐ反応することができた。

 右手側にいた魔物に棍を叩き付けて、そのままくるりと1回転して左手の魔物に棍を打ち込む。

 その反動でぐっと押し上げた棍から炎を発生させて……まるでモーセが海を割ったように、炎が割れて魔物の中央に道ができた。

 思わずその凄さに見入ってしまうところを、イクルの声にはっとさせられる。



「……ひなみ様っ!」

「……いっけええぇぇぇ!!」



 イクルの声と同時に、私は矢を番えていた右手を弦から離した。

 思いっきり声をあげて、叫んで……そこに重なるもう1つの声。



「矢に、レティスリールの加護を……!」

「…………!」



 矢を放つのと同時に、私の視界に入ったのは回復薬(ポーション)。ただ、それは私の見たことのない瓶で……中身が何なのかまではわからない。

 綺麗な花の模様が入った回復薬(ポーション)は、まるでレティスリール様そのもので。ふたの開いた瓶からこぼれ出る液体が放った瞬間の矢にかかり、きらきらと矢が輝いた。



「く、あ……っ!」

「ひなみっ!」



 思い切り矢を放った反動からか、少し後ろに倒れそうになったところをレティスリール様に支えてもらう……が、一緒に尻餅をつくという残念な結果になってしまった。

 あははと笑いつつも、視線はしっかりと巨大スライムに固定している。



 見れば、私の矢は深々と巨大スライムの光る宝石……魔の心に刺さっているのを確認できた。

 あぁ、よかった……! 倒した……! そう思い一息つこうとして、ガツンという大きな音にはっと顔を上げる。音の出所を見れば……イクルだ。

 そうか、巨大スライムを倒したとしても……生み出された魔物が消えるわけではない。イクルが残っている魔物を棍で打ちのめして、残りを数えれば……あと5匹!



「イクル……!」

「ん、もう少しで終わるから」



 私にはもう矢がないから、手助けをすることはできない。

 イクルは軽やかな動きで魔物をいなしながら、棍を打ち込んで行く。残りの魔物が残り4匹、3匹と……徐々に、しかし確実に数を減らして行く。

 最初はあんなにいたのに、こうも簡単に倒してしまうなんて。何かあったときのために、体力回復役(ハイ・ポーション)を握りしめてイクルの戦いを見守る。

 棍と炎を操って戦う姿は、まるで異国の踊り子のようだ。線の細いイクルだからこそ、戦い方も優雅に見えるのだろうと思う。

 そしてとうとう最後の1匹に炎を纏った棍を打ち付けて、魔物を倒した。



「はぁ、はっ…………」

「イクル、よかった……!」

「は……これくらい、なんてこ、っひなみ様!!」

「ふぇっ!?」



 息を切らしているイクルのところへ行こうとしたところで、イクルの目が大きく見開かれた。見えていないはずなのに、そんな動作をされたら見えていると勘違いしてしまうと思いつつも……なぜか尋常ではない様子のイクルに少し焦りを感じる。



「どうし……」

「……上っ!!」

「え……っ!?」



 魔物はもういないはずなのに、いったいどうしたというのか。

 しかし上を見た瞬間、私の足は恐怖にすくみ動かなくなった。

 天井部分が、ぐらりと揺れて……私に向かって落下してきたのだ。通常通りに動いているはずなのに、まるで走馬灯でも見ていると錯覚してしまう。

 ゆっくりと落ちて来る大きな天井部分の、岩だろうか。私めがけて、しかし確実に近づいて来るそれ。

 イクルは少し広間に出ていたため、間に合わない。レティスリール様を見るほど私には余裕もなくて、これは確実に死ぬと……それだけは理解できた。

 まさか私の死因が岩に寄る圧死? だなんて、きっと花が聞いたら笑ってしまう。



「…………ぁっ!」



 何か声を発せようとはするけれど、上手く言葉にできない。否、何を発しようとしていたのかもわからない。



 だけど、わかることは1つ。

 花のためなら自分の命さえ差し出そうと思っていたのに、強く死にたくないと思っている私。



 私、死にたくないんだ。

 でも、イクルは距離的に間に合わない。かといって、私は弓矢ももう使えない。どうすればいいの?

 しっかり考えれば何か手段はあるはずなのに、私の頭はこういうときに限って働いてくれない。

 駄目、もっとしっかりしようって決めたのに! 私の決意はそんなものだったのか。

 それでも死にたくないという思いだけが私の身体を駆け巡る。

 どうすればいいの? 誰か、助けて。必死で頭で思うけれど、時間が止まるはずはなく。私の眼前まで、天井だった岩が迫ってきた。



 いや、いやだ……!



「いや……あ、ぁ…………リグ様っ!!」



 この状況下で、私はリグ様の名前を無意識に叫んだ。

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