第三十四話 カラダを駆使して、とにかく稼げ!
この物語は、
史上稀に見る高難度にして
伝説の「クソゲー」として知られる
剣と魔法のRPG『ドラゴンファンタジスタ2』
を舞台にした、とある探索者たちの
迷宮をめぐる日常を描いた
冒険活劇である。
(三十四)
「へいらっしゃい! ご新規さん、何名様で」
寿司屋に入ったアイシアとヴェルチに対し、威勢のいい声が飛んだ。
「へいらっしゃいました! 二名様でっす!」
それに応えてアイシアが、ピースサインを出しながら威勢よく返す。その後ろから、怖わごわ店の中をのぞきこむヴェルチ。カウンターの上を、皿に載った握り寿司が整然と流れていくレーンを見て、ようやく彼女は安堵の表情を浮かべた。
「あーはいはいはい。こういうタイプね。なんだよアイシア、寿司が回るって最初から言ってくれればいいのに」
「言いましたけど? ……まあ、とにかく座りましょう」
アイシアとヴェルチは、キョロキョロとあたりを見回しながら、空いているカウンターの席に並んで座った。店内は明るく清潔で、ほのかに酢飯の香りが漂っている。夕食タイムにはまだすこし早い時間帯ながら、すでに店の席は八割がたお客で占められていた。このツカン寿司は、なかなかの繁盛店のようである。
ヴェルチは、店員から手渡された熱いおしぼりで顔と手をぬぐいながら、隣のアイシアに小さな声で話しかけた。
「しかし、寿司って高いんじゃないか? 私、あまり持ち合わせはないぞ」
「ふふん、ヴェルチさん。ご心配なく。そのへんに抜かりはありませんよ」
そう言うと、アイシアは壁に貼られたポスターの文字を指差した。
「ん? ……あ、あれは——!」
一〇〇皿大食いチャレンジ!
一〇〇分以内で完食の方に、
一〇〇GP進呈いたします!
「どうです! お腹いっぱいお寿司が食べられて、そのうえ賞金までもらえちゃうんですよ? これはもう、挑戦するしかないでしょう!」
「そうだな! うまくいけば、『体』の試練の目標金額もクリアできるぞ」
二人の会話を耳にした板前の親父が、カウンターの中から声をかけた。
「おっ、一〇〇皿チャレンジ、挑戦するかい? 兄ちゃん達……いや、姉ちゃんか?」
「はいっ! あ、正真正銘兄ちゃんです! なんなら、証拠を見せてもいいですよ?」
「いや見せなくていいから」
袴に手をかけるアイシアと、それを冷静に制するヴェルチ。すると、板前の親父が手にした鐘を勢いよく振りまわした。店内に、ガランガランと大きな鐘の音が鳴り響く。
「あいよぉーっ! ご新規二名様、一〇〇皿大食いチャレンジだ!」
その声と音に反応して、店中のお客がどよめいた。大きな拍手をする者、黄色い声援を送る者。中には注文の品を片手に、自分の席からアイシアとヴェルチのそばにわざわざ移動してくるお客までいる。
「いいかいお二人さん、ルールを説明しとくぜ。制限時間はきっかり一〇〇分。この間に、とにかく一〇〇皿の寿司を食べきってくれ」
「ああ、承知した」
「わかりました!」
それぞれがイスに座りなおし、湯飲みのお茶でゆっくりと口を湿らせた。二人の視線は、ずらりと寿司の皿が並んだカウンターへと注がれる。まさに、臨戦態勢である。
「寿司は、一皿に二貫ずつ載ってるからな。もちろんレーンに流れてるやつ以外でも、好きな種類を注文してくれてかまわないぜ」
アイシアとヴェルチがうなずくと、板前の親父は時計を見ながらふたたび鐘を大きく振った。
「さあいくぜ、大食いチャレンジスタート!」
その掛け声と同時に、二人は目の前のレーン上の寿司の皿に手を伸ばした。
「あのぉ、ちょっとごめんなさい、そちらのお姉さんがた」
「んあ、なんだぃ……いや、私たちになにかご用かしら?」
茶店から出ようとしたシクヨロとマルタンは、後ろから声をかけられた。シクヨロは、自分が女になっていることを思い出し、いちおう色っぽく返事をしながら振り向いた。そこには、ひとりの女性が立っていた。
「さっき、そこのお嬢さん、早く稼がなきゃって言ってたわよね」
「え? ……あ、ええまあ」
マルタンが、ちょっとうろたえたように言った。シクヨロだけでなく、自分もやはりまぎれもなく女の子だと思われているらしい。
「勝手に話を聞いておいてなんなんだけど、あなたたち、お金が必要なの? だったら、いいところがあるのよ。紹介して差し上げましょうか」
その女性の言葉に、シクヨロはすこし眉をしかめた。年齢は、おそらく三十歳前後。艶やかな長髪に、フレームの細い眼鏡をかけている。暗めのコートをまとっているが、身につけている装飾品やその毅然とした振る舞いが、経済的にも地位的にもかなりの上流階級感を醸し出していた。
「あら、あたし怪しい者じゃなくってよ。この界隈じゃ、ちょっとは名の知れたお店を経営しているの」
そう言いながら、いかにも高級そうなハンドバッグから取り出した一枚の名刺を、シクヨロに手渡す。
「えーっと……カミィラ、さん。そのお店ってのはどういう?」
シクヨロは、右手の指先につまんだカードに書かれた彼女の名前を読みながら聞いた。
「そうね。ここじゃなんだし、今からぜひうちに来てもらえないかしら? すぐそこだし、大してお時間は取らせないわ」
(ねえ、どうする?)
(んー、微妙だよな)
カミィラには、ちょうど聞こえないくらいの音量で囁き合う二人。すると、彼女はさらに強めに畳みかけた。
「このツカンドラの街で、手早く稼げる仕事なんてそうは転がっていないわよ。あなたたち、なにかアテはあるの?」
シクヨロとマルタンは、言葉を返すことなく互いの顔を見合わせた。
「どうぞ、ご心配なく。ちょっと、お店のお手伝いをしてもらいたいだけよ。もちろん、報酬は弾むわ」
「おなしゃす」
「おなしゃす」
カミィラはそんな二人を見て、満足そうにうなずいた。その様子を、さらに遠巻きにしてイーゴーが眺めていた。
「サア オモシロク ナッテ マイリマシタ」
続く




