090 おじさん魔法薬師筆頭から頼みごとをされる
おじさんの即答に驚愕した魔法薬師筆頭である。
メガネにピシリとヒビが入ったかのような衝撃だったのだ。
まさかこんなにもあっさりと断られるとは思っていなかった。
断られるにしても話くらいは聞いてもらえると考えていたのだ。
だが、おじさんにそこまでの余裕はなかった。
また言葉が劇的に不足していたのも問題だ。
もはや一刻も早く帰りたいおじさんにとっては否でしかなかった。
ただ彼としても、“はいそうですか”と退けない理由があったのだ。
それは育毛剤である。
毛生え薬と言ってもいい。
髪型には寛容な国ではあるのだが、特に式典においては決まりごとがある。
貴族家の当主はそれを守らねばいけないのだ。
ただし物理的に決まりごとが守れなくなることもある。
そう、薄毛である。
そこでカツラを用いることになるのだが、やはり避けたいというのが人情だろう。
ふだんはない髪の毛が式典のときにはある。
その辺は暗黙の了解で紳士的に振る舞うことになっているものだ。
だが、それでもである。
気になるものは気になるのだ。
で、宮廷魔法薬師たちはその問題の解決を長年の研究としてきた。
正直なことを言えば、である。
いくら卓越した技術を持つとしても、まだ成人前の子どもだ。
子どもに頼るのはよろしくない。
魔法薬師筆頭はそう考える。
だがどうしても行き詰まっているのだ。
そしてなぜか需要が高まっている。
魔法薬師筆頭とは言え、やはりせっつかれるのはキツい。
否、彼らは無言なのだ。
無言で圧力をかけてくるのである。
そこで、仕方なくおじさんを頼ることにしたのだ。
ただ思いが迸ってしまった。
結果、言葉が足りなくなって、おじさんに断られたのである。
「……ということなのだ。キミに言うのはお門違いもしれないが、その見識を貸してもらいたい」
頭まで下げられてしまっては、おじさんも断ることはできない。
ただ条件をつけることにした。
「頭を上げてくださいな。かしこまりました、わたくしでよろしければお手伝いいたしますわ。ただ本日は色々とありましたので、後日ということでよろしいでしょうか?」
「ああ! かまわない! ありがとう!」
喜色満面といった表情であった。
よほど詰められていたのだろう、とおじさんは思う。
そうでなければ、この誇り高い御仁が小娘のところにはこないだろう、とも。
「それでは失礼させていただきますわ」
と残して、おじさんは今度こそ帰路についた。
帰りの馬車の中で、ついウトウトとしてしまったのはご愛敬だ。
「お嬢様、おかえりなさいませ。奥様がお待ちになっております」
公爵家のタウンハウスに帰ると、執事長が出迎えにきていた。
恐らくは父親が帰りが遅くなること、人をやって知らせていたのだろう。
ただ、おじさんは疲れていた。
濃くて長い一日であったのだ。
いくらおじさんでも疲労は隠せない。
が、母親には話しておくべきことがあるのも事実である。
と言うことで、おじさんの奮闘はまだ続くのであった。
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