1157 おじさん不在の中でマディは赤っ恥をかく
「はうあ!」
身体を大きく跳ねさせて、マディは起き上がった。
ずくんと頭が痛む。
なんだか胃の中がひっくり返ったみたいに不快だ。
立ち上がろうとして、ふらりと身体が揺れた。
思わず、膝をつくマディだ。
「うう……どこよ? ここは」
少し朦朧とする視界。
ぼんやりとした中で、マディはなんとなく思い当たった。
「ひょっとして……救護部屋?」
商業組合内には、こうした部屋も設えてあるのだ。
マディも若かりし頃に何度か利用したことがある。
大抵は小さな怪我であったが……。
「……起きたの?」
寝台の側で膝をついているマディを見下ろしていたのはジーナだ。
マディと同期で商業組合に入った女性職員である。
「うう……なんで救護部屋なの?」
「あんた……ひょっとして覚えてないの?」
「なにが?」
ふぅと大きく息を吐くジーナである。
やれやれといった表情だ。
「……おるかー! プエチとモッリーノはおるかー!」
マディの口まねをするジーナだ。
「え!? え? ……まさか?」
「あんた、朝一で組合にきたかと思ったら、入り口のところで叫んでたのよ」
「……嘘でしょ」
マディの言葉にゆっくりと首を横にふるジーナだ。
「残念だけど本当のことよ」
「嘘だ~。そんなことするわけ……おえええ」
嘔吐くマディである。
嘔気がすごい。
「ちょっと! 大丈夫なの? 待ってなさい。今、桶を持ってくるから」
そそくさと場を離れるジーナだ。
彼女の背を見送りながら、マディは頭をフル回転させていた。
二日酔いで鈍った頭ではあるが……。
「……まったく思い出せないわ。っていうか家で飲んでたところまでは覚えているんだけど……」
完全に酒にのまれていたようである。
「なんかものすごーくマズいことやらかしたんじゃ?」
じわりと嫌な汗をマディの背中を濡らす。
よくよく思えば、だ。
プエチ会頭とモッリーノ会頭はマディにとって師匠である。
商業組合のイロハから教えてもらったのだ。
それこそ新人として入ってきたときから。
そんな二人の期待を裏切る結果になってしまった。
今にして思えば、あれもまた愛ある鞭だったように思う。
が――あのときは素直に受け入れられなかった。
嫉妬していたのだ。
おじさんに。
だから、いざ商業組合に顔をだして二人に会うとなると、とても怖かった。
許してもらえるとは思わない。
だけど、もし協力してもらえなかったら。
二人の師匠は組合長を捨てたマディを悪く思ったままなら。
そう考えると、怖かったのだ。
だから、酒に逃げたのである。
いや、酒の力を借りて……。
ぴこん、とマディの頭にくるものがあった。
それだ、と。
しこたま酒をのんで、気が大きくなったのだ。
やけくそ気味になって……それで組合を訪れたにちがいない。
「にゃあああああ!」
頭を抱えるマディだ。
そこまで考えて、ものすごく恥ずかしくなった。
いや、恥ずかしいという言葉で済ませられるだろうか。
合わせる顔がないのだ。
二人の師匠たちに。
「いやああああ! やっちまったああ……あいだだだだ!」
今度は頭を押さえるマディだ。
忙しないことである。
そんなマディを見て、くすくすと笑うジーナだ。
手には小さな桶を持っている。
万が一のときのものだ。
「ジーナ!」
「やっちゃったわねえ……くすくす」
「わ、笑うなー! あいだだだだ」
「本当にマディってば変わらないわね」
すっと、マディの前に杯をだすジーナ。
中には水が入っている。
受け取って、ごくごくと一気に流しこむマディ。
「ぷはあ! まさに甘露ってやつね!」
ちょっとだけ元気になったマディだ。
酒精を分解するには、大量の水がいるから。
喉が渇いていたのである。
「おかわりいる?」
「ちょうだい!」
ぬっと杯を差しだす。
苦笑いしながら、魔法で水をだしてやるジーナだ。
「ほら、寝台に座りなさいよ」
自分も腰掛けながら、ジーナがポンポンと隣を叩く。
そこに座るマディ。
「で? どうしたのよ?」
「ん~まぁ色々と省くけどさ、今はカラセベド公爵家の錬成工房で働いているのよ」
あーと声をあげるジーナだ。
ジーナもまた貴族の娘ではある。
が、三女であったし、王都ではなく地域の学園へと通っていた。
「例のヴェロニカ様ね」
こくんと頷くマディ。
同時に、おかわりの水に口をつける。
「そう……色々あったけれど、錬成工房長をしているのよ」
「へえ……出世と言ってもいいのかしら?」
「もちろんよ。そこの工房は……」
あっと口を噤むマディだ。
少し余裕がでてきたのだろう。
「……ごめん。機密がいっぱいで言えない」
ふふっと笑うジーナだ。
「そりゃあそうでしょうね」
「……うん。でね、さすがに組織を作ってまとめなくちゃいけなくなって。それでししょ……プエチ会頭とモッリーノ会頭に相談したかったの」
「……そういうこと」
首肯で応えるマディだ。
「でも、二人に会うとなると……お酒を飲んだわけ、か」
ジーナが笑う。
「まったく。マディってば、変に考えすぎなのよ。それだけ頭がいいのかもしれないけど、ムダに考えて身動き取れなくなったらダメだって言われてたでしょうに」
「う……確かに」
二人の師匠から耳にタコができるくらい言われた言葉だ。
「ま、いいわ。じゃあ、組合長のところに行きましょう」
スッと立ち上がるジーナだ。
「あっと。その前にこれを噛んで」
イトパルサ周辺ではよく使われている口臭消しだ。
いくらなんでも酒臭いのだ。
「う……これ、ツーンとするから苦手なのよね」
「そんなにお酒の臭いをさせてたら、通る話もとおらなくなるわよ」
うずらの卵くらいの緑色の塊を口に入れるマディだ。
強烈な香りが鼻から抜けていく。
言うなれば、メンソール・強である。
「はあ……すっきりするけど、苦手なものは苦手よ」
十回くらい噛んでから、マディは懐紙に吐きだす。
それを丸めてゴミ箱に。
「行くわよ」
「え? もう行くの?」
「思い立ったときに行くの! そうじゃなきゃあんたまたお酒に逃げるでしょうが!」
「ぐぬぬ……」
ジーナの正論になにも返せないマディであった。
組合の中を歩いていく。
あまり人がいない場所を選んで、だ。
それはジーナなりの配慮だった。
元組合長が人前に顔を出しづらかろう、と。
特に今朝方やらかしたばかりだから。
「組合長、入りますよ」
コンコンとドアをノックするジーナだ。
「ぬわははは。そうですか!」
快活に笑う組合長の声が聞こえてきた。
「ジーナかな。入ってくれ」
現在、プエチ会頭が組合長となっている。
モッリーノ会頭は副組合長だ。
ただし、それは便宜上のこと。
実質的に組合長が二人いるような形だ。
「失礼します」
ちょ、とマディが声をかける。
少しくらいは待って欲しい、そんなことを考えていたのだ。
「お、おお、お久しぶりです!」
開口一番、マディが頭をがばっと下げる。
「ああ、うん。マディ、もう大丈夫か?」
プエチ会頭が声をかける。
その隣でモッリーノ会頭も微笑んでいた。
「はい。だいじょ……なんであんたがここにいるのよ、ガイーア!」
そう。
二人の会頭と話をしていたのはガイーアだ。
マディに付き添っていたものの、看病はジーナが請け負ってくれたのである。
手が空いたガイーアは組合の中でぼけーっとしていた。
その姿を二人の会頭が見つけたのである。
ちなみに、ガイーアと会頭たちは面識があるのだ。
会頭たちが王都のおじさんちに寄ったとき。
ついでにマディ宅にも顔をだした。
応対にでたのがガイーアである。
「いや、姐さんが回復するのを待ってたんですがね。そのときに声をかけられまして」
「え? 会頭たちのこと知ってるの?」
「知ってやすね。王都でお会いしましたから」
「え? そうなの? そんな話きいてないんだけど?」
はは、と頬をかくガイーアだ。
「いや、ほら、あのときは姐さんが大変なことになってたでしょう?」
「どういうことよ?」
「……オラシオのせいで荒れてたでしょうが。玉とったるぞーげはははって」
心当たりがあった。
思いだして、急に顔が真っ赤になるマディだ。
「そうだ。私たちも心配してたんだ。なにごとかってね」
モッリーノ会頭が言う。
「で、そこのガイーアくんがね。今日のところはって言うから引き上げたわけだが……」
プエチ会頭もにこやかに笑っている。
「マディ、玉とったるぞーってなに?」
ニヤニヤとしながらジーナが聞く。
「ぅうううう……お前ら、全員死ねっ!」
恥をほじくり返されて、顔を真っ赤にして叫ぶマディであった。




