1154 おじさんの知らないところで行われていたマディの奮闘
おじさんがダンジョンに作った錬成工房。
これは母親の要請に従って作られたものである。
ワンフロアをまるっと使って住宅街を作ったのだ。
と言っても、商業施設などはない。
工房と住宅があるのみだ。
では、食料品など必要なものはどこから入手しているのか。
これは別のフロアに作られた村からである。
腕輪を欲する者たちに拉致され、奴隷にされていた人たち。
その中で残った者たちは、あの村で暮らしている。
おじさんにスカウトされて、それぞれの場所に赴いた者もいるが……。
この村はまた別の出入り口を持っている。
そこから外部へと出て、取引をしているわけだ。
ちなみに、この工房と王都との出入り口になっているのがマディ宅である。
個人が多少利用するくらいなら問題ない。
が、大勢の人間が行ったり来たりするのはおかしい。
と言うことで、マディ宅を通って王都に行くのには申請が必要になる。
そんな仕組みを作ったのがマディたちだ。
今、彼女は工房に併設された事務所にいた。
工房長に抜擢されたマディ。
だが、ほとんど錬成魔法士としての仕事はしていない。
いや、できていないというのが正解だろう。
「ねえ……マディ。この書類仕事はいつになったら終わるのよ?」
ヨランダである。
マディと同級生だった人妻だ。
「ヨランダ、見ればわかるでしょ? いつ終わるかわからないのよ」
「ぐぬぬ……」
書類は山積みである。
そもそもここで書類仕事ができる人間が少ない。
本来ならマディの家臣である暗黒三兄弟たちが、分担してもいいことだと思う。
だが――彼らはポンコツである。
そも極度のコミュニケーション障害を抱えているのだ。
他人とは話せない、という。
基本的に筆談という形で、今はオールテガとマアッシュの二人は外部の村とのやりとりを担当している。
いちばん仕事ができるガイーアと言えば、裏の仕事に引っ張りだされているわけだ。
彼ら三人は、裏の仕事が本業でもある。
なので、マディはまったく人手が足りていない現場を回すしかないのだ。
「ねえ……誰か書類仕事できる人連れてきてよ」
ヨランダが手を動かしながら言う。
「心当たりがあったら、連れてきてるわよ」
マディも手を動かしながら返す。
腐っても元商業組合長だ。
書類仕事はお手の物。
それでも量が量だけに、なかなか減っていかない。
「ん~ヴィー様に頼んでみる?」
「……好きになさいって言われたもの」
ん? となるヨランダだ。
「ええと……もう相談したってこと?」
首肯するマディが手を止めた。
椅子から立ち上がって、お茶を淹れる。
簡易的にお湯がでる魔道具。
それを設置しているのだ。
「人事も好きにしていいって」
「さすが、ヴィー様。大胆ね!」
「必要な人材がいれば、引き抜いてきなさいって言われたもの。あと、運営資金もどかーんとくださったわ」
「どかーんと? ってどのくらいなの?」
「ん~数えてないからわかんないわ」
「え?」
「小麦とかを入れる麻の大袋があるでしょ?」
頷くヨランダだ。
「あの大袋にパンパンに金貨が詰まってたの。それも三袋」
「……」
無言になるヨランダとマディだ。
お茶を淹れる音だけが室内に響く。
「お金ってあるところにはあるのよね~」
もはや半ば現実逃避をしかけるマディだ。
ヨランダも微笑んでいる。
が、その頬は引き攣っていた。
「そんだけお金があったら、引き抜きもかんたんじゃないの?」
「どこから引き抜くのよ? 基本的に事務仕事なんてできる人は少ないんだから」
そう。
ここには高学歴の錬成魔法士たちが揃っている。
だが、どいつもこいつも事務仕事をしないのだ。
やればできるのかもしれない。
しかし、魅せられてしまったのだ。
おじさんと母親が書いた天才による術式構築の紙を。
それをデチューンして、一般人でも使えるようにする。
量産化の鍵を握るのが、彼らだと言えるだろう。
よって、その芸術的な術式構築された紙に取り憑かれている。
だからぜんぜん事務仕事を手伝わないのだ。
「むぅん……っていうか! 私もあっちに加わりたいんだけど!」
ヨランダの本音がでた。
そうなのだ。
彼女とて、錬成魔法士の端くれである。
そりゃあ術式構築に噛みたいのだ。
だって楽しいから。
というか、だ。
マディが泣きついてこなければ、工房で楽しくやっていたはずなのだ。
「だめえ! ヨランダまであっちに行ったら、私だけになるじゃない!」
「いやまぁそうなんだけど。だってマディは工房長だもの」
「工房長だからこそ、あっちに行く必要があるじゃない!」
「しらないわよ」
お茶を啜る二人である。
彼女たちとて、もういい大人だ。
口ではなんと言っていても、やらねばならぬことの分別はつく。
「……お茶、飲んだらやるわよ」
「そうね……やらないわけにはいかないもんね」
大人なのだ。
良くも悪くも。
「姐さん、ちょっといいですかい?」
ちょうどいいタイミングでガイーアが入ってきた。
「……なによ、この忙しいときに」
「いや、実はね。あっちの村で商人希望の人がいやしてね」
ガイーアに押されるように、一人の女性が部屋に入ってきた。
「ドミツィアナ・トンバと申します」
「あら? あっちの村の人で貴族って一人だけだったんじゃ……」
ジケートのことである。
テューデンツ公国の伯爵家次男だ。
腕輪を欲する者たちの被害者の一人である。
「いえ、家族名は名誉としていただいただけで……」
「ああ……そういう。じゃあ大店の娘さんなのね?」
ドミツィアナの実家は商家である。
それも大店の。
「はい。商人として働かせていただく予定なのですが、それまでに少しでも勘を取り戻しておきたくて。で、ガイーアさんたちに相談していたんです」
「もしかしなくても書類仕事はできるわよね」
首肯するドミツィアナだ。
「ふふふ……これで私は晴れてお役御免ということで」
ヨランダがニコニコして立ち上がった。
「ちょっと待った! いかせないわよ!」
その手をマディが引っ張る。
「なんでよ! 商家の娘さんなら、私より得意でしょう?」
「あんた貴族の庶子でしょうが!」
ぐぬぬ、となるヨランダだ。
「あ、あの……」
そこで小さく手をあげるドミツィアナ。
「なにかしら?」
血走った目の二人が彼女を見た。
「私が一人増えても、そう変わらないと思いますけど……」
ドミツィアナが続ける。
「もっとこう根本的な部分に問題がありませんか?」
「どういうことかしら?」
「そもそも、なんでこんなに書類が上がってきてるのです?」
ドミツィアナの言葉に首を傾げるマディだ。
それがトップの仕事だと思っていたから。
「いや、ちゃんと専門の部署を作って対応したらもっと減らせるのでは、と。工房長が直接判断しなくてもいいものも多いと思いますので、組織作りからしないといつまで経っても変わらないんじゃないでしょうか」
正論であった。
誰も組織化などを考えていなかったのである。
マディは商業組合長だったのに。
「……」
マディとヨランダの二人は視線を交錯させた。
そして――目配せをする。
「そう、そこよ! ちゃあんと考えていたんだから、ね? ヨランダ?」
「ほ、ほほ、おほほほ。そりゃあそうよ!」
ね? と二人は顔を見合わせて笑っている。
誤魔化す気まんまんの大人たちであった。
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