1152 おじさんちの女系はどうにもアレらしい……
さて、とおじさんは侍女を見る。
「帰りますか」
厄神と宇宙人の二人は姿を消した。
なにやら事情があったのだろう。
よくわからないけど。
「奥様にはどうご説明なさるのですか?」
「ん~王妃様とヴァネッサお祖母様もいますしね。適当に流しましょう。お母様にだけは後で報告しておきます」
ふむ、と頷く侍女である。
ただ、よくわかっていないみたいだが。
「お母様の魔力は……と」
転移の準備をするおじさんであった。
「ほわあああ! なによ、なによ、なによ、これ!」
一方でランニコールによって転移した三人である。
今回は露天風呂でもなく、硫黄泉でもなく、温泉地へと案内した母親だ。
とりあえずインパクト重視にしてみたのである。
ここはただの温泉地ではない。
おじさんと精霊の手が入った特別製である。
浮島もあり、様々な形の温泉が楽しめるのが売りだろう。
早速、湯衣に着替えたヴァネッサが驚いている。
なにせ目の前に広がるのは、見たこともない景色だったから。
ヴァネッサの反応に顔を見合わせて、クスクスと笑う母親と王妃だ。
そりゃそうなるわなという話である。
「こんなに素敵な場所を隠していただなんて!」
「べつに隠していたわけじゃありません。というかお兄様は常連だけど、なにも聞いてないのかしら?」
母親はしれっと宰相に責任を押しつける。
「ぬわんですって! ロムルス! あの子は一言もいってなかったわ!」
「まぁまぁ……お母様、今日から温泉を楽しめばいいじゃないですか」
怒りを逃がすように、息を吐くヴァネッサ。
「そうね……うん、そうしましょう」
「では、まずお母様には温泉の作法からお教えしますわね」
と、王妃がなにやら軽くマウントを取りに行った。
母親はと言えば、さっさと温泉に入っている。
最近は熱めのお湯に入るよりも、ぬるめのお湯が好きなのだ。
じっくりと入っていられるから。
「ヴィーちゃん! ここは神々が御座す場所じゃないのかしら?」
ほわぁと息を吐きながら、ヴァネッサが言う。
「なにを言っているのか、よくわからないわね」
「もう!」
ニコニコとするヴァネッサであった。
一方でデミアンとオースだ。
こちらも湯衣に着替えて、のんびりとお湯に浸かっている。
「オースよ……うちの孫娘ってとんでもないな」
「同意いたします。まさかヴェロニカお嬢様の上をいかれるとは……」
本心からの言葉であった。
「歯まで治してくれたしな……それにこの温泉地」
「領内にある温泉地は比較になりませんな」
ボケッとしながら、主従でやりとりをする。
そこへ従僕がお酒を運んできた。
「どうぞ、こちらはリー様がお作りになった米酒でございます」
「ほおん……米酒?」
「穀物から作ったお酒になります。陛下はじめ多くの方にご愛飲いただいております」
「量を飲まれるのなら、あちらの四阿に移った方がよろしいでしょう。あちらも足下はお湯が流れておりますので、身体が冷えません」
それに、と付け加える従僕だ。
「リー様が仰るには、入浴中の飲酒は良くないのだとか。少量であれば良いのですが、やはり量を飲まれるのなら湯から出られた方が良いかと」
「……ちなみにその禁を破ったものはいるのかな?」
デミアンの頭には何人かの人物が浮かんでいる。
「いいえ、いらっしゃいません。破れば出入り禁止とリー様が仰せですので」
ははは、と軽く笑うデミアンだ。
「こちらの温泉地には陛下も足を運ばれると伺いましたが……」
オースが確認をとるように聞く。
「陛下を初め、内務卿、軍務卿、学園長。それにそれぞれの奥方様もよくお越しになります」
「……ぐぬぬ。ロムルスめ、知っておったのだな」
こちらでも宰相のせいにされているようだ。
「なるほど……道すがら伺いましたがリー様が人手を欲しいと仰せなのも理解できますね」
オースが少し考えている。
王国の重鎮たちが揃って訪れる場所なのだ。
ここに自信をもって送り出せる者は限られてくるだろう。
「ここではお酒だけではなく、食事の提供もしておりますので」
「なんと! 食事もとれるのか!」
ハデに驚くデミアンだ。
「ええ……リー様が御考案された料理を中心にお出ししております」
「そこにもリーが絡むのか!」
酒に食事。
それに温泉地。
治癒の腕も確かだし、訳の分からない量の魔力も完璧に制御する。
いったい孫は何者なのだという思いが働かないでもない。
だが、そこは母親の育ての親である。
そういう規格外には慣れているとも言えるだろう。
「よろしければ食事もお持ちいたしましょうか?」
「うむ……小腹を満たす程度で良い。それと酒を持ってきてくれるか」
「畏まりました」
スッと下がっていく従僕だ。
よく教育されている。
オースはそんなことを考えていた。
「御館様、リー様は後世においても語られる御仁なのでしょうな」
「うむ……で、あるか」
そこへ母親たちの声が聞こえてくる。
少し離れた場所で、なにかを食べているらしい。
「なにこれ! ものすごく美味しいんだけど!」
「でしょう? 私のお気に入りなの」
王妃が自慢しているのは、どら焼きである。
「アヴリル様、食べ過ぎでございます」
王妃のお付きであるオーヴェがさっと皿を取り上げた。
「そんな! まだひとつしか食べていないじゃない!」
「最近、食べ過ぎでございます。随分とふくよかになっておられますので」
「むぅ……太ったって言いたいの!?」
「ふくよかになったと言っておりますが?」
クスクスと笑うヴァネッサだ。
「アヴィーちゃん、あまり食べ過ぎてもお腹の子に良くないわ。これは私がもらってあげる」
「お母様こそ食べ過ぎですわよ!」
「いいのよ、私は。妊娠していないのだもの」
「ぐぬぬ……ヴィーちゃん! なんとか言ってやって!」
ちらりと王妃とヴァネッサを見る母親だ。
「オーヴェ、それはあなたが食べていいわよ」
な!? と目を見開くヴァネッサと王妃だ。
「感謝いたします!」
遠慮なく、パクッといくオーヴェである。
「ああー!」
ラケーリヌの母娘が声をあげた。
「何度いただいても、美味しゅうございます!」
「よかったわね」
母親と通じあうオーヴェであった。
そこへ、おじさんが戻ってくる。
侍女を伴って。
「リーちゃん!」
王妃が声をあげる。
母親は無言でサムズアップしていた。
ちょうどいいタイミングだと。
「そうですわね。話し合いの結果、帰ってもらうことにしました」
「ほおん……そうなの?」
母親がおじさんを見る。
コクンと頷くおじさんだ。
「リーちゃんが納得しているのなら、それでいいわ」
「え? 詳しい話はいいの? 新手の魔物よ?」
軽いやりとりに驚くヴァネッサである。
「お母様、わたくしは転移陣を結んできますわね」
しれっとスルーするおじさんだ。
「そうね……リーちゃんの好きにしていいから」
「任されました」
と、転移で姿を消す。
唖然とするヴァネッサと王妃だ。
「いいの? ヴィーちゃん?」
「かまいません。リーちゃんに任せておけば悪いことにはなりませんので」
ん~と考えこむヴァネッサだ。
そして――言った。
「いいでしょう。キメたわ! 私はヴィーちゃんちの子になります!」
はぁ? と心底嫌そうな声をだす母親だ。
「だって! こんなに素敵な場所があって、食べ物も美味しくって、聞いたことがない魔法も実践できる! 夢みたいな場所じゃないの!」
「だから、転移陣で結ぶんでしょうが……」
どうにもヴァネッサも頭のネジがいくつかとんでいるようである。




