1150 おじさん色んな人を振り回す
ラケーリヌ家の家令オース。
どこの貴族家として家令というのは重要な立場である。
主人に代わり、家を守る存在だからだ。
財務管理はもちろんのこと、人事管理や物資や契約の管理をはじめ、来客などの対応などなど。
すべてを任される存在なのだから。
それも公爵家ともなれば、そんじょそこらの人材では務まらない。
なにせ、王国には三つしかないのが公爵家だから。
そんな公爵家の一角、ラケーリヌ家の家令。
オースは従僕から報告を聞かされた瞬間、その表情をゆがめることになった。
胃の辺りがぎゅううと巨大ななにかに掴まれたかのような。
「ヴェ、ヴェロニカ様とリー様がいらした、と。アヴリル様も連れて……」
代々、ラケーリヌの家令を務めてきた家系。
自身も、父も祖父も、その前の祖父もずっと家令を務めてきた。
一生涯をかけて尽くすだけのことはある仕事だ、と。
そんなオースが王国一の才気だと信じるのがヴェロニカ。
おじさんの母親である。
だが――その娘であるおじさんはもっとスゴかった。
昨日、信じられないものを見せられたからだ。
未だ学園の一年生だというのに、ラケーリヌの家伝を使いこなした。
いや、それのみではない。
屋敷中のガラスを一気に割ってしまうという暴挙。
いや、ちがう。
割ることが目的ではなかった。
自然と割れたのだ。
圧倒的な暴威とも言えるほどの魔力の余波で。
――訳分からん。
率直なオースの感想だった。
だが、その直後に恐ろしく精緻な魔法を見せられたのだ。
あのように荒れ狂う魔力を完全に制御している。
その証左であるかのように。
屋敷中のガラスが元に戻ったのだ。
なぜ、とかそういう疑問を感じるまでもなかった。
ただ、ただ、屈服させられたのだ。
学園の一年生に、である。
そんなおじさんが、昨日の今日で訪れた。
もはや悪い予感しかしない。
だから、オースの胃はものすごく痛くなったのだ。
「御用向きは伺ったのか?」
「いえ……そこまでは。今は前庭でお茶を楽しんでおられます」
「あいわかった。昨日と同じく侍女と従僕たちに声をかけよ。私は旦那様と奥様に報告をしに行く」
「畏まりました」
というやりとりをしていたときである。
ばーんとドアが開いた。
「オース! この魔力はヴィーちゃん……あら、どうしたのかしら? 顔色が悪いわよ?」
屋敷の奥方であるヴァネッサだ。
「奥様、私もたった今、報告を受けたところでございます。昨日と同様にヴェロニカ様とリー様がいらしております。また、本日はアヴリル様もご同行なされているとのこと」
「ほおん……アヴィーちゃんが?」
こくん、と首肯するオースだ。
「私は急ぎ、場を整えて参ります」
「任せたわ。私は……ヴィーちゃんたちはどこに?」
「前庭にてお茶をなされているとのことです」
「ああ――昨日と一緒ね。少し時間を稼いできてあげるわ!」
「奥様のお心使いに感謝を。旦那様は……執務室でしょうか?」
「ええ……体調も良くなったから溜まっている仕事を片づけると張り切っていたわよ」
「ありがとうございます。では、御前を失礼いたします」
深々と一礼して、オースはその場を去る。
大変なことになったと思いながら。
一方でおじさんたちだ。
「お母様、王妃様。本日は少し変わったお茶といきましょう」
ほおん、と目を細める母親だ。
「サイラカーヤ、あれといきましょう!」
はい、と侍女が返事をする。
どうやら、察したようだ。
宝珠次元庫から侍女は小さな鍋をだす。
調理をするわけではない。
もう既に作ってあるのだ。
それを火に掛けて、温める。
ついでにシナモンを投入しておくと、より風味が増す。
「お茶請けにはこちらをどうぞ」
おじさんがだしたのは小さな一口タルトだ。
タルト生地の上に、色鮮やかなソース。
その上にミントの葉があしらわれている。
「うわぁ……かわいいわね」
さっそく手を伸ばす王妃だ。
だが、その手を母親が制する。
「お姉さま、飲み物ができてからですわ」
「ぐぬぬ……ヴィーちゃんは食べたことあるの?」
「いいえ、これは初めてですわよ」
「楽しみにしていてくださいな」
うふふ、と笑うおじさんだ。
先ほどから侍女が温めていたものから、とても爽やかな香りが漂う。
「良い頃合いですわ」
おじさんが用意したカップに淹れていく。
それはホットレモネードだ。
少しショウガもいれているので、身体が温まることはまちがいない。
ただ爽やかなだけではなく、シナモンを入れたことんで風味も増している。
「召しませ、新作のホットレモネードとフルーツカードのタルトを」
「ああ……これはいいわね」
蜂蜜のしっかりとした甘み。
そこに加わるレモンの清冽な香り。
スパイスの複雑な風味。
素直に美味しいと言える。
しかも、飲んだだけで身体がぽかぽかしてくるのが嬉しい。
「はわぁ……このタルト、とっても美味しいわ!」
フルーツカードの一口タルト。
ざっくり言えば、卵黄と砂糖と果汁と果皮で作ったソースだ。
カスタードなどと違って、主に柑橘系のフルーツをまるっと使う。
よって、風味がとても強いのだ。
「うん、いいわね。リーちゃん、これは正式にお茶会のレシピにしましょう」
「料理長には既に伝えてありますので、いつでもどうぞ」
ニコリと微笑むおじさんだ。
「まぁ! なんて美味しそうな香りなの! ズルいわ! ヴィーちゃん、アヴィーちゃん!」
ヴァネッサである。
「お祖母様もどうぞ」
「ありがとう、リーちゃん。なんてデキた孫なのかしらね?」
「ずいぶんなご挨拶ね、お母様。久しぶりにお会いしたというのに」
王妃が軽く笑いながら、ヴァネッサに返す。
「だって、アヴィーちゃんもヴィーちゃんもこんなに美味しいお茶を教えてくれなかったじゃない?」
「私だって、今日が初めてなのよ?」
母親の言葉に、意外だと言わんばかりに目を見開くヴァネッサだ。
「でも、ヴィーちゃんのところはリーちゃんが色々と考えているじゃない?」
余計なことを言う王妃だ。
ちっと舌打ちをする母親。
王妃に舌打ちをするのは母親くらいのものだろう。
「まぁまぁそんな些細なことはよろしいではありませんか」
ね? とおじさんが微笑む。
自分もホットレモネードを飲みながら。
「そうそう。わたくし、ひとつ提案がありますの」
「ほおん……なにかしら?」
母親が反応した。
「うちの温泉に、王家、ラケーリヌ、サムディオからも人をだして欲しいのですわ。転移陣で各家を結ぶとなると、うちの使用人たちだけでは対応に追われて大変ですから。各家から人をだしてくださいな」
「ええと……どういうことなの?」
ヴァネッサが首を傾げている。
「ああ――そうね……説明が面倒だわ。リーちゃん、温泉に連れて行ってくれるかしら。うちの方の設置場所もリーちゃんの好きにしていいから」
「むふふ……承りました」
にやりと微笑むおじさんだ。
母親の許しが出たのだから。
そこへ家令であるオースが見苦しくない程度の速度で駆け寄ってきた。
「オース!」
母親の言葉に、はい! といい返事をするオースだ。
「お父様をこちらにお連れして。それと、あなたも一緒にきなさい」
「畏まりました!」
と、とんぼ返りで屋敷に戻っていく。
その後ろ姿を見ながら、ヴァネッサは言う。
「ねえ……いったいなんなのよ?」
「お母様、お父様がいらしたらご案内しますので」
「きっとビックリするわよ!」
ニヤニヤとする王妃だ。
「サイラカーヤ、大股で三歩右に寄ってくださいな」
おじさんが言う。
意味がわからないままに、侍女が言われたとおりにする。
その瞬間、おじさんがすっと手を伸ばす。
「……なにを覗き見していますの? 趣味が悪いですわよ」
ぐにゃりと空間が歪んだ。
おじさんの手がなにかを引きずりだしたのであった。




