1147 おじさんはタウンハウスに戻り蛮族たちと相対する
「そうなのね。よかったわぁ」
王妃である。
おじさんたちはタウンハウスの前に王妃の部屋へと転移していたのだ。
で、なにがあったのかを報告したのである。
「お父様がお倒れになったとしか聞かなかったから」
本当に良かったと安堵する王妃だ。
「そちらはもう心配いりませんわ。わたくしが手を打ってきましたので」
オリハルコンを使って義歯を作ったなどと言えば、大変なことになる。
なので話を誤魔化しておくおじさんだ。
バレるのは時間の問題かもしれない。
だが、この場で王妃の心を乱すようなことを告げる理由もないのだから。
「リーちゃんが言うのなら安心ね。ありがとう。お礼はきちんとするから」
「わたくしにとっては祖父なのですから、そのお気遣いは不要ですわ」
「リーちゃん、そこは素直に受け取っておきなさい」
母親がおじさんをたしなめる。
王妃は苦笑いだ。
「そうですわね。承知しました」
おじさんの返答に母親は満足そうな表情になった。
「ところでお姉さま、聞いてくださいな。カイお兄様ってば……」
母親が王妃に話しかける。
あの件を話したいのだろう。
これは長くなりそうだ。
そう判断したおじさんは一足先に退散することにした。
「ミーマイカ、お母様のことをお願いしますわね」
「畏まりました。お嬢様はお屋敷に?」
「ええ……ククノを残してきましたから」
「そうでしたわね」
「ですので、後のことは頼みましたわ」
と、おじさんは侍女を連れて転移するのであった。
「今日はあちこちと大変でしたわね」
時刻はすっかり夕刻である。
おじさんたちはタウンハウスの庭に転移していた。
精霊獣であるオブシディアンのところへ転移したから。
黒い大きな犬の精霊獣だ。
その背には妹が乗っていた。
脇を固めるように二頭の剣歯虎もいる。
「あ! ねーさま!」
妹がおじさんに気づいた。
オブシディアンがおじさんに近づいてくる。
その頭をなでてやるおじさんだ。
「ただいま戻りました」
精霊獣の背から、妹が飛び降りる。
おじさんにむかって。
「ソニア、危ない」
言いつつも、しっかり受けとめるおじさんだ。
「おかえりなさい、ねーさま」
おじさんにぎゅうとしがみつく妹である。
甘えたいのだろうか。
「ソニア、ククノには会いましたか?」
「うん。けるちゃんとにてるね」
耳の形が、だろうか。
性格的には似ていないと思うが……。
エントランスへ。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
数人の従僕が出迎えてくれる。
おじさんの姿を見かけたのだろう。
「ただいま戻りました。ククノはどうしていますか?」
「……それが」
と、従僕の一人が苦笑を漏らした。
「サロンにご案内いたします」
従僕の言うとおりにするおじさんだ。
サロンの中には、蛮族たちがいた。
ケルシーと聖女である。
そして、ククノ。
「なにこれええ!」
「ふっふっふ。それはリーが開発したという四十八のレシピのひとつ。どら焼きよ!」
聖女が勝ち誇ったように言う。
「んまーい!」
と、どら焼きを頬張るケルシーだ。
「ほれほれ、あんたもいったんさい」
聖女に勧められて、恐る恐る手に取るククノだ。
覚悟を決めたように目を閉じて、ぱくりといく。
次の瞬間、ククノの目が大きく開かれた。
「……美味しい」
「そうだ、堕ちるがいい。この甘美なる世界に」
ふははははと聖女が高笑いをする。
「……なにをやっていますの?」
そこへ声をかけるおじさんだ。
「げえええ!」
とても乙女らしくない声をあげる聖女だ。
「あ、おかえりなさい。御子様」
「ククノ、ここではリーと呼んでくださいな」
「うう?」
妹がおじさんを見ている。
御子様がなんのことかわからないらしい。
なので、おじさんがかんたんに説明してやる。
聖樹国で信仰の対象になっている風の大精霊と仲が良いと。
「ほええ……そんなところにも繋がりがあるんだ」
聖女が感心している。
「ちょっとした縁があったのですわ」
聖女といえど、女神様関連のことは話しにくいおじさんだ。
「ところでエーリカは何か用があったのですか?」
「うんにゃ、べつに。今日は学生会がビブリオバトルの準備してるから、ケルシーと先に帰ってきた」
要は戦力外通告を受けたということだろう。
なにせ蛮族だから、書類仕事にはとことん向いてない。
「……そうですか。まぁククノの相手をしてくれて助かりましたわ」
そう言えば、とクロリンダを探すおじさんだ。
彼女はククノと知己のはずである。
「リーはどうしてたの?」
「わたくしですか?」
ん~と少し考えこむおじさんだ。
「わたくしは聖樹国に用があったのですわ。そこのククノとお話があったので」
「へえ……」
「春からの留学生ですのよ、ククノは。それで引き受け先になる王家にご挨拶に行ったりしていましたわね」
ラケーリヌ家のことは伏せておくおじさんだ。
「そうなんだ。王家の預かりって大変じゃないの?」
「べつに王家だからといって特別なことはありませんわよ。もちろん礼儀作法や王国の考え方など勉強することは多いでしょうが」
うへえと声をあげる聖女だ。
「クロリンダはどうしましたの?」
疑問を口にするおじさんだ。
だが、ケルシーはどら焼きに夢中である。
「ケルシーの侍女さんなら、アドロスさんに呼ばれてたわよ」
「……そうですか。まぁいいでしょう」
侍女がお茶を淹れてくれる。
今回は花茶だ。
茶葉で玉を作り、その中心に干した花を入れたものである。
お湯を注ぐと、茶葉がはがれ、中にある花がゆっくりと開いていく。
こちらはカフェインが含まれる。
なので、母親たちにはださなかったのだ。
「ほええ……きれいなお茶ねえ」
「でしょう?」
聖女がどら焼きをぱくつく。
お茶をのみながら。
「テケリ・リ、テケリ・リ」
おじさんの宝珠次元庫から、シンシャが顔をだす。
そして、一通の手紙を吐きだした。
「お利口さんですわね」
と、シンシャをなでるおじさんだ。
ついでに魔力も持って行かれるが、どうということはない。
「あら? お母様からですわね」
手紙を開くおじさんだ。
「ん~そういうことですか」
「どったの?」
「いえ、少し面倒なことになったなと」
手紙の内容はラケーリヌ家についてだ。
転移陣の設置について書かれていた。
母親は王妃に相談したようである。
どうせヴァネッサはこちらにきたがるだろうから、と。
それには王妃も同意したようだ。
だが、きたらきたで帰らない可能性が高い。
なので、事前に手を打っておけという話である。
おじさんはかまわない。
転移陣の設置など、さほどの手間でもないのだから。
ただし、カイという伯父が面倒なだけである。
あと、そうなったらラケーリヌだけという訳にはいかないだろう。
サムディオの本家とも転移陣を繋ぐ必要がでてきそうだ。
仲間はずれになるから。
今代のラケーリヌ家とカラセベド公爵家は縁戚である。
が、それを言い出せば、三つの公爵家と王家はぜんぶそうだ。
「そう言えば、エーリカ。コントレラス侯爵家の奥方とはどうですの?」
「どうもこうもないわよ」
と、嫌そうな顔をする聖女だ。
「あの一件から、見直されたというか。なんかちょっと扱いがちがうんだもん。いきなりだと慣れないわよ」
「ん~まぁ礼儀作法に関しては早めに身につけておいた方がよさそうですわね」
「え!? なんでそーなるの?」
「礼儀作法を身につけるって大変ですもの。しっかりお勉強しておかないと」
「いーやーだー!」
ごねる聖女である。
そんな聖女の身体が持ち上げられた。
「特訓ですね! お嬢様!」
侍女である。
喜々とした表情だ。
今日は不完全燃焼だったのだろう。
「え? ちょ……」
「な、なにをするだー!」
ケルシーも捕まっていた。
「さ、行きますわよ!」
蛮族たちは声を揃えて叫んだ。
「リー! 助けてええええ!」
「ご武運を」
今回ばかりは甘やかさないおじさんであった。




