1146 おじさんのわからせはだいたいこうなる
ラケーリヌの次兄カイ。
代々宰相を排出する名家にあって、少し異端の問題児である。
異端の代表格である末妹のヴェロニカがいるから、比較的にマシだとされているだけ。
どうにも次兄カイは人との距離感の保ち方がおかしいのだ。
特に気を許している家族にはぐいぐいくる。
末妹に対しては特にだ。
だから、母親はこの次兄があまり好きではない。
うっすらとイヤな思いをさせられるのだ。
多少の我慢は母親とてする。
故に次兄の行動を苦笑いで許すこともあるのだ。
だが――久しぶりに再会した次兄カイの行動はちょっとキツかった。
少し時を戻す。
おじさんが転移した後のことだ。
「さて、お母様。あのバカはどうしましょう?」
「ん~あれに悪気はない、ということはわかってあげて欲しいわね」
「そんなことは百も承知ですわ」
母親とヴァネッサは顔を合わせて、そして同時に笑った。
「でもね、リーちゃんの婚約者はいないのでしょう?」
「ええ……殿下との婚約は破棄しましたから」
「アヴリルからも報告があったわ」
王妃である。
意外と王妃はこまめに実家と連絡をとっているのだ。
母親はさっぱりだけど。
「婚約者がいないというのは少し不格好ではない?」
「ほおん……なら、お母様は連れてこれるのかしらね、うちのリーちゃんにふさわしい相手を」
「う……」
一瞬にして言葉に詰まるヴァネッサだ。
おじさんのことは聞いていた。
噂というよりも確かなくらいの確度で。
ただ、それがすべて本当だとはとても思えなかったのだ。
だって、まだ学園の一年生なのだから。
「ひとつ確認しておきたいのだけど、アブリルから聞いたことって本当なの?」
「どの話のことかわかりませんから、正確なことは。ただお姉さまからの話であれば、真実だと思ってもらってかまいませんわ」
自信満々に答える母親だ。
どやっという感じである。
対して、ヴァネッサは深い息を吐く。
「ん~あなたがそこまで言うのなら本当なのね」
「そもそもお姉さまの呪いを解いたのも、リーちゃんですし」
「そうよねぇ……そんな子に釣り合う相手なんていないわよね」
「だから、うちはすべてリーちゃんに任せることにしました。ですので、そこの阿呆にあれこれと言われる筋合いはございませんわね」
おほほほ、と声をあげる母親である。
「ヴェロニカ、お前がそこまで認める娘だからこそ、余計に手に入れたくなる」
カイが復活してきたのだ。
「手に入れる……ですって?」
ビキビキと母親の額が蠢く。
「そうだ。オレはお前のことを天才だと認めている。だからこそ、その天才が認める娘を我が家に……ぶはあ!」
母親が動く前のことだった。
侍女が動いたのだ。
豪快な腹パンをキメたのである。
「無礼な! 私のお嬢様をなんだと思っているのですか!」
「使用人風情が、誰に手を出したと思っている!」
腹を押さえながら、叫ぶカイ。
そのカイに向かって、母親は言った。
「私が許すわ。うちとやるって言うのなら、それなりの覚悟を持ってちょうだい」
「ちょ、ちょっと。ヴィー! カイ! やめなさい」
思わず、割って入るヴァネッサだ。
兄妹で争いだなんて……いや、そも争いにはならない。
「ほおん……ヴェロニカ、身重の身体でなにができる?」
「……本当に阿呆ね」
「なに? どういうことだ?」
「サイラカーヤ、やっていいわよ」
「畏まりました」
そう。
そもそもこの場でやってしまえばいい。
戦争になどせずともいいのだ。
圧倒的な力を見せつければ、それで終わりだ。
「ミーマイカ、あなたもかしら?」
「もちろんでございます。うちのお嬢様に対して随分とナメた口をきいてくれましたので。これは制裁ですわ」
侍女長も一歩前に出る。
「……侍女ごときが!」
「ほおん……まだわかってないようね」
「ちょっと! 本当にやめて、ねえ。二人とも」
ヴァネッサが顔を青くして、叫ぶ。
「お母様、ケンカを売ってきたのはカイお兄様ですわ」
「う……」
否定できないヴァネッサ。
そこへおじさんが戻ってきた。
デミアンを連れて。
「そうですか。では、ご存分に」
しれっと言うおじさんである。
だって、だいたいのことは想像がついたから。
「お嬢様、私が出ましょうか?」
ランニコールである。
先ほどから、かなりイラついていたのだ。
「ん~どういう状況ですの?」
「侍女長と私でこちらのお相手をしようかと」
侍女が色々とすっ飛ばして報告する。
「よく我慢しましたわね。ですが、あなたが出るとちょっとマズいことになりそうなので、サイラカーヤと侍女長に任せましょう」
「御意」
スッと引くランニコールだ。
ただし、そうは言われても、である。
既に眷族を飛ばしていた。
いつでも家自体を潰せるように。
「リ、リーちゃん。その……不穏なことはなしにならんかね」
デミアンが頬をひくつかせながら言う。
彼は知っているのだ。
侍女長の実力を。
「わたくしに言われても困りますわよ、お祖父様。そもあちらの御方がお母様にケンカをお売りになったのでしょう?」
「それはそうなんだけど」
「父上! よろしいのですか? リーは我が家にこそふさわ……」
ばがん、とカイの顔のすぐ横を侍女の拳が撃ち抜いた。
「は!?」
「次は当てます。首から上を落とさぬようにお気をつけあそばせ」
侍女が不穏なことを口走った。
「ちぃ。当てても良かったのに」
もっと不穏なことを言う母親である。
「え? なにその動き……」
「お祖母様、わたくしのサイラカーヤは強いですわよ」
おじさんの一言に、ふんすと鼻息を荒くする侍女だ。
「リーちゃん?」
ニコニコとしているおじさんだ。
その表情を見て、ヴァネッサは悟った。
これ、あかんやつ、と。
自分の娘であるヴェロニカも同じような表情をしているのだから。
「さて、お母様。どうします?」
おじさんが母親に聞く。
「どうもこうもないわね。うちにケンカを売ったのだから、その命であがなってもらいましょう」
もはやヴァネッサは何も言えなかった。
とんでもないものの逆鱗に触れたと理解したから。
「待ったああああ!」
そこへ割って入ったのはデミアンだ。
「カイ、謝れ。膝をつき、頭を垂れよ。そして――二度とバカなことを口にしないと誓え!」
「ほおん……」
目を細める母親だ。
「ぐぬ……オレは良かれと思ってだな」
「それが良くないのだといい加減にわかれ、この馬鹿者が!」
「ヴェロニカとその娘と仲良くできると思ってだな」
「もう黙れ、今すぐに膝をつけ」
「うぐぐ……わかった」
膝をつき、頭をたれるカイだ。
それは土下座である。
「悪かった。オレはオレで良かれと思ったんだよ。だが、それは望まぬことであったのだな。もう二度と口にしないと建国王様に誓おう」
建国王に誓う。
王国貴族においては絶対に違えられない宣言である。
「……お父様の顔を立てるのは今回だけだから」
母親が言う。
その言葉にホッと胸をなでおろすヴァネッサだ。
「そうそう。お祖母様、少しだけ見せておきましょうか」
「……なにをかしら、リーちゃん」
「先ほどお母様が仰せになっていた、ラケーリヌの奥伝のことですわ」
「ああ……あれを使えるの?」
「一度、見せていただきましたので。確か……こうでしたわよね」
おじさんが魔力を開放した。
しかも、奥伝である外しを使って。
ばりりりと雷が落ちたような音が響く。
ついでにラケーリヌ家の窓ガラスがすべて割れた。
ビリビリと空気を震わせ、おじさんの身体が宙にうく。
荒れ狂う暴風のような圧倒的な魔力だ。
デミアンとヴァネッサは膝をついていた。
カイは半ば気絶してしまう。
おじさんがそうなるように威圧したから。
ちなみに母親たちへの被害はゼロだ。
ランニコールがしれっと結界を張っていたから。
「ま、こんなものですわね」
ピタリと魔力の噴出が止まる。
おじさんの足が床についた。
「ついでに」
ぱちんと指を弾くおじさんだ。
割れたガラスが元通りになる。
「これが時戻しの魔法ですわ!」
もはや息をすることすら忘れるほどの衝撃であった。
奥伝を使いこなし、さらには逸失した魔法をもこともなげに使う孫娘。
「さて、お祖父様の不調も治しましたし、お暇いたしましょうか?」
母親に確認をとる。
「そうね、帰りましょう」
こくんと頷くおじさんだ。
「では、お祖父様、お祖母様。またお会いできる日を楽しみにしております」
「……久しぶりに会えて良かったわ」
侍女と侍女長が頭を下げた。
そして――おじさんたちは転移で姿を消す。
残されたラケーリヌの祖父母とカイは呆然としていた。
「……カイ。わかったな?」
デミアンが短く口を開く。
「ああ……わからされた」
「……あなた」
ヴァネッサが言う。
「なにかな?」
「私、ちょっとカラセベド公爵家にお邪魔してくるわ。とりあえず一年ほど」
「だあああ! なんでそうなるの!」
ラケーリヌ家はおじさんに振り回されたのであった。
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。




