1144 おじさん祖父が抱える悩みを喝破する
ラケーリヌ家の前当主デミアンは食欲不振の末に倒れた。
――というのが、おじさんの見立てである。
特製の胃薬と栄養剤。
この二つを渡しておいたのだが……。
「どうかしら、リーちゃん?」
母親がおじさんに確認をとる。
おじさんはデミアンを前にして、じっくりと診ていたのだ。
「どうやら胃腸の調子も治ったようですわね。これで食欲不振も改善するのではないでしょうか……」
少し口ごもるおじさんだ。
表情は完全に苦笑い。
だって、目の前のデミアンは生傷だらけだったから。
どうやら母親がフルボッコにしたようだ。
藪ヘビになりそうだから、聞くつもりはない。
おじさんは賢明なのだ。
「ま、ついでです。治してさしあげましょう」
治癒魔法を使うおじさんだ。
聖女が使うよりも効果のある治癒魔法である。
一瞬でデミアンの傷が治った。
それを見て、ちぃと舌打ちする母親だ。
「ヴィーちゃん、リーちゃん、せっかくだから夕食を食べていきなさいな」
空気が悪くなりかけたところで、ヴァネッサが声をかけた。
「ん~どうしようかしら?」
と、おじさんを見る母親だ。
「良いかと思いますわ。久しぶりですし、お母様も楽しまれてはどうです?」
「それもそうね」
「わたくしはお父様たちに報告してまいりますので……あとは親子水入らずということで」
逃げだそうとしたおじさんの手をグッと掴む母親。
ニコッと微笑むおまけ付きである。
「もう。仕方ありませんわね」
「決まりね」
ヴァネッサが手を叩いて喜ぶ。
なんだかんだで嬉しいのだろう。
子どもたちは巣立っていった。
近くに残っている子もいる。
が、実家に顔を出すことはほとんどないのだから。
ちなみに母親も里帰りするのは、家を出てから初めてである。
「リーとは生まれて少ししてから会ったことはあるが、大きくなったな」
がはははと笑うデミアンだ。
「そうでしたの?」
「当主の代替わりをするまでは王都にいたからな」
「……なるほど」
ちょうど良いタイミングだったということか。
おじさんが生まれたときは。
「ところで、さっきから気になっていたのだけど、お父様、それって義歯よね?」
母親が言う。
そのことに頷くデミアンだ。
デミアンの前歯など一部が金色なのである。
「二年ほど前か。歯が抜けてしまってな」
実は金歯の歴史は古い。
おじさんの前世での話だが、古代エジプトの時代には既に使われていた。
近代になって用いられるセラミックなどの素材がある。
が、実は金を超える素材は未だにないとも言われるほどだ。
柔軟でしなやかなので、隙間が生まれにくく、他の歯を痛めないから。
ただ、お高い。
ちなみに王国の庶民たちは、骨や木製の義歯を使っている。
金歯は貴族としての象徴だとも言えるだろう。
「ほおん……いい職人を見つけたのね」
「うむ。我が領には金山もあるからな」
デミアンはすっかり元気を取り戻している。
おじさんのお薬が効いたのだ。
ただ、おじさんは気になっていた。
そもそもなぜ食欲不振になったのか、を。
「あ……」
おじさん、なんとなく気づいてしまった。
これ、ひょっとして義歯のせいでは、と。
「ん? どうかしたのリーちゃん」
ニコニコとしながらヴァネッサが聞く。
「いや、思い過ごしであればいいのですが……」
ただ、断定してしまっていいのだろうか。
おじさん、医学には明るくない。
いや、王国における医療知識みたいなものは学んでいる。
ただ前世の知識をベースに考えれば、うさんくさいことも多いのだ。
だから――少し躊躇してしまう。
「リーちゃん、思うことがあれば言ってみなさい」
ヴァネッサに促されて、おじさんは口を開いた。
「お祖父様、少しお尋ねしたいのですが」
うむ、と大仰に頷くデミアン。
「もしかして義歯を入れてから、食事がしにくいのでは?」
「あ~それは否定できんな」
「噛むと痛いから十分に噛めないとかありませんか?」
首肯するデミアンだ。
「そういうことでしたか……お倒れになったのも食事が満足にとれなかったからでしょうね」
「何度か職人に調整させておるのだがな……どうにもいかんのだよ」
歯の問題というのは影響が大きい。
おじさんはそう思うのだ。
前世では、歯に悩みはなかった。
ただ、先輩たちが言っていたものだ。
歯は大事にしろよ、と。
義歯になってから食生活がすっかり変わってしまった、と聞いていたから。
「今のままだと、またお倒れになる可能性が高いですわ。わたくしの栄養剤などを飲むとしても、毎日というわけにはいきませんしね」
「リーちゃん、この際だからやっていいわよ」
母親からゴーサインがでる。
いつものようにやってしまえ、と。
「なに? どういうことなの?」
ヴァネッサは興味津々といったところだろう。
「お母様、黙ってみてなさいな。うちのリーちゃんがやることを」
「……むぅ」
押し黙るヴァネッサ。
そこで変わってデミアンが口を開く。
「リーはできると思うのかな?」
「正直に言いますわね。できるかできないか、と言えばできると思います」
「なら、リーを信じることにする」
「いいのですか?」
ちょっとビックリするおじさんだ。
孫だと言っても、実質的に今日が初対面のようなものだから。
いきなり、そんなことを任せるなんて、と思ったのだ。
「なに、あのヴェロニカが信頼しておるからな。それを疑うほどバカではないわい」
「……なんて言い草かしら」
ちょっと母親のご機嫌が斜めになる。
あの、とかつけるから。
「いいでしょう」
おじさんが立ち上がった。
迷いを吹っ切るように、力強く宣言する。
「トリちゃん!」
『……ふむ。今度は義歯か。主も色々と忙しない』
「御託はいいのです。トリちゃん、最適な素材は?」
『うむぅ。我の知る限りでは……』
少し口ごもるトリスメギストスだ。
あんまり言いたくないというのが声音から伝わってくる。
「オリハルコンですわね?」
『はぁ……あまり大っぴらにするものではないぞ、主よ』
「ですが、時戻しの魔法を使うわけにはいかないでしょう?」
『で、あるな。祖父殿にかけると言うなら若返ってしまうしな。歯だけを狙って使うことも……まぁ主と我ならできるやもしれんが』
「ちょっと待ってちょうだい!」
おじさんと使い魔の話し合いに悲鳴に似た声が響いた。
ヴァネッサだ。
「今、時戻しの魔法とかオリハルコンとか聞こえたけれど! どういうことか、きちんと説明してほしいわ!」
「お母様、だから言ったでしょう? 黙ってみてなさいな、と」
母親が釘を刺す。
いつまで経っても話が進まないから。
「お、オリハルコン? 伝説の金属ではないのかな?」
祖父も驚いている。
「出所はあかせません。が、わたくしは所有していますので」
『あ~こうなるから言いたくなかったのだ』
そこへドタドタとした足音が聞こえてくる。
「カイ様! 少々お待ちになってください」
家令であるオースの声が聞こえてくる。
「うるさい! ヴェロニカが帰ってきてるんだぞ!」
「カイ様!」
ばーんと扉が開いた。
そこにいたのは宰相と似た風体の男性である。
「ヴェロニカ! 久しいな!」
「相変わらずですわね、お兄様」
ん~と思うおじさんだ。
宰相に弟がいたの? と。
まだまだ混乱は続きそうである。




