1143 おじさん祖父の病を癒やすことにする
ラケーリヌ家前当主の寝室である。
平たく言えば、おじさんの祖父の部屋だ。
「なによ、本物のヴェロニカって? お父様、耄碌したわね」
「も、ももも耄碌って……ちょっとキツくないかな?」
「せっかくお見舞いにきてあげたのに」
スッと母親が歩いて、寝台の横へ。
「顔色は悪くないわね。倒れたって聞いたけども……」
「ヴェロニカ、その前にだ。そろそろ魔法を解いてもいいんじゃないかな?」
「魔法? 今は使ってないけど?」
きょとんとする母親だ。
「いやいや、だって若いときのヴェロニカがそこに……」
祖父がおじさんを指さす。
「はじめまして、お祖父様。わたくしがリーですわ」
行儀正しく貴族の礼をとるおじさんだ。
その姿を見て、祖父は声をあげた。
「なんだと! 礼儀正しいヴェロニカだと!」
「……いい加減にしないと怒るわよ?」
ばちちちと空気が震える。
母親が魔力を励起させているのだ。
「ちょっと! ちょっと待とう!」
「なによ?」
「今、リーって言った? かわいい孫のリー?」
「かわいいかどうかは知りませんが、わたくしがリーですわ」
再度、自己紹介をするおじさんだ。
ニコッと笑顔つきである。
「はう! なーんて愛らしいのか! 見たか、ヴェロニカ。これだ、この笑顔。笑顔が足らんかったのだ!」
「ほおん……こうかしら」
顔の筋肉だけで微笑む母親である。
だが、それは優しいとか朗らかというものではなかった。
肉食獣が威嚇するような、そんな笑顔である。
「う……うん。そうだね、か、かわいい」
「まったく。お父様ったら!」
母親がどすんと腹に一発入れる。
「ぐほう……」
なんだかラケーリヌの本家は愉快な人が多い。
そんなことを思うおじさんだ。
「リーちゃんはどう見立てるかしら?」
ふむ、とおじさんは頷く。
ここへきた本題はそれだ。
倒れるということはなにか不調があったのだろう。
その原因はなにか。
もし、大きな病気が隠れているのなら大変だ。
すぐにでも対処をした方がいい。
学園長を診たときの力を使う。
不調がある部分が光って見えるアレだ。
「ん~多少の体調不良は否めませんわね……たぶん」
おじさんの目には見えていた。
なにやら胃腸のところがオレンジ色に光っているのが。
「最近、食欲不振とかありませんか?」
「……そう言われてみれば、確かにお食事の量が減っております」
答えたのはマルセラである。
デミアンはまだお腹を押さえて呻いているから。
「ご年齢のせいもあるかと思っていたのですが……」
「どうやら胃腸の調子が悪いようですわね」
「ほおん……それで倒れてしまったと? そう言えば、以前よりも痩せたような気がするわね」
げっそりとまではいかない。
だが、記憶にある父親よりも痩せていると思うのだ。
「ここ二・三ヶ月ほどでしょうか。食事の量が減ったのはそれでお痩せになったのです」
「栄養不足ということかもしれませんわね。要は生きていくのに必要なものが食事でとれなくなったということですわ」
ということで、とおじさんは宝珠次元庫から胃薬と栄養剤をだす。
「こちらを飲ませてあげてくださいな。両方とも一日に一本で十分です」
「畏まりました。リーお嬢様」
できる侍女のようである。
「お父様、聞こえているでしょう? しばらくは静養なさってくださいな」
おじさんの母親がデミアンに顔を近づけて言う。
「う……わかった。ヴェロニカ、ありがとう」
「礼を言うなら、リーちゃんに言いなさいよ」
「うむ。リー、ありがとうな」
「どういたしまして、ですわ」
さて、とおじさんは母親を見た。
「お母様、つもる話もありましょう。わたくしたちはどこか別の場所にいますので」
おじさんの提案に、母親は軽く息を吐く。
「……そうね。少しお父様と話をしていくわ」
「では、私がサロンにご案内をいたしましょう」
マルセラがスッと頭を下げた。
そのまま退室して、サロンへと足を運ぶおじさんたちだ。
「リーお嬢様はヴェロニカ様のお若いときに似ておられます」
マルセラがおじさんに言う。
「そうなのですか?」
「ええ……本当に」
規格外なところとか。
だって、この年齢で医学にも精通しているとはとマルセラは思うのだ。
「そう言えば……」
と、おじさんが口を開きかけたときである。
庭からちゅどーん、と大きな音が聞こえてきた。
「お母様のお若いときの話はあまり聞いたことがありませんわね」
まったく動揺しないおじさんだ。
あの程度が音が鳴ったところで、という感覚である。
「そうですわね……ヴェロニカ様は才気にあふれ、奔放で、そして誇り高い御方ですが、それは今も変わらないかと」
マルセラも気にした様子がない。
どうやら肝が据わっているようだ。
「ですわね」
ラケーリヌの領都近くでは茶葉の生産が行われている。
それは特産品のひとつだ。
特に公爵家では、いい茶葉が手に入りやすい。
と言うことで、おじさんは紅茶を楽しんでいる。
侍女たちもその美味しさには目を見張っていた。
少し手に入れて帰るとか聞こえてくる。
『主よ、少しいいか』
トリスメギストスだ。
おじさんのところに転移してきたのである。
「どうしたのですか、トリちゃん」
『うむ。主の祖母殿は魔力切れのようである』
「……音が止まったと思えば、そういうことですか」
『魔力吸収型の結界を張っておいたから問題はないぞ』
「なるほど……そう仕向けたのですね?」
『な、ななな何のことやら? 我に心当たりはないぞ!』
苦笑しつつ、おじさんは指を鳴らす。
先ほど魔力の質は覚えた。
なら、逆召喚が使える。
「うぐぐ……」
はぁはぁと息を切らすヴァネッサだ。
だが、その表情は喜々としていた。
「お祖母様、もう今日は魔法を使わないというのなら、回復薬をお渡しします」
「リ、リーちゃん!?」
「どうしますか?」
有無を言わせない。
この手の人物には交渉の余地などないのだ。
と言うか、交渉すれば丸め込まれる。
おじさんはよく分かっているのだ。
「……わかったわ。約束する」
「いいでしょう」
ふわり、と微笑む。
回復薬を渡すとお上品に飲むヴァネッサである。
グビビビッと一息にいく蛮族たちとはちがうのだ。
「ふぅ……美味しいわね、この回復薬」
「でしょう? わたくしが作りました!」
自慢するおじさんだ。
そんな孫のことがかわいくて、ヴァネッサはぎゅっとおじさんをハグする。
「さっきはごめんなさいね。ずっと探していた万象の文殿が目の前にあったものだから、舞い上がってしまっていたわ」
うちの子にならないか、というものだ。
ある意味ではとても失礼な話ではあるのだから。
「本当に……」
と、祖母が頭を下げかけたところで、おじさんが手で制す。
「もういいですわ。それよりも色々とお話を聞かせてくださいな」
「そう……そうね。ありがとう、リーちゃん」
「では、サロンに行きましょうか」
と、そこで轟音とともに、部屋の一部が吹き飛ぶ。
「ああ――」
おじさんは嘆息する。
母親だ、と。
「ぬわあああ! ちょっと、ちょっと待とう! ヴェロニカあああ」
ふふ、と笑うヴァネッサだ。
「いつものことよ」
そうですか、と苦笑するしかないおじさんであった。




