1141 おじさん母方の祖母と出会う
ラケーリヌ公爵家において、ヴェロニカという名は生ける伝説である。
結婚を機に家を出て、早十数年。
未だにその名は色あせていない。
色んな意味で。
故に――ヴェロニカきたる。
しかもなぜかもう門を通った。
その報せがあったとき、家令であるオースは思ったのだ。
これは大変なことになる、と。
いや、あくまでもヴェロニカは悪名ではない。
勇名である。
ただ、貴族。
どうしようもなく貴族なのだ。
「従僕と侍女に緊急招集をかけろ。ヴェロニカ様のお戻りだ! 私は奥方様に報せに行く!」
家令であるオースの叫び。
それはとてもとても珍しいものであった。
故にラケーリヌ本家の使用人たちの間に緊張が走る。
特に母親を知る古参の者たちの間で。
一斉に集まり、出迎えの態勢をとる。
本家のエントランスで、だ。
少しだけ時を遡る。
家令の命を受けて、衛兵は走った。
時間を稼ぐために。
だが、どうやって時間を稼げばいいというのだ。
そんな疑問が彼の頭の大半を占めていた。
しかし、だ。
彼の頭の中は吹っ飛んでしまう。
さっきはよく見ていなかった。
だが、気づいてしまったのだ。
母親の隣に立つおじさんの存在に。
――そう。
門衛が見たこともない超絶美少女がいたのだ。
母親も大層美しい娘であった。
いや、現在進行形で美しい。
その母親ですら霞んでしまう超絶美少女。
「はうあああ!」
うっすらと畏敬の念すら抱かせる美しさ。
そこに存在するというだけで、景色が輝いて見えるというか。
もはや人の形をした美がそこにある。
門衛は気がつけば、跪いていた。
そうするのが自然というか。
なんというか見てはいけない的な思いを抱いたのだ。
「さっきの門衛さんですわね」
「なにをしているのやら。お母様に話はつけてきたのかしら」
「オース様に報告をしてまいりました。今、お出迎えの準備を整えているところです」
包み隠さず言う。
それこそが誠意であると感じたのだ。
「そう……お父様の容態はどうなのかしら?」
「ハっ。今のところお命は別状はない、と典医殿は申しておりました」
「ん~ご病気なのかしらね」
「お母様、お命に別状はないのであれば、少しゆるりと致しましょうか」
「そうね、どうせ準備に時間がかかるのでしょうし」
のんびりとした会話をする母と娘である。
「あちらを使ってもかまいませんか?」
噴水のある広場の一角である。
日当たりも良さそうな場所だ。
「いいんじゃない? 私が許可するわ!」
では、とおじさんが短距離転移を使って移動する。
宝珠次元庫から椅子とテーブル、茶器をだす。
指を鳴らすと母親たちが引き寄せられる。
自然と椅子に座る母親だ。
「ランニコール、結界をお願いしますわ」
「畏まりました」
執事然としたランニコールが魔法を発動させる。
気温を調整する魔法だ。
これで寒くない。
「お母様、こちらを」
それでもおじさんは暖房具をだす。
椅子の座面に敷く、座布団型の魔道具である。
ホットマットの簡易版だ。
「ミーマイカとサイラカーヤも必要ですか?」
嬉しそうに頷く侍女たちである。
ランニコールが茶器を使って、お茶を淹れた。
「ほおん……これは見た目が美しいわね」
「果茶と呼んでいます。干した果物を使ったお茶になりますわね」
果物を干したものがベースなのでカフェインもない。
妊婦さんにも優しいお茶なのである。
「今回のはリンゴを主に使っていますが、風味に柑橘系の果物とスパイスを少々まぜてありますの」
「いいわね」
と、口をつける母親だ。
優しい果物の甘みがでている。
それに柑橘系の爽やかさ。
加えて、スパイスがいいアクセントになっている。
「美味しいわ……これ」
「お気に召しましたか? 果物の種類や組み合わせで味も変わりますので、飽きることがないと思いますわよ。うちの侍女たちに言って干し果物は作ってもらってありますから」
おじさんが魔法を使えば一瞬で作れる。
ただ、それでは再現性がない。
ということで侍女たちにお願いしていたのだ。
「甘味が足りなければ、お砂糖を足してもいいですわよ?」
侍女と侍女長に言うおじさんだ。
二人は少し砂糖を足している。
風味はいいが、飲み慣れないので甘みが欲しいのだろう。
「焼き菓子でもだしましょう」
お茶請けも用意するおじさんだ。
口当たりのいいクッキーである。
バターの風味がとてもいい。
侍女長は思う。
こんなにのんびりしていていいのか、と。
侍女をちらりと見た。
いつもながら、マイペースにおじさんと談笑している。
「大丈夫よ、ミーマイカ。あれでもうちのお父様はしぶといんだから」
「しぶとい? どういうことでしょう」
おじさんが食いついた。
ちょっとした言葉で、ボロがでたことを悟る母親だ。
「ちょっと魔法戦の相手をしてもらっただけよ」
おほほほ、と笑って誤魔化す母親である。
「ほおん……ヴィーちゃん、楽しそうねえ」
そこには年配の女性がいた。
ただ老女というには、見た目が若い。
どちらかと言えば、王妃様に似ているだろうか。
いや、恐らくはとおじさんはスッと立ち上がった。
「お初にお目にかかります。リー=アーリーチャー・カラセベド=クェワと申します」
がちっと貴族風の挨拶をするおじさんだ。
今日はパンツスタイルなので、カーテシーはしない。
おじさんの後ろで侍女長と侍女も深々と頭を下げていた。
「ああ――あなたが。そうねえ……さすがに覚えてないわよね」
ん? と思うおじさんだ。
「ヴァネッサよ。ヴァネッサ・セレリア=ラケーリヌ・ピタルーガ。そこのヴェロニカの母親。あなたにとってはお祖母ちゃんね、リー」
優しい笑みであった。
ぎゅうとおじさんをハグするヴァネッサ。
「とっても愛らしい子ね、ヴィーちゃん」
「自慢の娘ですから」
母親が自分の宝珠次元庫から椅子をだす。
座り心地のいいやつだ。
「どうぞ、お母様。先に用を済ませておきたいのだけど、いいかしら?」
「……デミアンのことね」
こくんと頷く母親だ。
その間に侍女長がお茶を淹れている。
侍女はお菓子の準備だ。
「倒れたと聞いたからきたのだけど」
「そうね。命に別状はないのよ、たぶん」
ありがとう、とお茶に口をつけるヴァネッサだ。
次の瞬間、くわっと目を見開く。
「ヴィーちゃん。なに、この美味しいお茶は? 私も飲んだことがないんだけど?」
「うちの娘が作ってくれたのよ」
さりげなく自慢する母親である。
「ほおん……ヴィーちゃんはそんなことしてくれなかったわよね?」
とんだやぶ蛇だったようだ。
母親がぷいと目をそらす。
おじさんは苦笑していた。
「お祖母様、こちらは果物を干したお茶ですわ」
「果物! よくそんなことを思いついたわね!」
ええまぁとおじさんもお茶を濁す。
前世の知識なので。
「褒めてあげましょう」
おじさんの頭をなでるヴァネッサであった。
「ところでヴィーちゃん。あなた、どうやってここまできたのよ?」
母親は少し息を吐いて言う。
「うちのリーちゃんは転移魔法が使えるのよ」
「はあん? 逸失魔法じゃないの」
「もう逸失じゃないってことね」
スッと母親にむかって手をだすヴァネッサだ。
「だしなさい。術式、持ってきているんでしょう?」
「まったく……お母様も変わらないわね」
「お互い様でしょうに」
おほほほ、と笑い合うラケーリヌの母と娘だ。
なんだか、奇妙な迫力がある。
「……そうそう。お母様、うちの奥伝。もう使いこなせるようになったので」
「な!? どうやって?」
ふふーんとマウントを取る母親だ。
おじさんは思った。
どうやらこっちの祖母も魔法バカのようだ、と。
自分のことは棚にあげて、そう考えるのだった。




