1140 おじさんラケーリヌ本家を訪れる
王妃の部屋から自宅へと転移したおじさんである。
当然だが、ククノも連れて、だ。
「お母様はどちらに?」
出会った侍女に尋ねるおじさんだ。
「お、お嬢様? そちらの方は?」
「ああ――こちらは聖樹国からのお客様でククノと言います。少しの間になりますが、うちに逗留する予定ですからお願いしますわね」
「畏まりました。奥様は先ほど自室で休まれる、と」
「……そうですか」
と、ククノを侍女に預ける。
そのまま母親の自室に向かうおじさんだ。
「お母様、失礼しますわね」
母親は自室で寛ぎながら読書をしていた。
ぱたん、と本を閉じておじさんを見る。
「あら? リーちゃん、もう帰ってきたの?」
夕方くらいまでは帰ってこないと思っていた母親である。
それが今は昼前くらいの時間だ。
なにかあったのかと察する。
「それが……」
と、ククノのことをかんたんに話すおじさんだ。
「なるほど。そういうこと」
「それともう一つ。先ほど王妃様のところへ行ってきたのですが、お母様のお父様がお倒れになったと報せがあったそうですわ。直にうちにも報せがくるでしょう」
「ほおん……お父様が?」
すぅと目を細める母親だ。
「王妃様も詳しい事情はわからないようですので」
「わかった。私も行くわ」
「お母様?」
「だって、リーちゃんはラケーリヌに行ったことないでしょう?」
確かにその通りである。
一応、霊山ライグァタムはラケーリヌの領内にある。
あと、セロシエ嬢の実家があるロクロスも該当するだろう。
逆に言えば、それ以外の地域には行ったことがない。
「お姉さまは最近、動くのがしんどくなってきてるって言ってたしね。私がいれば問題ないわよ」
「ですわね」
「それとお兄様のところには行ってみたのかしら?」
宰相のことである。
首を横に振るおじさんだ。
「王妃様にお話を伺って、すぐに戻ってまいりましたので」
言われてみれば、と気づくおじさんだ。
なんなら報せにきた使者は宰相のところにいるのだろう。
その後で、うちにくる予定のはずだ。
「いいでしょう。リーちゃん、王城へ。いちおうお兄さまに話をとおしてからにしておきます」
「承知しました。お母様、服はそのままでよろしいですか?」
なんとなく口にしてしまうおじさんだ。
「ん~ちょっと地味かしら?」
地味というほどではない。
ただ、それはおじさんが作った部屋着だったから。
そのままだと不味いかなと思ったのだ。
「お母様、そのままで」
おじさんが魔法を使う。
換装の魔法だ。
おじさんの宝珠次元庫には、様々なタイプのドレスが収納されている。
だいたい自分で作ったものだ。
今回選択したのは、コクーンタイプのドレスである。
ワンピースタイプのもので、スカートの裾が広がらず、すぼまっているものだ。
色は鮮烈な青。
王国では上位の貴族にしか許されない色だ。
肩から腕にかけてはレースになっている。
腕の袖も広がっているようなデザインだ。
どこかで見かけたドレスのデザインを再現したのだ。
王国風に。
「あら、これはいいわね」
ゆったりとしているのでお腹も目立たない。
ただ、おじさんよりも少し背の高い母親なので、少し丈を魔法で直す。
このくらいなら手間ではない。
「お外にでると寒いので、こちらを」
真っ白な毛皮のコートだ。
母親が着ると、とってもゴージャスになる。
正しくセレブだ。
いや、実際にそうなのだけど。
「ミーマイカ、サイラカーヤ、お母様の御髪を整えてくださいな」
はい、と侍女長とおじさんの侍女が動く。
「リーちゃん?」
「わたくしが王城へ行って宰相閣下にお伝えしてきますので。お母様は準備を」
「……わかったわ」
では、とおじさんは転移をするのであった。
再びの王城である。
転移したのは父親の居場所だ。
父親の魔力は馴染みがあって感知しやすいから。
「お父様!」
「ん? リーちゃん?」
そこは国王の執務室であった。
宰相に父親、国王が揃っている。
「まったく、余の執務室にまで転移が自由にできるとは」
少し呆れる国王だ。
セキュリティ的には大問題である。
が、こんなことができるのもおじさんのみだ。
おじさんなら間違っても国王に手をかけるようなことなどしない。
「うちの父親の件だね。さっきアヴリルからも話を聞いたところだよ」
宰相が言う。
それに頷くおじさんだ。
「お母様とわたくしで様子をうかがってきます。宰相閣下にも話を通しておくように、とのご指示ですわ」
「……なるほど。ヴェロニカとリーの二人なら任せられるね」
思わずといった形で、苦笑する宰相だ。
「よろしいですわね?」
「ああ、任せる。うちの父親のことをよろしく頼むよ」
「任せられました。お父様、そういうことですので」
「無茶はしちゃダメだよ、リーちゃん」
ぎゅうとおじさんをハグする父親であった。
「では、行ってきますわね!」
再び姿を消すおじさん。
「ま、リーに任せておけば問題なかろう」
国王が続ける。
「なにせ死病であった師父までも治したのだから」
「詳細はよくわかりませんけど」
宰相にも報告はあった。
しかし、その内容はとても曖昧なものだったのだ。
ただ、倒れた、と。
「お母様、準備は整いまして?」
母親の自室に戻ってくるおじさんだ。
ばっちり整った母親を見る。
なにかしら魔道具などの用意もしていたようだ。
「ええ……行きましょうか、リーちゃん」
では、とトリスメギストスを召喚するおじさんだ。
「トリちゃん! ラケーリヌ家の領都を地図で示してくださいな」
『うむ。既にランニコールが移動しておる。むろん、我からの指示でな!』
ぬわはははと哄笑するトリスメギストスだ。
「ああ――なるほど。確かにランニコールの魔力が、ここですわね!」
ぱちんと指を鳴らす。
おじさんと母親。
侍女長と侍女。
トリスメギストスの姿が消える。
おじさんたちが転移したのは町中であった。
恐らくは町の中心であろう。
巨大な鐘楼の側であった。
「ランニコール。あなたも執事として同行を」
おじさんの指示に頷く使い魔だ。
「お母様、お屋敷はどこでしょう?」
と、母親は鐘楼からの景色に目を奪われていた。
懐かしいという感慨。
それに加えて、感動であろうか。
いつかは登ってみたいと思っていた場所だったから。
「あまり代わり映えはしないのね」
スッと指を伸ばす母親だ。
鐘楼からは南側に少し離れた場所のひときわ大きなお屋敷を指す。
「あそこね」
では、と今度は短距離転移で移動するおじさんであった。
ラケーリヌ本家、正門の前に。
「げええ!? え? あ!?」
腰を抜かす門衛である。
いきなり貴人の集団が現れたのだから。
「あなた……見かけたことがあるわね」
「いいぃぃいい!? も、もしやヴェロニカお嬢様でしょうか!」
微笑む母親である。
お嬢様とか久しぶりに言われたから。
ただ、咎めるようなことはしない。
「は! 光栄であります! お通りくださいませ! すぐに伝えてまいりますので」
と、踵を返して詰め所へと走る。
そこからさらに走って行く門衛たち。
音もなく立派な正門が開かれる。
「懐かしいわね……」
ラケーリヌ本家の前庭を通りながら、母親が言う。
「きれいなお庭ですわね」
と、おじさんが微笑む。
その頃、ラケーリヌ本家の家令は門衛から話を聞いていた。
「なにいいい! ヴェロニカ様がお戻りになったと!?」
ヒクヒクと頬を引き攣らせる家令だ。
「私はお出迎えの準備を整える! 少し時間を稼いできてくれ!」
無茶ぶりをされて、白目をむきかける門衛であった。




