1110 おじさんハサン老との約束を果たそうとする
学生会室である。
ガヤガヤと騒ぎながら、蛮族たちが入ってきた。
「パイセンたちいるじゃーん」
「いるじゃーん」
一号と二号がわはははと笑っている。
なぜ笑うのか。
その意味がわからないキルスティだ。
後ろからおじさんたちも入室してくる。
こちらはきちんと挨拶をするわけだ。
蛮族たちは我が物顔で、どっかりと学生会室のソファに腰掛けていた。
まるでヌシである。
「ねぇねぇパイセン」
聖女が声をかけた。
なんて気安い声のかけ方だろうか。
キルスティは公爵家の令嬢である。
そんな呼び方をされたことがない。
だから、とても新鮮な思いを抱いていた。
「パイセンが気に入っているお茶請けってなに?」
ほおん、とキルスティの目が輝く。
腐っても貴族女子。
お茶請けの話題ならば、受けて立つ。
そんな思いで、キルスティは口を開く。
「お茶請けね。最近は色つきの砂糖菓子が気に入っているわね」
「さとうがし?」
よくわからないのか、ケルシーが首をひねっている。
ふふ、と笑ってキルスティは宝珠次元庫から砂糖菓子を取り出す。
「これね」
それは掌サイズの円形の箱だった。
装飾がつけられた豪華なものである。
聖女的には、ちょっとお高い化粧品みたいな感覚だった。
もちろん前世のだが。
くるんと蓋を回して開ける。
そこにはパステルカラーの小ぶりな飴状の物が入っていた。
形は雫型のものだ。
「おひとつ、いかが?」
聖女とケルシーが指を伸ばした。
「あら、かわいらしいわね」
聖女は見た目を褒める。
「なんかお花の匂いがする!」
ケルシーはクンクンと香りを嗅いでいた。
「様々なシロップを煮詰めたものですわね。詳しい製法はわかりませんけど、うちの領都で流行りのお菓子ですわ」
ぱくん、と口の中に入れる蛮族たち。
その表情がとろけているところを見ると、かなり美味しいのだろう。
「……やるわね! パイセン!」
聖女の言葉に頷くキルスティであった。
自信があったのだ。
うまうまと食べているケルシーを見て、キルスティが言う。
「そう言えば、聖樹国の甘味ってどんなものがあるのかしら」
「確かに気になるわね!」
聖女が話に乗ってきた。
「ん? 甘味? んとね、蜜アリ!」
それはもう知っている。
ことあるごとにケルシーが言うのだから。
ちらりと聖女たちはクロリンダを見た。
ちゃんと控えているのだ、側付きだから。
「そうですね。果物の蜜漬けは美味しいですねえ」
思いだすかのように、目を細めるクロリンダだ。
「聖樹国――まぁエルフの場合は氏族ごとに村を作っているでしょう? この村ごとに漬ける果物の種類がちがうんですよ」
ほええと声をだす聖女たちである。
「うちの氏族だとジックっていう果物をよく使いますね。んと……柑橘系の果物なんですけど」
「あれ、美味しいよねえ」
ケルシーも話にのってくる。
「きれいに洗って、種をしっかりと取り除くんですよ。で、蜜アリのシロップにじっくり漬けこんでいくんですが、だいたい一ヶ月くらいでできあがりですね」
「すっごい甘いの。あと、香りがすごくいい!」
ケルシーも顔をとろけさせていた。
「あまり多くの量を作れないので、ほとんど外に出回りませんね。だいたい村の中で消費されて終わりです」
ほおん、と思うおじさんだ。
今度、聖樹国に行ったときには聞いてみたい。
あわよくば、分けてもらいたい。
「食べたいけど、無理かあ」
聖女がおじさんをちらりと見る。
さすがのおじさんも無理なものは無理だ。
なので、ゆっくりと首を横に振った。
「では、先日のビブリオバトルについて各々の意見をまとめていきましょう」
あまり雑談ばかりもしていられない。
三学期は短いのだ。
ビブリオバトルの詳細を詰めようとしたおじさんであった。
その日の夕方である。
学生会を終えて、おじさんは家に戻っていた。
「さて、と。ハサン老、準備はよろしいですか?」
おじさん、今日は廃都ン・デストに行く予定である。
ハサン老との約束を果たすためだ。
イトパルサにある地下神殿の管理人がハサン老である。
老爺は歴史の研究家でもあるのだ。
で、おじさんは頼まれていた。
廃都ン・デストにある神殿に連れて行ってほしい、と。
三学期も始まって、少しバタバタしていた。
しかし、数日が経って落ちついてきた今である。
「もちろんですじゃ」
おじさんと侍女は制服から着替えていた。
今回は動きやすいパンツスタイルだ。
「では、廃都ン・デストに行きましょうか。夕刻ですので、あまり長居はできませんが、今日一日ですべてを見て回る必要はありませんので」
「ありがたい話ですな。リー様に感謝を」
「いえいえ、こちらこそ弟妹たちの勉強を見ていただいてますので」
「ふふ……弟御も妹御も好奇心が旺盛でしてな。大変、いい生徒ですな」
ほっほと笑うハサン老だ。
好奇心旺盛なのは、カラセベド公爵家の血なのかもしれない。
「リー、どこか行くの?」
ケルシーだ。
「廃都ン・デストの神殿に行きますわね」
「わたしも行きたい!」
「……かまいませんが、あまり面白くはないかもしれませんわよ」
おじさんの言葉に、きゃほーいと喜ぶ蛮族二号だ。
まぁいいか、と転移するおじさんであった。
――廃都ン・デスト。
今はおじさんの使い魔であるオクターナの監視下にある犯罪都市である。
と言っても、少しずつ様変わりはしているのだ。
主にオクターナの手腕によって。
まずはそのオクターナの元へと転移するおじさんだ。
「元気にしているようですわね」
オクターナは、どっかりと生命の木で作った椅子に座っていた。
半ば、眠るように身体を横たえている。
「リー。もう少し顔をみせておくれ」
もっと遊びにこいとの話だ。
ただ、おじさんにも都合がある。
「ですわね。都合がつくときは足を運びましょう。変わりはありませんか?」
「んむ。万事、滞りなくといったところだな。で、後ろの御仁は?」
「こちらはハサン老。廃都ン・デストの神殿を見学したいとのことなので、お連れしたのですわ。もう一人はケルシー」
ちょこまかと興味津々といった感じでウロウロするケルシーだ。
そのケルシーの足に植物の蔓が絡まる。
「ぬわあああああ」
一瞬で宙づりになって、オクターナの元へ運ばれるケルシー。
「ふむ。森の住人か」
「戦争かー!」
しゅしゅと宙づりの状態で、拳をくりだす蛮族二号だ。
「ほれ、これをやろう」
オクターナの蔓から実がなった。
それは大ぶりなイチジクのような果物だ。
濃厚で甘い香りがする。
「うまー!」
臆することなく、かぶりつく蛮族であった。
「オクターナ、わたくしは神殿に行ってきますわね。ケルシーのことをお願いします」
「良き良き」
と、了解がとれたところでおじさんは指を弾くのであった。
誤字報告いつもありがとうございます。
助かります。




