1095 おじさんちに帰ってきた聖女がもらたすもの
シーグリットとエルヴァンの二人をダンジョンに送ったおじさん。
なんだかダンジョンにある果樹園村には大喜びしていた。
落ちつくわーと漏らしていたのだから、おじさんも苦笑するしかない。
ここで思う存分、研究をすればいい。
おじさんはそう言って、タウンハウスへと戻ったのである。
「あら? エーリカ?」
「……きちゃった」
てへぺろとする聖女だ。
学園からいったんは養家へ。
それからまたおじさんちにきたのだろう。
「お家の方に了解をもらっているのならいいのですが……」
「もっちろん、そこは大丈夫。それよりさー、ちょっと聞いてよ、リー」
「なんですの?」
聖女がおじさんにすり寄ってくる。
ちょっと嫌な予感がするおじさんだ。
「実はさ、殿下から手紙が届いたんだけどね」
「殿下? なぜ今さら?」
少し怪訝な顔をするおじさんだ。
「ん~なんかちょっと訳ありみたいなのよ」
「訳あり? どういうことでしょう」
聖女がどかっと椅子に座る。
おじさんちのサロンだ。
懐から一通の手紙をとりだす。
「見ていいのですか?」
何も言わずに首肯する聖女だ。
既に封を切られている手紙を見るおじさんである。
差出人の名は殿下のものではない。
恐らくは代官のものだろう。
「……まったく。なにをしているのやら」
ほう、と息を吐くおじさんである。
手紙に綴られていた内容はシンプルだ。
殿下がどうやら呪いのアイテムを身につけてしまった、と。
王都の神殿から解呪の専門家にきてもらったが、どうにも無理だったらしい。
そこで当代随一と言われる神聖魔法の使い手――つまりは聖女に白羽の矢が立ったのである。
殿下の呪いを解いてほしい、と。
「で、どうしますの?」
おじさんは聖女を真っ直ぐに見る。
「ん~私は行ってもいいかなーって思ってるの」
ほんのりと顔がだらしなくなる聖女だ。
「エーリカ、ひとつ聞いておきます。まだ殿下のことが好きですの?」
「え? もうちょい言葉をオブラートに包んだりしないの?」
「こういうことはちゃんと聞いておいた方がいいですから。あ、わたくしのことは気にしなくてもいいですわよ。正式に殿下とは婚約破棄となっていますので」
「婚約破棄? してたのー!?」
ハデに驚く聖女だ。
むしろ知らなかったのかと問いたいおじさんである。
「たぶん夏休みの頃だったと思いますけど」
「まぁそりゃあ、あんなことがあったんだもんね」
聖女がうんうんと頷いている。
おじさんと王太子の決闘を思いだしているのだろう。
あのときはとても大変だった。
色んな意味で。
「ん~どうだろう? リーだから腹を割って言うけど、今も好きかどうかはわかんにゃいんだ!」
にへらと笑う聖女である。
「そうなのですか?」
「いや、あのときはってか……最初はね。そりゃあ殿下のことなんてべつに好きでも何でもなかったわよ?」
むしろ、と続ける聖女だ。
「いいカモ捕まえた-くらいしか考えてなかったのよ。だって、王太子と結ばれたら、そのまま王妃になれるってことでしょう?」
「まぁそうですけど……王妃になるためには教育を受けないといけませんわよ?」
至極真っ当なことを言うおじさんだ。
実はおじさんだって、そういう教育をしっかり受けてきた。
「え? そうなの?」
大きく頷くおじさんだ。
「そりゃあそうですわよ。王妃というのは王を支えるためにありますからね。政治の話にしろ、エルフの言葉や文化などをきちんと勉強してですね……」
どこへ行くのです、とおじさんが声をかける。
聖女が黙って立ち上がって、サロンから出て行こうとしたからだ。
「ん~そういうのは面倒くさーい。だけどさ、このまま見捨てるわけには行かないじゃんか」
聖女の言葉に、ふぅと息を吐くおじさんだ。
「それもそうですわね。で、殿下の居場所はわかっているのですか?」
「んとね、わかんにゃい。だから、連れてって」
聖女が困ったような笑顔を見せる。
まったく、と言いながら、おじさんは苦笑してみせた。
元王太子は王領の北部にある農村にいる。
そのことは手紙の中に書かれていたのだ。
「バベル、お願いしてもいいですか?」
おじさんが虚空にむかって話しかける。
『もちろんでおじゃる』
すぐに返事があった。
「トリちゃんに地図を見せてもらってくださいな。多少は時間がかかっても構いませんので」
『承知』
すとん、と聖女もソファに腰を下ろした。
用意されていたお茶をずずずと啜る。
「ねぇねぇ、地図ってなんのこと?」
ああ、とおじさんは宝珠次元庫からとりだす。
タブレット型のヤツだ。
「ちょっと待って」
聖女は頭を抱えていた。
この世界で地図と言えば、ファンタジー地図だ。
山にはドラゴンがいて、海にはシーサーペントが描かれているような。
ものすごく大雑把な地図である。
「これ、ひょっとして……」
聖女がタブレットに触れてみる。
魔力がすっと抜かれて、画面に地図が表示された。
「これ……もうゴーグルマップじゃない!?」
そのとおりである。
おじさんはそれを意識して作ったのだから。
「まぁ色々とありまして……作っちゃいました」
てへぺろとするおじさんだ。
わなわなと震える聖女である。
「ほしい! アタシもこれほしい!」
「ん~差し上げてもいいのですが……ちょっと取り扱いが難しくって」
「えーかんたんじゃない?」
聖女が言うのは操作方法のことだ。
そりゃ前世で慣れ親しんだものなら、操作も難しくないだろう。
だが、おじさんの言うのは政治的なものである。
これはもう国家機密と言っても差し支えがないのだから。
「そっちの意味じゃありませんわ。さすがに誰にでも渡していいものではないですからね。まぁ政治的な配慮というやつですの」
なるほどなーと上の空で答える聖女だ。
まったく意味がわかっていない。
「正式に取り扱いが決まったら差し上げますから」
「ほんと! うえええい!」
素直に喜ぶ聖女であった。
ただ、おじさんは思う。
争いの火種にもなりかねないものだから。
なので、もし一定の数を配ることになったとしても、機能を制限した形になるのだろう、と。
「そう言えばケルシーはどうしましたの? 姿が見えませんが」
「ああ、二号なら妹ちゃんと遊んでるわよ。今日はなにかの勝負をするとか言ってたし。どうせ二号が負けるんでしょうけど」
くすくすと笑う聖女だ。
どうにもケルシーの評価が低いらしい。
『主殿、よろしいか?』
「はい、なんでしょう」
『恐らくは王太子という者を発見したでおじゃる』
「ありがとう。その場で待機を。すぐに向かいます」
言い終わらぬうちに立ち上がる。
聖女も同時に腰をあげていた。
「さて、では行きますか。正直、気は進みませんけど」
「もう! 今さらじゃない?」
聖女の言うこともわかる。
ただ、どうもおじさんは会いたくないという気持ちが強い。
それは元王太子が苦手だとかいう意味ではないのだ。
単純に自分が心を折った相手に会うのが気まずいだけである。
加えて、邪神の信奉者たちの関与があったとはいえ、王太子という地位が廃嫡になった。
そして所払い同然に王都を追われたわけだ。
ある意味で王太子の未来を潰したとも言えるだろう。
もちろん、おじさん自身が悪いわけではない。
そのことも頭では理解している。
が――どうにも気まずいのだ。
「まぁとりあえず行きましょうか」
「お嬢様、その前にいつものアレを」
侍女がおじさんに進言する。
仮面をかぶれということだ。
慣れない者にとって、おじさんの姿は直視しがたいのだから。
「忘れていましたわ」
「じゃあ、アタシはこれね」
迷いなくペストマスクを選ぶ聖女だ。
「エーリカ、あなたが仮面をつけていては、殿下も誰だかわからないでしょうに」
「それもそっか……うーん、でもなぁ」
「またの機会という言うことで」
話を打ち切ろうとするおじさんだ。
だが、聖女は蛮族だった。
「じゃあ、これ。ちょっとだけ着けたいの!」
パピヨンのマスクを装着する聖女であった。
「へんたい! ぱぴよんから愛をこめて!」
もはや苦笑するしかないおじさんであった。




