1074 おじさん裏から百鬼横行に対応する
おじさんたちは黄金の夜更け団のアジトにいた。
ロクロスの地下を縦横無尽に走る地下道の中だ。
この場所は色々と都合が良い。
なにせ、ロクロスの各所へと人目につかず移動できるのだから。
おじさんの傍らにはトリスメギストスがいた。
「トリちゃん、モニターに接続していきますわよ」
『うむ。こうして見ると壮観だな』
おじさんは今、壁一面にモニターを並べていた。
その数は二十以上。
以前、弟を遠隔で見守っていたのと同じだ。
乗っ取ったザラクシスの眷族の視界を共有したのである。
しかもモニターに映るように。
次々とザラクシスの眷族の視界が映されていく。
「ほほう……」
それはため息か。
あるいは感嘆の息か。
ザラクシスはようやく理解できたのだ。
目の前で起こっていることに。
『ふむぅ……思った以上に速度が速いな。主よ、少し足止めをした方がいい』
モニターにはセロシエ嬢たちの姿も映っているのだ。
まだ騎士たちと漁師たちの編成を行っている。
今回は水上での戦いだ。
なので漁師の協力も不可欠なのである。
ただ、志願した者のみという条件ではあるのだが……。
年齢や病気、怪我の者を除いて全員が参加している。
「そうしますか。サイラカーヤの位置は……ちょうどいいですわね!」
おじさんが侍女に指示を飛ばす。
喜々として侍女は水上での戦いに身を躍らせた。
「ザラクシス、眷族の糸を使って足場を作ってくださいな。サイラカーヤならそれで問題ありませんので」
「承知した。偉大なる主殿よ」
『主が魔法を使えば一発なのだがな。迂遠というのは……ちと悪いか』
「仕方ありませんわ。大河を凍らせることもできるでしょうが、それをしてしまうと大変ですからね」
おじさん、ちゃんと学習しているのだ。
フレメアの領地である、港町アルテ・ラテン。
そこで百鬼横行が起きたときは、河を凍らせたのだ。
ただまぁ色々と大変だった。
おじさんがではなく、町の人たちが、だ。
だから今回はその手段を取らない。
「だらっしゃああ!」
おじさんちの侍女が水面を殴った。
その拳の勢いは凄まじいものだ。
なにせ、ボコンと水面が球状に凹むくらいのものだったから。
衝撃が伝わって、小型の魚系魔物が次々と浮き上がってくる。
エサだと中型の水棲系魔物が食いついた。
それをボコボコと狩っていく侍女だ。
「ん~さすがに手が足りませんわね」
千以上という数の魔物がいるのだから。
いくら強いといっても、侍女一人では局所的な対応しかできない。
『ダメだぞ、主が手をだすのは』
「むぅ……」
「なら、少し手を貸しましょうぞ」
ザラクシスの眷族たちだ。
中には水上を歩行できる蜘蛛だっているのだから。
侍女から少し離れた場所に魔法陣が浮かびあがる。
そこから、わさっと蜘蛛が這い出てきたのだ。
大きさはだいたい一メートルほどだろうか。
真っ黒な蜘蛛である。
ただ背の部分には赤い紋様が入っていた。
それは歪に笑うドクロのようだ。
『むぅ……あれは“死を撒く蜘蛛”か』
「知っているのですか、トリちゃん!」
おじさんは大げさに問うてみる。
『うむ……あれはちと厄介な魔物であるな。と言うか……どこで手に入れた?』
ザラクシスに聞くトリスメギストスだ。
「ほほ。この地下道の奥、そこにあれの巣がありましてな」
『なるほど……権能で増やしたのか。まぁ眷族化しているのなら問題はなかろう』
ちょっと話についていけないおじさんだ。
トリちゃん、と説明を求める。
『すまぬな、主よ。あの蜘蛛の魔物はな、ものすごく強力な毒持ちなのだ』
「ほおん……毒ですか」
『毒……まぁ毒なのはまちがいないのだ。ただし厄介なのは……』
モニターの中で、ザラクシスの眷族たちが魔物を噛んだ。
その瞬間、魔物がビクビクと震えて身体が変色していく。
死を撒く蜘蛛と同じ柄になったのだ。
そして――他の魔物を襲い始めた。
襲われた魔物もまた色を変えて――次々と。
「そういうことですか」
おじさんは納得した。
あれはゾンビとかみたいなものだ、と。
噛まれた者は感染し、さらに感染を広げていく。
『うむ。あれは精神支配の毒とも言えるものでな、かなり厄介なのだ。問題はあの蜘蛛そのものも中級では上位の強さがあってだな。かつての文献では一国を滅ぼしたとも記されておる』
「ほおん……それはどこの大陸の話なのです?」
『あまり詳しいことは今の段階では話せんな。主ならいずれ話すこともあるだろうが……それにしてもこの国にも棲息しておったとはな』
ザラクシスの眷族が加勢したことで、魔物の侵攻速度も遅れがでている。
というか、数もかなり減っている。
とは言え、まだ全体で見れば、微々たるものだろう。
なにせ百鬼横行なのだから。
『サイラカーヤ、その場は一時退いてくださいな。ザラクシスの眷族に任せます。それよりも――』
おじさんが侍女に指示をだす。
『畏まりました! 私は奥にいる大きいヤツを狙えばいいのですね!』
『そのとおりですわ!』
「なら、最後に」
侍女は蜘蛛の糸を使った足場を使って空中に飛んだ。
そして――空中で拳を構える。
「お嬢様直伝! 百歩神拳ですわ!」
はいやーと拳を突きだす。
同時に、侍女の拳から魔力波が発射された。
それは大河の中心に大きな穴を空けるほどの威力であった。
どっぱぁんと水しぶきがあがる。
水棲の魔物たちが吹き飛んでいくのが確認できた。
むふ、とひとつ頷いて侍女は離脱するのであった。
一方でロクロスの西側にセロシエ嬢たちはいた。
ここは大河に隣接する地域である。
即席の壇上に立って、オーピオス卿が口を開く。
「皆、よく集まってくれた!」
おう、と野太い声が響く。
騎士たちだけではない。
冒険者や漁師たちが集まっていたのだ。
皆、この町を守りたいという一心で。
「今回は大河を遡ってくる百鬼横行が起きている。うちの手の者によれば、まもなく魔物たちが姿を見せるだろう」
オーピオス卿は周囲を見て、間を取る。
「すまぬが、皆の命、この私に預けてくれぬか。報酬は町を絶対に守るということだ!」
おおーと歓声があがった。
テンションが高くなっているようだ。
「そこで、だ。私の孫であるセロシエから今回の作戦を伝える」
壇上に上がるセロシエ嬢だ。
今回、彼女は失敗できない立場である。
いつもとはまたちょっとちがうのだ。
それでも彼女は絶対に退くことはない。
なにせ薔薇乙女十字団のマントを着ているのだから。
とりあえず挨拶をして、セロシエ嬢は口を開いた。
「防衛線は大河の狭窄部とします」
ロクロスから少し離れた場所のことだ。
ここは大河の幅が狭くなっている。
と言っても、百メートルほどの幅はあるのだが。
「両岸には魔法士を配置、地上から魔法を撃ちこんでください。騎士たちは魔法士の援護と護衛ですわ」
うむ、とオーピオス卿が頷いた。
「漁師の皆さんには船をだしてもらいます。うちで活動している冒険者は船上での戦いが得意な者も多いでしょう。そうした者たちは船上にて魔物の討伐を。そして――」
と、セロシエ嬢は漁師たちを見た。
「もう一つ漁師の皆さんには、大切な役割があります。それは網などを使って魔物の侵攻を阻む罠を設置することですわ」
「お嬢様! ちょっといいかい!」
漁師の一人が手をあげた。
本来なら不敬にあたるのかもしれない。
が、場合が場合なのだ。
誰も咎めることはしない。
「網を使うのは構わんが、魔物たちを止められるかわからんぞ! 大物の魚にだって破られちまうくらいだからな」
がははは、と笑う漁師だ。
いや、笑うところじゃないからとは言わない。
だってセロシエ嬢はいつも蛮族たちと接しているのだから。
「それに関しては……出し惜しみをせずに使ってもらっていいです。仮に破られたとしても、我が家が補償しますので」
『セロシエ……セロシエ……聞こえていますか。いるのなら頷いてくださいな』
おじさんの声がセロシエ嬢の耳元で聞こえてきた。
ハッとなって耳を押さえるセロシエ嬢だ。
『少し手助けいたしますわ。セロシエの上着の右ポケットに宝珠次元庫を入れておきました。その中にあるものは自由に使ってくださいな』
おじさん、ザラクシスの眷族経由で宝珠次元を仕込んだのだ。
もちろんそこにはおじさん特製のアイテムが入っている。
「ありがとうございます。リー様」
と小さく呟くセロシエ嬢。
そして――ポケットをまさぐると宝珠次元庫があった。
「ここに秘策を用意しておきました! 今からそれらをお見せしましょうか!」
高らかに宝珠次元庫を掲げるセロシエ嬢だ。
随分と役者のようである。
うおおおお! と声があがった。
「さすがお嬢様だ!」
騎士たちが顔を綻ばせている。
「セロシエ様、すてきー!」
女性冒険者から声があがった。
そう褒められると困ってしまう。
だって、おじさんが用意してくれたものだから。
セロシエ嬢は蛮族ではない。
喜々として自分の手柄にはできないのだ。
慎みがあるから。
前話で同じ話が2回続いていたのを修正しておきました。
報告してくださってありがとうございます。




