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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
49/202

048.六月十日 金曜日  球技大会 四時間目




「おまえらが二回戦突破するとは意外だなぁ。俺らは二回戦目で負けちまったよ」


 高井君の話では、バスケ組二回戦目の相手は、バスケ部のフォワードとセンターがいる優勝候補クラスだったらしい。変則ルールの点差コールドではなく時間いっぱい使い切っての敗北で、惜しくはないが健闘はできたのだとか。

 ちなみにバスケは、クラス間での実力差が相当大きく、ほとんどコールドという形で決着がつき進行がかなり早いそうだ。


「あれ!? 今サッカーうち出てねえ!?」

「マジで!? 応援行こうぜ!」

「柳、行っていいか!?」


 騒ぎ出したワーストな奴らに、柳君から「早めに戻れ」との許可が下り、ワーストナインの半数が合流したバスケ組と一緒に、サッカーフィールドへと駆けていった。

 結局残ったのはさっきの四名と高井君と、今ボコボコにされて倒れたままの黒光りする肌が眩しい、てへペロ大喜多君だけである。


「へえ。案外ちゃんとキャプテンやってんじゃん」

「ガラじゃないがな」

「まあそうだな。おまえには似合わねえな」

「俺はあくまでも先頭にいるだけだ。まとめているのは俺じゃない」


 ……ん?


「何?」


 なんか知らないが、高井君と柳君が僕を見ていた。……つかしつけーなマコちゃん! 僕のケツを狙うな! 僕のケツは平気だよ!


「――あ」

「あ? どうした柳?」


 あらぬ方を見てわずかに目を見開く柳君は、何かを指差した。そして僕はもう諦めた。もう気が済むまで触ればいい。真性の男に触られるよりはマコちゃんの方がいくらかマシだ。そう思えばケツくらいどうでもよくなかった。


「あ、カナさんだ」

「うそ!?」


 もはやトラウマに近い名を聞き、ほぼ反射的に僕は振り返る。ケツを撫でられながら。

 ――いた。確かにいた。

 一目でわかる彼女は、某リー先生を思い起こさせる派手な黄色いジャージを着ていた。下は七分丈の黒のカーゴパンツだ。そんなカナさん……沢渡夏波さんの姿が、来客席の中に確認できた。


 ……思いっきりビール片手に出来上がっているおっさんに絡まれ、ビール勧められて困惑しているけど。


 なんとも意外な姿だ。

 酔っぱらいくらいPPKのコンボで瞬殺しそうなあの人が、困った顔をしている。……でもなぜかな? あの人が困っていると僕はちょっと嬉しい。

 なんて考えている場合じゃないな。


「柳君、悪いけどちょっと行ってくるね」


 今はいいが、放っておくといずれ来客席で乱闘が……いや、荒ぶる女子大生が某ドラゴンを彷彿とさせるような動きで一方的なジャージ無双を始めてしまうだろう。死亡的な遊戯が始まる前に止めておかねば。


「わかった。早めに戻れよ」


 柳君の許可を貰うと、「あ、俺も行くわ」と高井君も付き合ってくれた。まあ付き合ってくれたというより、知った上で放っておくと後が怖いのだろう。僕が行く気持ちの半分もそれだから。





 来客席として区切られているらしきスペースに近付くにつれ、その異様さが段々はっきり見えてくる。

 宴会である。

 思いっきり宴会である。

 レジャーシートの上に持ち寄られた食べ物。氷水に突っ込まれた飲み物入りのクーラーボックスとビールサーバー。突発的に上がる笑い声。ろれつの回らない野次……ここ未成年の教育機関だよな? これ風紀的にどうなんだよ。あとあんたら仕事しろ。平日だぞ。


 ひどい有様である。

 どう見ても見習ってはいけない大人しかいない。

 僕ら八十一校生も大概無茶だが、こっちはこっちで大概である。


「カナさん!」

「夏波さーん!」


 僕らが呼びかけると、夏波さんはこちらに気付いた。


「おい助けろ! 早く!」


 命令口調ではあるが、マジで困っているらしいことはわかった。

 恐らくそこまで引きずり込まれたのだろう夏波さんは、宴会のほぼ中央に佇み、左手を無理やりビールを持たせようとするおっさん(バーコード)に掴まれ、右手を無理やりワンカップ持たせようとするおっさん(無駄にガタイのいい)に掴まれ、右足を髪を紫に染めたおばちゃん(シャツが豹柄)に掴まれ……左足だけでなんとか踏ん張っているという、かなり根性を試される状態にあった。


 さすがは夏波さんと言わざるを得ない。

 並みの人ならもう宴会に飲み込まれ、勧められるままにビールとワンカップを胃に流し込んでいることだろう。からあげつまんで「うめぇー」とか言っていたに違いない。

 ……ていうか、夏波さんまだ未成年だったはずだけど。そりゃ飲めないわ。


「高井君、どうしよう?」

「どう、って言われてもな……」


 たぶん、行けば僕らも捕まる。駄目な大人に捕まる。妖怪ビール腹と妖怪ワンカップが、僕らにも飲め飲め俺の酒が飲めねえのかコンチクショー嫁が逃げたと強引に迫るに違いない。

 行くに行けない僕ら。

 身動きの取れない夏波さん。


 そして、悪ノリした新たな酔っぱらいが、夏波さんに近付く。


「ひえっ――」


 夏波さんの口から、信じがたい女の子の悲鳴が漏れた。――背後から迫ったおっさん(ツルッツル)が、夏波さんのケツを触ったのだ。


「……あーあ」

「やっちまったな」


 僕と高井君は両手を合わせた。


 数秒の後、そこには荒ぶる女子大生が生誕していた。


「ぬぐああああああ! 酔っぱらいどもがぁーーーー!!」


 左手を掴んでいるおっさん(バーコード)にガツッと強烈な頭突きを食らわせ、右手を掴んでいるおっさん(無駄にガタイのいい)を右腕一本で目線の高さまでつるし上げると、これまた骨と骨が強烈にぶつかりあう頭突き一発で沈めた。右足にしがみついていた紫髪のおばちゃん(シャツが豹柄)は素早く離脱して難を逃れた。さすがである。


 そして、ついに彼女の逆鱗に触れたおっさん(ツルッツル)に暴凶の腕が迫る。

 あまりの豹変振りに腰を抜かしていたおっさん(ツルッツル)はいとも簡単にがしっと頭を掴まれ、高井君を引きずり回すことさえたやすい地獄のアイアンクローに、地獄の拷問さえ生ぬるく感じられるような絶望的悲鳴を上げた。


 そんな夏波さんを見て、自然と漏れ出す拍手と笑い声。


 ……あの地獄の使者と表しても何ら違和感のない荒ぶる姿を見て喜ぶとか……酔っぱらいって……


「ていうか夏波さん強すぎるだろ……」

「震えろ。遠野洋子はもっと強いぜ」


 マジかよ。そんなの本当に震えるわ。本当に震え上がるわ。





「どうなってんだこの高校は!」


 宴会場から抜け出した夏波さんは、まだまだ荒ぶっていた。おっさん三人を一気に仕留めるという暴れっぷりを見せて、まだ怒りが収まらないとか……いや、女子大生のケツは僕のケツより価値が重いってことか。

 まあ、発言には非常に同意したいところだが。ほんとどうなってるんだろうね、この高校は。


「まあまあ。それよりカナさん、なんでここにいるんだ?」


 高井君はもう慣れているらしく、夏波さんが怒っていても大して気にしていない。高井君も何気にすげえな。


「暇だから見に来たんだよ!」

「一人? ねえちゃんは?」

「一人だよ! 時間があったからチラッと見てから大学行こうと思って寄っただけだ!」


 それはそれは。


「今日もお勤めご苦労さまです」

「……友晴、その挨拶には他意があるよな?」

「いえ全然」


 決して、ルール無用の残虐ファイトが得意なチンピラを兄貴と慕う舎弟の気持ち、などということはない。ええ、決して。


「で、おまえらどうなの? 勝ってる?」

「俺はバスケに出てたんだけど、もう負けたよ」

「そっか。友晴は?」

「一応勝ち抜いてます。僕は野球に出ていて……ついさっき試合してたんですけど、見てませんでした?」

「それどころじゃなかった」


 ああ……絡まれてたからね。


「次の試合は? もうちょい掛かるか?」

「たぶん。昼休みのあとだと思います」

「ふうん……よし、じゃあ一旦出直してくるか」


 あ、見る気なんだ。


「喜べ。洋子先輩も連れてくるからな」

「……」

「聞こえなかったか? 喜べ、って言ったんだけど」

「……わーいちょー楽しみーアハハー」

「そうだろうそうだろう。もっと素直に喜べよ」

「カナさん勘弁してやって……一之瀬の目がもう確実に死んでるから……」





 地獄の使者が笑っている。

 全然邪気を感じないのに、なぜこんなに僕の不安を煽り立てるのだろう。


 なんというか、わりと本気で女子大生がトラウマになりそうです。









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