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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
六月
40/202

039.六月四日 土曜日




 二択である。

 確実な勝利を求めるか、負けない戦いを選ぶか。


 黒板には三つのスポーツ名が並んでいる。


 ・野球

 ・サッカー

 ・バスケットボール


 来週金曜日に行われる球技大会の種目で、当然全員強制参加である。

 この手のものは、中学の時もあったが。

 ぶっちゃけみんなやっつけだった。いや、中学の頃は女子の目があったから、一部のスポーツができる野郎が張り切っていたのだ。いつになく元気に「みんなちゃんとやれよ!」とかリーダーシップを発揮したりして、暑苦しい上に意識は外野じょしに向いているのが丸わかりだったから白けたのを、昨日のことのように思い出せる。


 学校行事であり、単位である。

 だからやる気がなくてもやらなくてはならない。

 勝っても何があるわけでなし、負ければ即トーナメント脱落で出番終了である。むしろ現代高校生からすれば負けた方が楽な仕様となっている。


 ――と、中学の頃の僕なら、きっと思ったことだろう。


 勝っても何もないし、負けた方が楽である。

 女子が見ているわけでもないし、張り切ったって疲れるだけだ。


 それがわかっていてなお盛り上がるクラスメイトたちのやる気に飲まれ、僕はとりあえず、自分がやるべきことだけはやろうと決めていた。

 それに、望みもなくはないから。





 黒板に三種目のスポーツ名を書くと、竹田君は振り返った。


「そんじゃ挙手で決めっからー」


 フランクな口調で僕らのハートを鷲掴みする脱力系、クラス委員長である竹田君が珍しく声を張っていた。いつも眠そうな顔でぼそぼそしゃべるのに。もしかしたら彼もそれなりに燃えているのかもしれない。


 午前中授業が終わり、ホームルームが終わった放課後に、僕らは種目を決めるために教室に残っていた。一応担任の三宅弥生たんもいるにはいるが、あの人は隅の方でPS版「桃太●伝説」の攻略本を読んでいる。……うん、まあ、あの人らしい。


「ちょっと待て、竹田」


 自称情報通の渋川君が、候補を募る前に手を上げた。竹田君は「おう、言えばー?」とフランクな返事。見事な脱力感である。僕も見習いたい。


「俺たちには武器がある。その武器をどう使うかで結果は大きく変わると思うんだ」


 渋川君は語った。


 ――まあ、要するに、全三種目制覇はどの代どのクラスも達成できていない伝説らしい。この前のパンと似たようなもんだ。


 ただし、球技大会のチャレンジは一年に一回だけ。それもこのクラスでの挑戦は生涯一度きり。

 そう言われると、不思議と僕もちょっとだけやる気が湧いてくる。


「だが、さすがに全部優勝を狙うってのはきつい。それも上級生も対戦相手になる可能性があるトーナメント制の勝ち抜き戦。一年生であるってだけでどうしても不利だ。体格も経験も違うしよ」


 ふむふむ。


「そこで、まず決めるべきだと思うんだ。不利を承知でなお三種目制覇を狙ってチームを割り振るか、必ず優勝を狙える一種目に絞ってメンバーを揃えるか」


 周囲がざわついた。「つまりどういうことだってばよ……?」と。渋川君の言っていることがわからなかったようだ。


「あー、あー。静粛にー」


 竹田君が場を納め、「要するに」と口を開いた。


「俺らB組の武器と言やぁ、高井と柳だわな。久慈も運動できるしー。こいつらを同じチームに入れて優勝を狙うか否かっつーことだわー」


 さすがクラス委員長。ぼんやりしているようでしっかりしている。……またしても「つまりどういうことだってばよ……?」と誰かが呟いたが、もう誰も反応しなかった。誰かは知らんがしっかりしろよ。


「そーだなー。まずそっから決めとくべきかー。……ところで渋川ー」


 竹田君が不敵に笑った。


「A組どれに力入れてるよ?」


 ―-合同体育の時などで自然と敵対してしまう隣の一年A組と、我らがB組はライバル関係にある。竹田君もその意識はあるようだ。つかあの竹田君が笑ったところ始めて見たわ。


「それがよ」


 渋川君は渋い顔をする。


「情報は仕入れたんだが、どうにもミスリード臭い。入手した情報だけで六パターンもありやがる」


 ミスリード――つまり誤報か。ちなみに選出メンバーは今日の内に決定され、当日の怪我や欠席以外でそれが変更されることはない。だから弥生たんも教室にいるのだ。一応。


「そうかー。そりゃ矢倉の野郎が考えそうなこったなー」


 確かに。情報ってのはどんなに徹底しても、どうしても漏れるものだ。ならば逆に流布する……正解とは違うダミー、いわゆる贋物を配ってまわり、正解を覆い隠すという手を使った、と。

 種目を早めに決めれば、その分早く練習ができる。

 僕らの場合は弥生たんが今日の朝まで言い出さなかったから今こんなことになっているが、もうよそのクラスはほとんど決まっているのだ。練習を始めているクラスも少なくない。


「矢倉の野郎がいる種目がA組の主戦力であるこたぁ間違いないだろうなー。奴らを潰した上で優勝できりゃあ言うことねぇがなー……さすがに厳しいかー」


 おお……我らがクラス委員長が珍しく仕事をしている。勝つために思考を巡らせていらっしゃる! こりゃ槍が降るぞ!


「うちの戦力を見るに、一点突破よりツートップがベストだろうなー。どれか一種目は捨ててー、残りの二つで勝負を掛けんのはどうよー? 運動できねー奴らには悪いけどよー。できる奴の邪魔になんのもヤだろー?」


 つまり二つの種目に戦力を集め、一種目は運動音痴を詰めて切り捨てると。

 異論はなかった。

 できない方としても、できないなりに自覚はあるのだ。竹田君の言うとおり、できる人の邪魔にだけはなりたくない。こと強制参加の団体協議であるからして、参加しないわけにもいかない。もしもギリギリ勝つか負けるかという極限状態においてミスなんてしたら、それこそ絶望である。


 竹田君の英断だった。一見冷たいようにも思えるが、結局それが誰にとっても不都合がないのだ。それを躊躇なく口にした竹田君はリーダーに相応しいと言えるだろう。


「高井と柳と久慈はどう思うよー? おまえらが同じ種目に出たいっつーならだいたい決定するけどよー」


 なるほど。どこをうちの主戦力にするか、高井君と柳君と久慈君に決めてもらおうってわけか。


「俺はどこでもいいぞ」

「バスケ以外」

「てめえで決めていいぜ」


 高井君、柳君、久慈君はそう答えた。


「ってことはバスケ以外ってのは決定かー。バスケは運動量と個人技能が影響しそうだもんなー。かじった程度の素人が専門みたいなバスケ部相手にすんのはしんどいだろうしなー。体力的に何回も試合すんのもダリーしなー。でもバスケは部員がちょっといるしなー」


 そしてそれと同じことがサッカーにも言えるだろう。


「……切るなら野球……か?」


 そう、個人よりチームプレイが最優先される野球こそ切るべきだ。野球に優秀な人材を投入しても、あまり作用しない。


 ――と思った時、僕は先日の朝、矢倉君と一緒に登校してきたことを思い出した。


 あのA組のカリスマは「野球に出る。柳君にそう伝えろ」と言っていた。僕はとにかくメガネをぶち割りたかったからすっかり忘れていたが、確かに言っていた。

 あれは、真実だろうか?

 それとも誤報だろうか?


「柳君」


 僕は小声で、隣の柳君に声を掛ける。


「この前矢倉君と話してさ、柳君に伝言を頼まれたんだ。すっかり忘れてたけど」

「伝言?」

「野球に出るから柳君に伝えろ、って。それでカンニング疑惑の貸し借りなしでいい、って」

「……そうか」


 柳君は一つ頷き、手を上げた。


「野球を希望する」





 柳君の一言が、大きく場を動かした。


「どーしてもこれがいい、っつー希望あるー? もしなければ俺に任せてくんねー?」


 竹田君はフランクに断りを入れると、黒板に僕らの名前を書き連ねていく。


 サッカーには、サッカー部と運動部を中心にした構成。久慈君はここに入った。


 バスケ部は、幸いにもバスケ部員が四人もいた。体力のある高井君もここに入った。


 そして野球には――野球部員さえ入れずに運動音痴のポンコツだけが集められた。……僕を含めて。


「こんな感じでどーよ? 柳は……やっぱ野球しか出ねえ? サッカーやってほしいんだけどよー」

「野球がいい」

「わかった。――異論なければこれでいきてーんだけど、なんか意見あっかー?」


 意見などなかった。

 いや、すばらしい。いつもぼんやりしていたくせに、よく僕らのことを見ている。それはチーム割を見るだけで明らかだった。


 いつにないほど積極的にリーダーシップを取る竹田君は、とても頼もしい。……あくびしてるけど。





 こうして球技大会の出場種目が決定した。

 B組の主戦力は、バスケとサッカー。特にバスケである。ここらは良いところ狙えるかもしれない。


 そしてポンコツが集められた僕含む野球は、……うん、まあ、コールド負けだけはしないことを目標にがんばろう。









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