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絶望高校帰宅部  作者: 南野海風
五月
26/202

025.五月二十一日  後半





 ゆるやかにショップを見て回りつつ、飲食店が集まっているフードコートへ向かう。

 そんな時、僕は気付いた。

 気付いてしまったのだ……正直気付かなくてよかったような気もするが、気付いてしまったのだ。


 擦れ違う幼女からギャルを経て初老の女性まで、だいたい柳君を振り返るということに。


 さすが柳君、最近ようやくイケメンっぷりに見慣れてきていたが、ちょっと男子高を出ればこの有様である。まさか年端もいかない、十代にも入っていないだろう女の子まで手を繋いでいるおかあさんと一緒に振り返るとは……柳君は恐ろしい奴だ。別に悔しくないけどね!……ごめんうそだ。


「ちょっと見ていいか?」


 柳君が指差したのは、自転車屋だった。そういえば来る時にちょっと自転車の話してたな。


「いいよ。買うの?」

「どうかな」


 柳君はマウンテンバイクが気になるらしく、まずそのごんぶとなタイヤに触れた。……まずそこに触れるってどうなんだよ。タイヤじゃなくてフレームのカラーとか見ろよ。

 むしろ柳君にはごついのじゃなくて、タイヤが小さい20インチのあっちの方が似合うと思うんだけどな。


 そんなことを考えていると、僕の携帯が鳴った。メールだ。

 僕は携帯を開き、愕然とした。


『デート?』


 かわいい絵文字つきのそれでその一文。送り主は……前原先輩!?

 周囲を見回す。柳君を気にしている女子グループがいる以外、人は絶え間なく流れている。内容的にどこかから見ていると思うが、見つからない。

 まあ、とりあえず、返信しよう。ここで立っていると邪魔になりそうなので脇に寄った。


『デートじゃないです。今見てますか?』


 すぐに返信があった。


『今じゃなくてさっきなんだけどね。ちなみに私もデート♪』


 どっちと? 前原先輩はどっちもイケる。どっちとデートだ? 男か? 女か? ……やぶ蛇な予感が拭えないから聞かないでおこう。知るのも怖い。


『こっちはデートじゃないです。今日は会の集まりはないんですか?』


『ええ。今日はそれぞれ用事があったからね。お姉さまはお洋服の生地の買出し、ヤッシーは家の都合で直帰。マコちゃんもお姉さまに付き合って行っちゃった。』


 マコちゃん……ああ、そうか。昨日覚醒した坂出君は、僕がONEの会に紹介したんだったな。あの薔薇の園が充実しつつあるのかと思うと、本能的な何かを感じずにはいられない。なんだろう? 畏怖の念だろうか? それともやはり貞操の危機だろうか?

 ちなみにヤッシーは、東山先輩のことだ。あの人のフルネームは東山安綱だから。


『まあそれ以前に、テスト準備期間だしね。』


 あ、そうか。そうだったな。


『もしかして初デート? 楽しいわよね、初デートは。』


「だからデートじゃねえよ」


 僕は呟き、携帯を閉じた。

 振り返ると、柳君が女子高生と思しきギャル三名に逆ナンされていた。自転車屋で。店員のおっさん見てるのも構わず。

 よっぽど放って帰りたくなったが、柳君は僕を見つけるとギャルを無視してこっちにやってきた。


「行こう」

「あっちはいいの?」


 柳君は黙って首を振った。





 それからのことは、語るのが非常に面倒臭い。

 トイレに行って戻ってくると、柳君は大学生くらいの年上のお姉さまに逆ナンされていた。



 フードコートに到着し、僕は注文、柳君は席取りと役割分担を決めて別れる。

 牛丼二つ持った僕が振り返った先で、灰色ブレザーの女子高生数名に柳君が逆ナンされていた。



 そして本日もっとも情熱的な愛は、これだ。

 十歳くらいのリボンがかわいい女の子が、ぶつかるように柳君に抱きつき「めっちゃ好っきゃねん! めっちゃ好っきゃねん!」と大声で二回叫んだ。世界の中心で愛を叫ぶより大胆かつ積極的であると言わざるをえない。あと僕に「邪魔!」って言った。年齢的にどうとも思わないが、その言葉がこの場の女性の本音を代弁しているようでちょっといたたまれなくなった。





 というか、だ。


「モテすぎだろ!」


 ショッピングセンター歩くだけで十人以上にナンパされるとかどういうことだ! しかも僕が一緒の時は一切声を掛けてこないし! むしろ「邪魔」って目で見られるし! いやわかってるよモテないことくらい! 自分がモテないことくらい! わかってるよ! ……わかってるよ……


「なぜだろうな」

「顔だよ!」


 自覚しろいい加減! そっちのそういうアレな……その……傷つくんだぞ! そういうのは! そういうアレは!

 …………

 いや……違うだろ。違うだろ僕。落ち着け。柳君は悪くないだろ。付き合わせたのは僕なんだから、こうなったのもある意味僕のせいだ。

 はあ、やれやれ。

 とりあえずHON-JOを出る頃には疲れ果てていた。柳君もどことなく無表情にかげりが伺える。


「なんか無駄に疲れたね」

「そうだな。早く帰ろう」


 同感である。飯も食ったし。


「それじゃ柳君、また月曜に――」


  ピリリリリリ


 僕の言葉を遮るように、柳君の携帯が鳴った。


「すまん」


 柳君は電話に出た。僕は帰ろうかな、と思ったが……


「今駅前だ。もう帰る。……一緒にか? ああ、じゃあ待っている」


 ん?

 手短に話を済ませ、柳君は携帯を閉じた。


「誰?」

「妹。この辺にいるらしい。一緒に帰ることにした」


 妹? 柳君の妹? 確か中二の妹?


「……なんだ?」


 じっと柳君の顔を見詰める。

 この整いすぎて冷たい印象が強い、類希な遺伝子と血を連ねる近しき存在……

 思考時間一秒未満。僕の決断は早かった。


「柳君」

「なんだ」

「おにいさまと呼んでも?」

「断る」

「僕じゃダメなのか!?」

「当人同士の問題だろう。俺の意志は関係ない」

「妹さんを僕にくれよ! 代わりに僕の妹をやるよ! 僕の全財産つけてもいいよ!」

「おまえの全財産は三千円だろう。妹を安売りしすぎだ。落ち着け」





 微妙に嫌がる柳君に無理やり付き合い、僕は柳君の妹を待った。焦がれるようにして待った。


「――兄さん」


 ついに、その時はやってきた。





 眩しすぎて目がつぶれるかと思った。

 す、すげえ……文句なしの美少女だ。文句なしの美少女だ!


「け、結婚してください」

「え? 嫌です」


 取り乱して結婚を申し込むほどの美少女が、目の前にいた。冷たい印象が強いのは柳君とそっくりだ。あと涼しげな目元が似ているかな。驚くほど白い肌は雪を思わせ、さらっさらの長い髪がめちゃくちゃ綺麗だ。もう細いしかわいいし細いしかわいい。


「落ち着け一之瀬。今おまえはひどいバカだ」

「バカにもなるだろこれ! どういうことだよ!」

「なぜキレるのかもわからん。落ち着け」

「おにいさま!」

「おにいさまと呼ぶな」


 言い合っていると、柳妹は笑っていた。


「あなたが一之瀬さん? 兄がいつもお世話になっています」

「あ、はい。……結婚してもらえます?」

「ダメです」


 なるほど、拒否り方のきっぱり具合が柳君そっくりだ。というか落ち着こう、僕。いいかげん落ち着こう。いくら女に飢えていたからっていきなり結婚を申し込むとか正気じゃなさすぎる。錯乱しすぎだ。

 でもわかってほしい。

 正気を保てないほどの、それくらいの美少女だということを。





 柳蒼次の妹、柳藍。


 僕にとって衝撃の出会いだった。





 この直後、「彼氏いますけど」って言われて絶望したけどね! ああ絶望したさ! 短い春だった!









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