冬のある日の二人
要望がありましたので、SSを追加します!
過分にR15成分が強いので、15歳未満の方は読んじゃダメですw
あと少しで新年を迎える帝都には、本格的な冬が訪れていた。温暖とはいえない帝国の冬は暗い。
北方の山脈に足止めされた雲は帝都を白く塗りつくしている。
夕方を迎える帝都には夜の先触れが広がり、窓から漏れるオレンジの灯りが目立ち始めていた。
そんな帝都の貴族街にあるアーガス王国大使館では、忍び込んでくる冷気と戦うワーカホリックの姿があった。
「ぶえっくしょーい!」
駐在大使として執務室で計画書を作成していたローイックは、机の上で山になって溜まっていた書類を吹き飛ばすくしゃみをした。
舞い上がった書類はひらひらと土色の絨毯へと雪の様に重なる。
「ちょっとローイック。風邪ひいたんじゃないの?」
なにごとかと部屋に入ってきたキャスリーンが落ちた書類を拾い集めている。
集めた書類を持ってローイックに歩み寄り、トントンと机で整えた。
「いやぁ、暖炉に火は入ってるんだけどさ」
ローイックは伸び始めた髪をかきあげ、のほほんと笑う。部屋は外に比べれば格段に暖かい。
キャスリーンは厚手の赤いドレスに厚手のストールだ。寒さ慣れしているとはいえ、薄着だ。
対してローイックは普段着ている詰襟の上に、キャスリーンお手製「愛情マシマシ手編みのカーディガン」を羽織ってヌクヌクのはずだった。
「根つめすぎよ。温まるように紅茶でも入れようか?」
「あー、じゃぁおやつにしよう」
「用意してくるね」
にこっと笑うキャスリーンがトコトコと部屋を出て行った。ローイックは椅子に深く腰掛けふーっと息を吐く。
既に夕刻で職務時間は過ぎた。護衛の第三騎士団の騎士は一階エントランス付近でのんびりしているだろう。
キャスリーンは知らない事だが、第一騎士団が極秘に周囲を警戒している。不審者がここに入り込む余地はほとんどない。
彼女たち本来の役目は来賓の女性の警護でありキャスリーンの警護だ。これでいいのだ。
「もう一年が終わるのか」
ローイックは呟いた。
臨時大使として任命されて、あれよあれよといつのまにか正式な駐在大使になっていた。そうして大使になってから初めて迎える年越しだ。
帝国に来てずいぶん経つ。もう何年だろうか。キャスリーンと一緒にいられる今は、とても幸せだ。
綺麗な彫刻が施された執務室の天井を見て、ローイックはそんな事を考えていた。
「なーに黄昏れてるの?」
耳に優しい声が降ってきた。ローイックは顔をぐるっと回す。
ワゴンにティーポット、カップ、焼き菓子を乗せてプゥと頬を膨らませるキャスリーンが立っていた。
「んー、もう今年も終わるんだなーって、考えてた」
ローイックはにへっと笑いかける。頬を膨らませた奥さんも、彼にとってはご褒美なのだ。
溺愛もここに極まれり。
「なにごともなく、終わっちゃうわね」
ちょっと拗ね気味のキャスリーンが、ガチャッとカップを鳴らしてトレイを机に置いた。
――なんかいっちゃいけないこといったかな?
慣れた手つきで紅茶を入れるキャスリーンを見て、ローイックは自らを反芻した。
――そーいや、忙しくてあんまり外出もしてなかったな。
大使として初年度だ。あちこちに顔を売りに行く必要もあったが、それよりも麦の病気の対策で母国から来る使者たちの宿泊の手配や物流の確保など、やる事は山盛りに詰み上がっていたのだ。
多忙を極め、新婚なはずのローイックとキャスリーンは新婚旅行すらも行けていない。
奥様のご機嫌がすぐれないのにも訳があったのだ。
これはいかんとローイックは気の利いたセリフでも、と考えた。
「来年は少し落ち着くだろうから、どこかに出かけようね」
ローイックが優しく声を掛ければ紅茶を注いでいたキャスリーンの頬が緩む。
「そんなこと言って、まーた忙しくなるわよ」
言葉とは裏腹にキャスリーンの声は弾んでいる。ローイックの作戦は成功だった。
「ハイできた」
「うん、ありが……なに?」
右手にカップを乗せたソーサーを持ち、左手に焼き菓子を持ったキャスリーンが両手を突き出してきている。
「はい、あーん」
キャスリーンの左手はローイックの口もとに狙いを定めているようだ。やや焦げたマドレーヌから漂う甘い匂いが、ちょうど空いてきたお腹を刺激する。
くぅ。
ローイックのお腹が小さく鳴った。
「ちょっと失敗して焦がしちゃったけど、おいしい筈よ」
微笑みの中にちょっとの不安を覗かせたキャスリーンが、可愛く首を傾げる。そしてぐいっと口にマドレーヌ押し付けてくるのだ。
男として、夫として、ここで食わねば家庭崩壊だ。
などと深刻に考えるローイックではない。その心には歓喜の讃美歌が流れている。
ローイックはキャスリーンの指を噛まない様に、ぱくっと食いつく。
「うんうん」
もぐもぐするローイックを、嬉しそうに目を細めてキャスリーンが見てくる。
「美味しいね。ちょっと後味が変わってるけど」
味の感想を述べた直後、ローイックは体の芯がカッと熱を持った。ドクリドクリと心臓が咆哮を始め、その熱が頭にも到達した。
――あれ、ちょっと、おかしくない?
ふふっと笑うキャスリーンが少しぼやけ、酷く妖艶に見えてきた。体の熱はとどまる事を知らず、燃やすようにカッカと体を火照させていく。
「ほら、まだ残ってるわよ」
キャスリーンの手にはまだ齧った残りがある。ローイックの頭は熱で浮かされたようにぼんやりとしてきた。
あのマドレーヌを、どうしても食べたい。
いや、むしろ……
ローイックの手は無意識の内のキャスリーンの左腕を掴んでいた。少し引き寄せ、彼女の指ごと口の中にいれてしまう。
「そんなに焦らなくっても、まだあるのよ?」
キャスリーンの右手にあったソーサは机に置かれ、空いたその手はローイックの頬に当てられた。
ローイックの口の中には、すでにマドレーヌの影は無く、キャスリーンの指を丁寧にしたでなぞり上げていた。
一本一本、愛おしむように。
未だに止めない剣の鍛錬でまめができている、その白き指先まで。
キャスリーンがキャスリーンである、その証拠だ。
ローイックの視界は白くぼやけ、沸々と湧き上がる赤い欲望を隠せなくなっていた。
おかしさに気がつきつつも、もはや制御不能の本能は止まらない。
ローイックはガタと立ち上がり、頬にあるキャスリーンの右手を乱暴に引き寄せた。
キャスリーンは抵抗もせず、すっぽりとローイックの腕の中に収まってしまう。
「あれ、ちょっと効きすぎた?」
キャスリーンの声を合図に、ローイックの山猫ほどの本能が雄叫びをあげた。
―☆――☆――☆――☆――☆―
――ちょっとお義母様! こんなに効き目バツグンなんて聞いてない!
恍惚とした表情でローイックに指をなめつくされ、背筋に云われぬゾクゾクと走る刺激を感じながらも、キャスリーンは心の中で義理の母親に抗議していた。
作ったマドレーヌには、ローイックの母親から贈られた強壮剤が練りこまれていた。
ギスリ草という「畑のマンドラゴラ」と言われている精力促進作用のある植物と、足を切断してもいつの間にか再生していると言われるシナズカメという亀の肝を乾かして粉末にした持続力と回復力に効果てきめんの男性の味方だ。
どちらも仕事真面目なローイックに困っているだろうキャスリーンを助けるため、早く孫の顔が見たい欲望のために用意されたのだ。
――でも、いつもと違ってガツガツするローイックって、良いわね……
既に指を舐め終え、キャスリーンは耳を甘噛みされていた。ローイックの指がキャスリーンの頬をなぞり、今は唇を蹂躙している。
「はぅ……」
キャスリーンの口から喘ぎが漏れた。
ローイックが触れた場所から熱が移り、キャスリーンの吐息にも伝染する。
カーディガンは既に脱がされており、冷えた空気が肌に染み込んでくる。だがそれを弾き返せるほど、キャスリーンは熱に包まれていた。
うなじを、首筋を。
ローイックの唇が軽い痛みと赤い跡を残していく。
その度にキャスリーンの身体はジワリと熱に犯されていく。
普段はベッドの上でも積極的には攻めてこない夫にいいように玩ばれ、キャスリーンは得も言われぬ満足感に包まれていた。
――奪われるって感じで、これはこれで……
いつもの道から外れ、未知の領域に突入する前の高揚感と不安感の熱に浮かされ、キャスリーンも欲望に溺れそうだった。
体の芯の熱が下腹部に移り、女のとしての本能に火をつけてまわった。
「んふ」
声に甘えをのせ、キャスリーンは手をローイックの胸に当てた。おねだりするように、指先でくるりと円をえがく。
「姫様!」
ローイックの手が顎の添えられ、強く唇が吸われる。
――興奮すると呼び方が昔に戻っちゃうんだから。
貪るような口づけにキャスリーンの理性も蕩けていく。望むままに、ぬめるローイックの舌に絡みあわせた。
いつまでも自分を姫様扱いしてくれる夫が、キャスリーンの自慢であり、最愛の人なのだ。
乱暴に求められ事にも喜びを感じ、もう待ちきれない崖っぷちまで追い詰められていた。
山猫の本能は、十分に通用するものだったようだ。
ローイックの掌が胸にあてられ、指が立てられた時、キャスリーンは我に返った。
――使用人も返してないし、護衛の騎士もまだいる!
このまま情事にもつれ込みたい気持ちとは裏腹に、頭には元皇女として、大使夫人としての尊厳が復活する。
お付の侍女であるミーティアは懐妊しており、出産まで領地に帰っていて不在だ。彼女の夫であるハーヴィーも同行して不在だ。
それだからこそ仕掛けたのだが、計画がずさんすぎたようだ。
――扉に鍵もかけてない。窓のカーテンもまだ。人払いもしてない。様子を見に来た侍女に見られちゃう!
キャスリーンの混乱度合いが深まるほどに、ローイックの指先がドレスのボタンを外していく。ドレスの胸元は大きく開かれ、肩から滑り落ちた。
――ちょっと待ってぇ!
すでに胸は肌着が露になっており、隠されていた雪の様な谷間にローイックの手が滑りこんでくる。
優しくもまれ、敏感な部分をそっと撫でられ、キャスリーンの身体は激しくふるえた。
――そこは、よわいの……
びくりと火照った身体が悶える。指先が痺れ、腰が熱くうずく。
このまま襲い来る快感に流されてしまいたかった。
だがキャスリーンは唇を離し、ローイックに懇願する。
「ねぇ、カーテン……」
ローイックの耳に届いたのか、キャスリーンは腕に囲われたまま、窓へ連れ歩かされた。ローイックがカーテンを閉めるたび、キャスリーンは唇を吸われ、ドレスのボタンを外されていく。
草食から肉食に変身したローイックに、キャスリーンは溺れていった。ぼやけた意識のままキャスリーンもその都度強くローイックを求め、より深い快楽へと沈んでいく。
最後のカーテンを閉めた時には、キャスリーンのドレスは床に転がっていた。
「もう大丈夫だ」
ローイックのギラついた笑顔に、キャスリーンは小さく頷くことしかできない。キュンと胸が期待に痛んだ。
そのまま備え付けのソファに押し倒されたキャスリーンの胸元に、ローイックの顔が埋められた。ローイックの熱い息が胸を覆う。
漏れそうな喘ぎ声をこらえ、キャスリーンはローイックの頭を抱きしめた。
胸が切なさで満たされていく。目の奥が熱い。
「いっぱい……愛して」
キャスリーンの口からは、とめどない喜びの声があふれだした。
―☆――☆――☆――☆――☆―
「わ、あんな体位で!」
「立ったまま」
扉にしがみ付くように二人の女性が隙間から中の様子を窺っていた。テリアとタイフォンだ。
帰って来ないキャスリーンを不安に思った侍女が、たまたま護衛任務だったテリアとタイフォンに様子見を依頼していた。キャスリーンの従妹である二人ならば、多少の粗相は許されるのだ。
そうして様子を見るためにそっと開けた扉の隙間から見てしまったのである。
二人の激しく愛し合う姿を。求めう姿を。
「やるじゃない、ローイック君」
「旦那に、見習わせたい」
ニヤつく二人の気配には気が付かない程、ローイックとキャスリーンは深い欲望の沼に溺れているのだ。
嬌声が、荒い息遣いが、肌を叩く音と共に部屋から漏れてくる。
二人は顔を赤く染めつつも取りつかれたように視線を離せないでいた。
覗きは甘美な罪の味。
罪悪感を感じるが、二人は他人の情事を垣間見る機会を逃すつもりなどなかった。
「あ、終わった」
テリアがぼそっと呟いた。
「……始まった」
タイフォンが続く。
「まさかの連チャン?」
「抜かずだ」
「「まさか!」」
二人は練りこまれた精力剤と強壮剤の存在を知らない。ただキャスリーンから、その存在と効果のほどは聞いていた。
二人は悟った。
これは、触れてはいけない獣のまぐわいだと。
求めあう欲望を止めていた理性がお出掛けしているのだと。
ただ、キャスリーンが喜んでそれを受け入れていることも。
「……あとでアレ、分けて貰おうかしら」
「旦那に呑ませる」
見ているだけで燃え上がりそうになる自らの体を鎮めるように、二人は囁き合った。
そしてそっと扉を閉じると、侍女たちに湯浴みと軽い食事の準備を命ずるのだった。
「アレ、朝までやりっぱなしじゃない?」
「疲れたら、寝る」
二人は並んで廊下を歩く。
双子だけあってそっくりだ。
目もとのホクロが無ければ見た目での区別が難しい。
「良いわね~若いって」
「老いは、自覚すると、急激に進む」
「なにあんた、あたしに喧嘩売ってんの?」
「歳、変わらない」
テリアは「まったく」と肩を竦めた。
「ともあれ」
タイフォンがニコッと笑った。
「跡継ぎは、直ぐにできそう」
それを聞いたテリアも頬を緩ませる。
「あたし達も頑張んないとね~」
「同感」
二人はバシッとハイタッチした。
従妹に負けじと、子作りに励む宣言をした二人だった。




