表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第三騎士団の文官さん  作者: 海水
キツネとタヌキ
5/59

第五話 鏡の中の優男

 ジャキジャキとハサミの音が、静かな食堂に木霊している。キャスリーンはぷりっとした唇をペロッと舐めながら、得意げにハサミを鳴らしていた。


「あっ!」


 ハサミがブレる度に、心配顔のミーティアからは、ハラハラした吐息が漏れている。その手は中途半端に開いて、空中の何かを掴もうと彷徨っていた。今にもローイックの頭にハサミが刺さりそうだからだ。ローイックの心配した通り、キャスリーンのハサミの腕前は、剣のそれ程は良くなかった。髪の毛の長さはバラバラで、所謂虎刈りになってしまっている。

 ローイックが「あの、姫様」と声を掛けてもキャスリーンは「ちょっと静かにしてて!」ととりつく島もなかった。ローイックの前髪を摘まんだ指がプルプル震えている。彼女も緊張しているのだ。

 ローイックはキャスリーンの真剣な顔をじっと見つめた。剣の稽古以外では、この真面目な顔をする事は稀だったからだ。ローイックは日中は書類と戦っているので、キャスリーンの剣の稽古は見た事は少ない。だから、今、目の前にある彼女の真面目な表情というのは、貴重なのだ。

 いずれ彼女はどこかに嫁いでしまう。ローイックは、しっかりと瞼に焼き付けておきたかった。


「……あんまり、じろじろ見ないでよ」


 至近距離で見つめられたら、キャスリーンとていい気はしないのだろう。そう考えたローイックは静かに目を閉じた。視線を下げると、必然的に胸元に行ってしまうのだ。キャスリーンのそこは、彼女の性格とは真反対で控えめだった。本人が気にしているのを耳に挟んだことがあるから、ローイックは避けたのだ。


「えっと、それはそれで、恥ずかしいんだけど」


 何故恥ずかしいのか分からないローイックは、どうして良いか分からず、小さくため息を付いた。





「見事なまでにバラバラですね」


 ミーティアの口からは辛辣な言葉が飛び出てきた。


「……うるさいわね」


 キャスリーンによって綺麗に切り揃えられた筈のローイックの髪は、無惨という言葉がしっくり来てしまう出来映えだった。唯一の成功は、ローイックの視界がすっきりした事である。鏡で見せられた惨状でも、ローイックはメゲなかった。


「いやぁ、さっぱりとして、世界が明るいですね」

「……ローイックごめんね」


 ローイックがフォローのつもりで呑気な感想を述べても、キャスリーンは俯いてしまった。ローイックは、その様なことは望んでいない。


「いえ、よく見える様になったのは姫様のお陰です。ありがとうございます」


 ローイックは、努めて穏やかな笑みをキャスリーンに向けた。彼女の落ち込む顔など見たくないのだ。顔を上げ、ローイックの笑みを見たキャスリーンは「でも、カッコいいよ」とはにかんでくれた。それだけでローイック的には満足だった。

 ただ、それでは髪型の問題は解決しないのであるが。


「はぁ、仕方ありません。私が仕上げます」


 ミーティアがため息を零しながらハサミを取り、ローイックの前に立った。


「これ以上此処にいると、当てられた私がいたたまれなくなりそうですし……」


 彼女のボソボソとした独り言は、ローイックには良く聞き取れなかった。





「この程度でよろしいでしょうか?」

「さっすがミーティア。何をやらせても完璧ね!」

「おそれいります」


 ミーティアが額に光る汗にハンカチを押し当てて拭っている横で、キャスリーンが嬉しそうに手を叩いた。ローイックは二人の感じから、見れるようにはなったのだな、と思った。

 手で確認してみると、髪の毛の段差はなくなり、長さも指でとかす程度はあった。耳周りも空気に触れていて、ややひんやりとしている。


「どぉ? 似合ってると思うんだけど?」


 キャスリーンが鏡を持って見せてくれた。皇女にやらせて良い事ではないが、ミーティアはその横で自身の作品を満足げに眺めている。ミーティアは、なんだかんだで、キャスリーンがローイックの為に何かをすることに対して、見落としてしまうこともあるのだ。


「凄い、さっぱりしました」


 鏡の中のローイックは、何処の優男だ?という男性になっていた。茶色の髪と、ちょっとたれ目でぽやーんとした顔がそう見せているのだろう。


「ほら! 言った通り、ローイックはカッコいいのよ!」

「はいはい、そうですね。ご婦人方が放っておかないくらいには、優男ですね」

「……なんで毒が入ってるのよ」

「はぁ……」


 したり顔で話しかけてくるキャスリーンに対して、ミーティアはヤレヤレと言う顔で肩を落としていた。鈍感な二人に挟まれているミーティアもまた、苦労人なのだ。





 遠くで鐘が十回鳴ると同時に、廊下から話し声と多数のブーツの靴音が聞こえてきた。休憩時間に入ったようだ。少々フライングだが、まぁ第三騎士団はこんなものだ。


「いけませんね、皆さんが帰ってきます。片付けませんと」


 ミーティアがスッと動き、箒とちりとりを持ってきた。テキパキと散らかった髪の毛を集めている。彼女はデキる女なのだ。

 キャスリーンはローイックの背後に回り、首の後ろで縛った布を外しにかかっていた。ローイックは慌てて「自分でやりますから」と制止したが、キャスリーンはそんなことで止める女ではない。


「見えないんだから、できる訳ないでしょー」

「いや、できますって」

「だめよ!」


 ローイックからは見えないが、恐らくは口を尖らせているだろう口調だった。端から見ればじゃれているとしか見えないやりとりでも、ローイックは真剣だ。皇女に何をやらせているのだ、と怒られると、自らもだが、キャスリーンの立場が悪くなるからだ。


「おー、ローイック君がさっぱりしてる」

「ミーティアさんは万能ねー」

「あたしにも欲しいなー」


 騎士たちは食堂に入り、すっきりしたローイックを見て、ミーティアがやったと看破していた。キャスリーンが不器用なのは有名なのだ。また、キャスリーンが無自覚にローイックとじゃれるのは日常の風景なので、騎士達もあげつらう事はしない。寧ろ黙って二人を生暖かく見守っている。

 彼女達は年齢も様々で、上は三十半ばから下はミラージュのように未成年までいる。既婚者もいる。ちなみに成人は十六歳からだ。キャスリーンは成人すると同時に騎士団を作り、そこの騎士団長に収まったのだ。


「みんなお疲れ様ー。問題あったー?」


 騎士達が休憩に帰ってきたことに気が付いたキャスリーンが、労いの言葉をかけた。本来なら彼女も行ってなければならなかったからだ。生憎、今日はローイックの身嗜みを調える必要があり、行けなかった。皇帝陛下の視察があるために、優先はローイックの見てくれなのだ。


「特にありませ~ん」

「特になし」


 キャスリーンに答えたのは騎士団で副官をしているテリア・ロックウェルとタイフォン・ロックウェルだ。この二人は双子で、キャスリーンの従姉妹にあたる。母親の姉の娘で、二十歳と年齢も近く、幼い頃から頻繁に遊んでいたのだ。此処《騎士団》にいるという事は、やはりというか血筋なのか、お転婆なのだ。一応既婚者で、面白い事に同じ家に嫁いでいる。だから苗字が一緒なのだ。

 髪の色や顔立ちはキャスリーンに似ているが、瞳の色が茶色で違っていた。似たような背丈で、何かの時はキャスリーンとすり替わる替え玉、ということになっている。





「へぇ、ローイック君、カッコ良くなっちゃって~」

「なるほど」

 

 テリアとタイフォンはローイックとキャスリーンの顔を見比べていた。そして意味深に微笑んだ。


「ちょっと、どーゆー意味よ」

「そのまんま、ですけど?」

「お似合い」


 テリアとタイフォン姉妹。口元に黒子があるのがテリアで、ぼそりと話すのがタイフォンだ。


「なななに言ってるのよ!」


 お似合いと言われ、キャスリーンがどもり始めた。照れを隠すためか、口調も強くなっている。


「美男美女の組み合わせって、理想よね~。萌えるわ!」

「狐と狸」

「い、意味が分からないわよ!」


 良く似た顔の三人がワチャワチャ言い合いをしているのを、ローイックは為す術なく、見ていた。口を挟めばとばっちりを受ける、と考えたのもある。


「ローイック!」


 キャスリーンが涙目でローイックを睨んできた。色々と耐えきれなくなったのだ。


「……何故私なんです?」


 何故かとばっちりは、キャスリーンから飛んできた。ローイックは意味が分からず、首を捻るばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ