第四十二話 特別法廷
ちと長めです
太陽も地平線に半分以上隠れてしまい空も薄暗くなる中、アイランズ商会の屋敷の中で一番大きな部屋に、ホークとガレンは監禁されていた。逃亡しない様にするために両手を縄で縛ろうとしたが、ホークが「お前らにそんな権利など無い」と喚くのでハーヴィーとミーティアが彼の後ろに立ち、見張りとなった。ガレンはキャスリーンの姿を認め、素直に縄で縛られている。拒否は今後の事業にも悪い影響を与えると感じたのだろう。この辺は商人の思考だ。
会議でも開かれるであろう程の大きさの部屋の中にはローイック、キャスリーン、ハーヴィーとミーティアを筆頭にした黒い侍女部隊がいる。第三騎士団の騎士達はゴロツキと娼婦の見張り、及び屋敷の監視についている。
「けっ! 何の権利があって、手前にこんな目に合わされなきゃなんねえんだ。大体なんで姫さんがここにいるんだ! 晩餐会にいたはずだ!」
髪型も乱れ、洗ったものの香辛料が効きすぎたのか若干顔が腫れてしまっているホークが喚く。五月蠅いので椅子に座らせているが先程から口を閉じようとしない。ローイックに香辛料を投げつけられたことが余程頭に来ているのか、気品の欠片も見られない。キャスリーンの前だというのに取り繕うともしなかった。
ローイックとキャスリーンは仲良く並んでホークの前に立っている。皇女を立たすわけにはいかないとローイックはソファーに座るようにお願いしたが、彼女が「ローイックの傍にいる」と言って聞かないのでこうなっていた。
「晩餐会ねぇ」
ホークの喚きにローイックは呟いた。
「あれは嘘ですよ。貴方を騙すためにわざわざ仕組んだんです。とある国から来た来賓なんていません」
「宮殿にいるのはテリアだし、偽の来賓は彼女の夫が変装した者だ。貴殿が見たのは私の身代わりのテリアだったというわけだ」
ローイックの説明をキャスリーンが引き継いだ。
「なっ!」
あっさりとばらされた嘘にホークが絶句する。彼は単純故に素直に騙されていたのだ。ホークが言葉を無くしていると、部屋の外が騒がしくなった。どかどかと複数の足音が響く。
「きましたね」
ローイックの声と同時に扉がノックされ、灰色の外套に身を包んだヴァルデマルが姿を見せた。その他には護衛の第二騎士団の騎士が五人と、ローイックと同じ青い文官服の若い男性が一人が部屋の中に入ってくる。
「御足労すみません、閣下」
「いやそのままで良いぞローイック君。ご苦労だな」
ローイックは頭を下げるが、ヴァルデマルが手で制してくる。ヴァルデマルは外套を脱ぎ、近くの騎士に預けた。ホークが中に入って来たヴァルデマルに驚いているが、後から入ってきた文官を見て眦を上げた。
「なんでお前がここにいるんだ!」
「ひ、ひぃ」
ホークに怒鳴られた文官は護衛の騎士の後ろに隠れてしまう。余程ホークが怖いのだろう、ヤレヤレと肩を落とす騎士の後ろで彼はカクカクと震えていた。
「私が呼んだのだ」
ヴァルデマルが彼を庇うように前に出た。白髪を綺麗に後ろに流し、深く刻まれた皺の目立つ顔をホークに向け、睨みつけている。
いつの間にかガレンの顔が真っ青に変わっていた。事態を把握したのかも知れないが、時すでに遅しだ。
「ではこれより、ローイック・マーベリクを原告、ホーク・アレイバーク並びにガレン・アイランズを被告として、帝国宰相である私、ヴァルデマル・シェルストレームの名の元に、特別法廷を開廷する」
即席の裁判を開始するヴァルデマルの声が、厳かに響き渡った。
「まずはこちらです」
ローイックは数冊の書を手に持ち、ホークとガレンに見えるように掲げ、話しはじめる。
「これは偶然、宮殿の第一書庫で見つけたものです。これがなんだか分かりますか?」
ローイックは表紙には何も記載されていない書をホークに見せた。
「はっ、知るかよ、そんなこ汚ねえもん」
ホークが吐き捨てるように言った。知らない様子だ。ガレンはというと、その書を目を細めて凝視している。
「これは帳簿です。しかも非公式のね。俗に言う裏帳簿と言われているものです」
ローイックはペラペラとページをめくり手を止め、にっこりと微笑みながら、青を通り越して白くなっているガレンに見せ付けた。
「ネックレス、宝石、指輪。高そうな物ばかりですねえ。おや、この証書は見たことがありますねえ。立派な証書だ。宛名は第一騎士団、日付も、固有の番号もありますね」
ローイックは大袈裟にそう言うと、書から一枚の証書を指で挟み、頭上に掲げた。ホークが顔を歪めているが、何だか分かっていないようだ。対照的にガレンは今にも倒れてしまうのではないかと思うくらい、白い顔をしている。
「やぁ、透かしも綺麗ですね。たしか創業者の方でしたよね」
ローイックはガレンに笑みを向けたが、その目は笑ってなどいなかった。怒気を孕ませた視線を投げつけていたのだ。
「けっ、そんなもんが何になるってんだ」
ホークが口汚く吐き捨てるとローイックは更に別な書を取り出した。この書の表紙には記載がある。
「これは第一騎士団の帳簿です。昨年のですが、特別にお借りしました」
ローイックはペラペラとページをめくり、一枚の証書を手に取った。同じくアイランズ商会の物だ。
「こちらも同じくアイランズ商会の証書です。訓練用の剣を百本購入しているようで、ちゃんと透かしもあります。おや、でもあるはずの固有の番号がありませんねえ。あれ、おかしいなぁ」
この証書には手書きで記入されるはずの固有の番号がなかった。商会側の売上伝票かなにかと連動しているはずである。
「おかしくないですか、ガレン殿。商会側では、この売上はどう処理されているのですか?」
「アホが。そんなの一々残すわけねえだろ!」
ローイックの挑発にホークが吠えた。が、ホークは経理の仕組みには疎いようで、頓珍漢な事を叫んでいる。
「へえ、売上伝票を残さないなんて、ふふふ」
ローイックはガレンに対して意味深に微笑む。ガレンは全てを悟ったのだろう、項垂れているだけだ。
「第一騎士団に売った宝石なんかの売上伝票も残さないわけですね? では瑕疵があった場合の保証はどうするのでしょうねえ。売った商品の確認ができなければ返品も交換もできないですよねえ」
「返品なんてするわけねえだろ! もしそれがなかったら、お前はどう落とし前をつけるつもりだ! ここまでやっておいて謝って済む問題じゃねえぞ!」
「売った証の証書があって売上伝票が無かったら、売り上げの偽装、粉飾です。しかも脱税ですね。アイランズ商会の信用は地に落ちますねぇ。まぁ、私は困りませんけども」
「なん、だ……」
ホークがガレンを見た。ガレンは項垂れたまま動かない。ここに至り、ホークも不味い状況だと気が付いたようで押し黙ってしまった。ローイックは後方の文官に視線をやる。騎士の後ろから顔だけをひょっこりと覗かせていた若い文官が、ひゅっと首をひっこめた。
彼の気持ちがわかるだけに、ローイックはその動作に苦笑いだ。
「彼は第一騎士団の文官の一人です。事前に取り調べに応じてくれたのでここに証人として来てもらいました」
ローイックは彼をホークの視線から庇うように立ち位置を変えた。
「彼は正直に話をしてくれました。団長に証書を投げつけられて処理しておけと命令された、と。購入した宝飾品と同額の証書があった。果ては娼館を借り切った費用もそこで処理していたみたいですね。間違いありませんか?」
「ま、間違いありません」
強引ではあるが、ローイックは彼に同意を求めた。
「これ、第一騎士団の予算から買ってますよね?」
「……はい、そうです」
「いやぁ、第一騎士団は予算が沢山あって羨ましいです。第三騎士団は人数も少なく、予算も厳しかったので苦労しました。不足分は姫様の個人的な費用で賄っていただいており、我が力のなさを痛感しております。と、まあこの辺でやめてと。ホーク殿、これ、横領ですよね? 違いますか?」
ローイックも第三騎士団で文官をしており、費用のやりくりで苦労をしていた。ホークに無理を言われ、仕方なく従っていた彼の苦悩も分るのだ。そして勇気ある行動の果てに待っているものも。
「裏切りやがったが、お前も加担してるんだ、同罪なんだぞ? 分ってるのか? 騎士団にいられねえようにしてやるぞ!」
ホークが顔を真っ赤にして彼を恫喝し始めた。自分だけが悪い訳じゃないという思いと、道づれを作りたいのだろう。ローイックはその行為を浅ましいと卑下する。男たるもの、更には公爵という立場にある者のやる事ではない、と思っている。
当然こうなるのは分っていた。分っていたローイックが手を打たないわけは無い。今のローイックには勅命という旗がある。問題解決のための多少の無理はきくのだ。
「彼は正直に話す代わりに自分の身の安全を要求してきました。当然です。馬鹿正直に話せば自分も犯罪者ですから。しかも彼はそれほど地位のある貴族ではないし、騎士団内では立場の弱い文官です。彼の安全確保のため、明日から第三騎士団に移動してもらいます。私も手伝いますので、慣れてくださいね」
ローイックは騎士の後ろに隠れている彼に振り向いた。が、彼は隠れたっきり出てこない。これも当然だった。アレイバーク家の威光は、帝国内では燦然と輝いているのだ。何かしらの嫌がらせは受けるだろう。
「手前が勝手に決められる事じゃねえだろうが!」
ホークがローイックに対して吼える。
確かにローイックに人事権はない。そもそもローイックは帝国の政治とは関係ない。関係ないが、関係あるようになってしまったのだ。
「今回の件。誰の命令か、分っていますか? レギュラス陛下の勅命なんですよ」
「なっ!」
ローイックの言葉にホークは絶句した。だがすぐに再沸騰する。
「帝国の貴族でもねえお前が、なんで陛下からの勅命を受けるんだ! ふざけんじゃねえ!」
ホークは立ち上がり、ローイックに掴みかかろうとするが、後ろに控えていたハーヴィーに肩を組まれ、動けなくされた。ホークといえどもハーヴィーの怪力には抗え無いようだ。ホークがハーヴィーによって、おとなしく座らされている。
「帝国の貴族じゃないからこそ、できるんですよ。帝国内のしがらみに縛られない、貴族間の利害関係など私には関係ないですから。まさに適任です」
ローイックは苦笑いで肩を竦め、ホークは歯ぎしりをするように食いしばっている。納得はしたくないが、理解はできるのだろう。
「私も上手く利用されたんです。閣下と陛下の方が化かすのが上手かっただけ。そうですよね?」
ローイックはヴァルデマルに対して顔を向けた。ヴァルデマルは一瞬顔を顰めたがニヤリと笑った。
「ホークよ。第一騎士団で不正を働いていたのはお前だけではない。他の騎士達も色々と悪さをしていたようだ。勿論、アイランズ商会だけではない。帝国内の殆どの商会が加担していよう。各騎士団には査察を入れる。その上で陛下からの沙汰を待て」
ヴァルデマルはホークにゆっくりと諭すように語りかけた。
「勿論、第三騎士団とて例外ではない」
ヴァルデマルは釘をさす様にローイックに言葉を飛ばしてきた。だがローイックは正面から受け止める。
「分ってます。いくらでもお調べください」
ローイックは胸を張り、続ける。
「断言しますが不正はありません。私が唯一の文官でしたし、そもそも第三騎士団は他の騎士団と違い、発足の目的が異なります。第三騎士団の存在目的は姫様の護衛です。元々護衛部隊だった皆は姫様を慕ってますからね、不正なんてありませんでした。それに、姫様に陳情すれば何とかしてくれてましたから」
ローイックはキャスリーンに向き、にっこりと笑う。ホークとは格が違うのだと言わんばかりに。
「褒めたって、何も出ないわよ」
キャスリーンが、ほんのり頬を赤く染め、そっぽを向いた。凛々しい姫君はどこかに姿をお隠しになられたようだ。
「さて、そろそろ閉廷とするが、なにか申し開きはあるか、ガレン」
ヴァルデマルはガレンに水を向けると、ガレンがゆっくりと顔を上げた。
「……兄は、どうなってますか」
ガレンが力なく聞く。
「ベギールの身柄は先程確保させてもらった。大人しく捕まったそうだ。さすがに大物だ、感心したよ。他の商会へは軍が向かっておる。逃れようとすれば反逆罪に問われるだろう」
「そうですか……」
「虚偽なく報告すれば命まではとらん。まぁ、大人しくすることだ」
「はい……」
ガレンがホッとしたような表情を浮かべた。この場にいない兄を心配していたのだろう。上下関係があるとはいえ兄弟なのだ。
「それではこれにて特別法廷を閉廷する」
静まり返った部屋に、ヴァルデマルの声が響き渡った。
えー、私に法廷知識が無いがためのおかしな点はご容赦くださいませ……




